白銀騎士王国ーキャメロニア
英雄のお命、頂戴
男は一人団子を喰っていた。
とある国への道すがら、ひっそりと佇んでいたお茶屋を見つけて休憩しようと思ってから、かれこれ二時間。
男はもう何本目かになる団子を喰らい、ゆっくりと咀嚼する。
それを呑み込んで茶を啜った男は、隣で茶を啜る女に問う。
風が吹くと同時に現れたこの女は、全身を狼の毛皮で覆った小さな少女。
その顔を見ることは、大きな傘の下に隠れているため叶わない。
しかしその体の小ささと、狼の毛皮の下からわずかに香る薔薇の香りが、彼女を少女だと周囲に認知させる。
それに何より声を聞けば、それを少女だと皆にわからせた。
まぁもっとも、その声を聞くものは店には誰もいないのだが。
店を切り盛りする老人も基本は居眠りをしていて、手伝っている孫だろう姉妹も台所に付きっ切り。
他に客もいない中、誰も聞く者などいなかった。
「それで? つまりはどういうことだ? こういうことだ。あの白銀の王国に、あの方がいらっしゃるそういうことだな?」
「はい……断言は未だできませんが、あの方があの国に捕らわれている可能性が大きいです。至急対応をお願いしたいのですが、可能ですか?」
「あぁいいさ、いいぜ? ただし俺も黄金の帝国の人間さ。報酬はたっぷり貰うぜ? それでもいいのか、いいんだな。だって俺に話してるんだものなぁ?」
男がさりげなく差し出した手に、少女はさりげなく金貨を渡す。
男はそれを太陽に翳して仰ぐと、懐にしまいこんで立ち上がる。
団子の勘定は完全に少女に任せて、自分は側に立てかけていた刀を腰に差した。
「じゃあ俺はいくぜ? ここから東でいいんだよな? ん? いいんだな、よし。じゃあとりあえず依頼は受けた。あの方の身を案じて待ってるこった。うんうん」
次に風が吹いた瞬間、男の姿が消えてなくなる。
残った少女は男が喰った団子の代金を側に置くと、囲炉裏の近くで寝ている老人を揺すり起こし、傘を取って尋ねた。
そのとき老人は自身の目を疑ったが、しかし高齢ということもあって自分がボケたのだろうと思い込むしかなかった。
何せ先ほどまで年端もいかない小さな少女だったそれが、いつの間にかとても落ち着きのある美しい女性へと変わっていたからである。
「ご老人、聞きたいことがあるの。眠っているところ悪いけど、少しいい? ……。ここより北の地。とある小国が滅びたと聞いたのだけど。確かどこかの国と戦争をしていたと聞くけれど、それは?」
「あぁ。それなら、白銀の王国が制圧したよ……」
「……元々、無理な戦争だったんだ。小国はさらなる繁栄を望んで、
「悪魔?」
「少なくとも、白銀の戦士じゃないらしい。悪魔は通りすがった小国の兵士を次々に触れることなく眠らせたそうだ。それも永遠の眠りにな」
「そう……もう一つ訊きたいのだけれど、今言った色国軍っていうのは?」
女性がそう訊くと、老人は驚いたと言わんばかりに目を見開いた。
彼女が質問したことは、全世界の人間が幼子の頃から親に、世間に教えられることだったからだ。
「おまえさんも知っているだろう。この世で最も栄えている、その名に色を冠した国の総称である。
「お茶のお金、ここに置いていくわ。色々教えてくれて、ありがとう」
茶屋を後にする女性は、傘を被ってゆっくりと歩く。
吹きつける風が東へと流れ行くのを感じ取った女性は、その先にある国と送り込んだ男を思い返して静かにほくそ笑んだ。
「一つ訂正し忘れたわ……ご老人、今や色国軍はそれだけじゃないのよ? 七つ目の国……私達
▽ ▽ ▽
白銀の王国・キャメロニア。
通称災害を英雄の手によって討ち取り、繁栄を続ける王国から、戦闘部隊が戦地へと旅立つ。
戦闘部隊三番隊隊長、フェイラン・シファーランド率いる三番隊。
キャメロニア全戦闘部隊の女性の中で最強を誇る彼女が出る戦場は、とにかく過酷である。
今回は他国の依頼、大量発生した人喰い亀の掃討。
亀と聞いて侮ることなかれ、その名の通り彼らは人を喰う。
体長二メートルと大きな陸亀が猪並みの速さで人を追いかけ、そして喰うのだ。
災害もそうだが、この世界での亀は決して優しい生き物ではない。
亀に限らず、蛙や馬、兎にまで人を喰う種類がいる。
この世界は酷く残酷で、いつだって食物連鎖の中に人がいるが、決して頂点とは限らないのだ。
そんな生き物達が生きる世界だからこそ、この世界の人間達は
かつて世界を徒歩で歩き切った大賢者が、旅を終えてそう言ったという。
そんな亀を掃討しに行った三番隊を見送った
彼は隊長フェイランより、王からの
――西の都に彼女が眠っている――
他の人が聞いても、なんのことだかわからないだろう。
しかし聞いたのが蓮ならば、それは一つの意味を持つ。
王が何故この言葉を知っているのか問い
だがどうしたものかと、蓮は思う。
いや、王にどう問い質そうということではなくて。
西の都。
とある国が、ある場所を差すときに使う暗号。
おそらくは白銀の王国のどこかの隊が持ち帰ったこの暗号文を、蓮に伝えてみれば何かわかりそうとか思ったのかもしれないが。
その王の読み通り、その意味がわかってしまうわけで。
ならばその意味を教えて欲しいのだろうが、残念ながらこればかりは教えられない。
むしろこの情報が入ったことで、蓮にはこの国を一時的にでも抜ける必要さえ出て来た。
本来ならばこんな情報、他人の耳に入れたところでどうということはない。
誰も信じないし誰もなんの魅力も感じず、聞き流すだろう。
しかしあの王は、
わざわざ情報を誰でもない
王は確実に蓮と同じものを狙っている世界でも数少ない人間であり、それがおそらく国の意思だ。
故に王の了解を得てから国を出ようとすれば、王は何かしらの手を打ってくるだろう。
そうして目的のものを横取りされてしまっては、意味がない。
すべての願望を捨て去ってまで願ったのに、それでは骨折り損もいいとこだ。
なんとしてでもそれは避けたい。
「英雄くん、英雄くん。英雄くん!」
屋敷への道すがら、呼び止められる。
黒い神も含めて黒尽くめな格好をしているのが特徴的な青年で、その側には青年とは対照的に白尽くめの少女。
呼び止めたのは青年の方で、少女は青年の手に撫でられて表情をとろけさせていた。
「こうして会うのは初めましてだね、英雄くん――いや、邦牙蓮くん。僕はクロ。
~なんのようですか?~
「すごいな。いつの間に書いたの? 僕じゃあ追いきれなかったよ」
どこからともなく単語帳を出した蓮。
しかしその場では何も書いていないし、ペンも何も今は持っていない。
ただ前もって会話に最低限必要な短文を書いた紙をいくつかまとめて単語帳として持っているだけだ。
その方が手っ取り早いと思って、つい先日徹夜で用意したものである。
話の内容を想定し過ぎて、数が多くなってしまったから少し服が重いが。
それに気付いていて敢えてなのかそれとも本当にこの場で書いたと思っている天然なのか、クロはすごいねぇと続けてくる。
対してクロに撫でられ続けるシロは頬を紅潮させてクロに引っ付きながら、蓮のことを見上げてわずかに唸る。
そして自分を見下ろしてくる蓮のシャツに手を伸ばし、クイクイっと軽く引っ張った。
それを見たクロはへぇ、と関心の声を上げた。
「少しいいかな、蓮くん。お話がしたいんだ」
そう言われて入ったカフェ。
クロとシロはアルフエと同様に隊長であることを別段公表していないらしく、特別な騒ぎは起きることなく店に入れたのだが、クロが店主に何かを見せていた。
蓮が不思議そうに見ていると、クロが「あぁこれ?」と見せてくれた。
「僕ら隊長格やお城に仕える人間が持つ……まぁ認可証みたいなものでね。これを使えば、国内のお店のお代を国が払ってくれるっていう代物さ。無論、顔写真の本人しか有効じゃないけどね。今の陛下が考えて、五年前に実装したんだよ」
クロが頼んだサンドイッチとコーヒーが運ばれ、それをクロではなくシロが食べる。
蓮はクロが何度言っても何も頼まず、結局クロが誰かしらから受けていた報告の通り何も食べようとも飲もうともしなかった。
シロが食べる隣で自分を見つめてくるクロを見つめ返し、単語帳を開く。
~なんのようですか?~
「あぁごめんごめん。そうだよね、呼び止めたんだから、さっさと用件を言わないとね」
そう言って、クロは着ている漆黒の上着の内ポケットから折りたたまれた用紙を取り出す。
まだ簡単な単語と短文しか読み書きできない蓮は、難しい言葉とこの国特有の造語が目立つ文が並んだそれをすべて読むことはできなかったが、一単語だけ読み解くことができた。
それを察したクロはその用紙を蓮に見せ、自分はサンドイッチを頬張るシロを愛でながら話を始める。
周囲に人がいることなど構わない。
クロにとってこの話題は、別段聞かれたところで困らないものであった。
「フェイランさんから例の暗号の件は聞いてると思う。あの暗号の意味がわかるなら、君は一人で国を出たいのだろうって陛下は言ってた。僕にその暗号の意味はわからないけど、でもそれがわかるってことは……君もこの世界でもはや数少ない、探索者ってわけだね」
「そうだな……親しみを込めて彼女と呼ぼうか。僕らは長年……それもこの国の初代国王陛下の時代から、ずっと国ぐるみで彼女の行方を探してたんだ。だけど彼女はこの国が嫌いなのか、それともそもそも存在しないのか、今日この日までその影を見ることすらできなかった」
「だけどようやくその尻尾……いや、髪の毛の毛先を捉えたんだ。君のお陰でね。君は彼女と会った上に彼女と話したらしいじゃないか。そんな人間に僕らは会ったことなんてなかった。この子や日和さんみたいな探知能力者を見つけられても、彼女そのものが見つからない。そんなときに現れた君は、陛下にとってはまさに希望だったんだね」
蓮はサンドイッチをリスのように頬張り続けるシロに、一瞥をくれる。
クロは探知能力者と言っていたが、そんな能力者は初めて聞く。
一体どの
そんな能力者がいるのなら、世界はすでに彼女の存在を知っているはずだからだ。
伝説が語られてから数千年、その存在を見た者は一人としていないと言うのに。
「君は彼女に近付くための鍵だ。是非とも協力して欲しい。僕も彼女には用があってさ、聞いてほしいお願いがあるんだよね……」
そう言って、クロはシロに一瞥をくれる。
シロはサンドイッチに夢中で気付いていなかったが、彼のお願いがどうやら彼女に関わることらしいことだけはわかった。
「せっかくだから教えて欲しいな。邦牙くん、君は彼女に何をして欲しいんだい? 君は彼女に何をお願いしたいのかな」
蓮は少し俯き、そして考えてから紙ナプキンを一枚取る。
指先に炎を宿して絶妙な火加減でナプキンを焦がし、拙い文字を書いて手渡した。
そこに書かれていた短文を見たクロの顔は一瞬真顔になるが、すぐさま笑顔を取り戻して問うてきた。
「~かのじょにしあわせを~……それはつまり、アルフエさんのことですか? それとも……まさかとは思いますが、彼女とは彼女のことではないですよね? 聖杯に聖杯の幸せを願うなんて、馬鹿げた夢ではないでしょう。意味を教えて欲しいです」
今まで彼女と秘匿し、人のように扱うという自らが設けたルールを破ってその正体を明かしたクロの表情は、一片の憤りに彩られて黒く見えた。
隣のシロも少し怯えて、食事の手が止まる。
しかし蓮は臆することなく再び紙ナプキンを取ると焦がして文字を書き、手渡す。
それを見たクロは頭に浮かんだ疑問視が表情に現れて固まった。
何せそこに書かれていたのは、回答のようで回答ではない、質問であったからだった。
~愛する人の幸せを願うのに、理由も意味もないと思うのだけれど、違うかな?~
今までの蓮が書いた文の中で一番の長文。
かつ、難しい言葉も混じった文だ。
突然の文章の豹変に驚きを禁じ得ず、かつ文章の内容があまりにもきれいごと過ぎてどう返答すべきか考えているクロ。
しかしそれよりも早く動いたのは、食事の手が止まっていたシロだった。
ゆっくりと蓮の隣へと移り、鼻をヒクヒクさせて蓮の匂いを嗅ぐ。
柔軟剤とメイド姉妹に出かける際毎度吹きつけられる嗜み程度の芳香の中からわずかに香る蓮の匂いに、まるでマタタビを嗅いだ猫のようにとろけたシロは、ゆっくりと蓮に体を預けて寄り添った。
それにはクロも動揺を隠しきれず、立ち上がる勢いを持つ憤りのまま言葉を出そうとしたが、シロの蓮への甘えように言葉を出す前に失い、そのままヘタリと座り込んでしまった。
そして拍子抜けしたかのようにハハハと軽く笑い飛ばす。
「……その子が僕以外に懐いたのは、初めてです。その子は聖杯探知能力を持つと同時、人の器が見れるらしいんですよ。だから人の悪心や邪心に敏感で、滅多に人に懐こうとしない……今は怒りに震える僕よりも、きれいごとを平気で信じるあなたの方が魅力的のようです……参ったな、陛下に怒られてしまいます」
ずっと砕けた調子だったのに突然しおらしくなって、丁寧語にまでなり始めたクロ。
実際には年齢的に言えば蓮の方が上なので正しいと言えば正しいのだが、しかし急なことだったので蓮としては動揺せざるを得ない。
クロはそれを狙ってやっているわけではなく、ただ単にシロが自分以外に懐いてしまった事実を半分受け入れきれず、放心してしまっているだけだった。
憤りなどどこへやら消えて、心配したのだろうシロに揺すられる。
蓮も心配して自分に出されていた水をクロに渡し、それをシロが拙い動きで飲ませるが、クロは元気を失くしたままである。
相当にショックだったらしい。
なんとかしようとしたそのとき。
蓮とシロ、そして放心状態にあったクロも同じ方向を見上げる。
自分達のいる店のテラス席から外に視線をやってその隣の家屋の屋根を見上げると、そこには背中に長刀を携えた男が立っていた。
自身の存在が三人にバレたのに気付き、男は「おや?」と首を傾げる。
鼻の頭をポリポリと掻くと、「おやおや」と溜め息交じりに呟いた。
「なんだもうバレてしまったか。バレたのか? うん、バレたな。完璧に――いや、ギリギリバレた。殺気が漏れ出しちまったか。本当はもっと、おまえらの話を聞いていたかったんだがな? まぁ、片方は話してすらねぇが。まぁ筆談も立派な会話だよなぁ?」
「なんだ、おまえ!」
クロが叫んだことで、その場にいた国民全員が気付く。
男は「やれやれ」と呟くと、その場で片膝を付く形でしゃがみ込んで長刀の柄に手をかけた。
「俺か? 俺は
「
「だろうよ! 俺だって、こうして名乗ってて知ってるって反応聞いたことねぇもんな! だけどよぉ、こう言ったらみんな知ってるっていうぜ? 黄金帝国――キャメロットってな!」
「キャメロット、だと……?」
「知ってるだろ? 特におまえらこの国の人間なんだ、この国の基盤になった国の名前くらい知ってるよなぁあ? その顔は知ってるって顔だな安心したぜ」
確かにその名は、蓮も含めて皆が知っている。
だが同時に彼——蠍も知っているはずだ。
だが蠍はそんなことなど構わず続ける。
それはまるで、
「さてと自己紹介も終えたしよ、早速お仕事開始しちゃうぜ。そこにいる額当ての旦那、とある小国との戦争に貢献した英雄様と見受けるがどうだ?」
隣にいたシロの前に立ち、蓮は肩にかけているだけの上着を放ってシロに渡す。
臨戦態勢に入った蓮を見て、蠍は抜刀。
返答に対して、イエスが返って来たと受け取ったのだ。
「じゃあ早速お仕事しちゃうぜ。しちゃうけどいいよなぁ? ん? あんた、俺と一緒に来てもらうぜ? 抵抗しないでくれると嬉しいが、抵抗されると腕の一本は斬り落とさなきゃいけなくなるが」
蓮の体内から溢れる
完全に臨戦態勢へと入った蓮を見て、蠍はノーと捉えた。
そして片腕――
「オーケーオーケー。んでもって、ノーサンキューだぜ英雄様よ。あんたは俺より強いだろうさ。んなことは対峙するまでもなく、白を見て白だと言うくらいに明白さ。だから俺は手加減なんてしねぇしできねぇ……全力で、殺しに行くぜ」
「……んじゃ、いざ尋常に……勝負と行くか、英雄さんよぉ!!!」
未だ人で賑わう白昼の街中で、二人の戦士が激突した。
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