英雄、女難の相が見られる?
アルフエと
突然のことに驚いたアルフエには銃口を向けられ、李隠には頭を殴打され、仕舞いには両手をガッチリ拘束された彼女は、とても不服そうだった。
無言で唸る蓮のその様子からして、とても恥ずかしいところを見られたと思っているようだった。
「本当に申し訳ありません、
「本当に申し訳ござらん。この方、キャメロニアでも屈指の変わり者。行動の一切が誰にも読めぬ故、どうか許して欲しいでござる」
~それで、彼女は?~
蓮の問いはもっとも。
ここまで拘束し反省させ、そして代わりに謝罪までしたが、まだ名乗らせていなかったし紹介すらもしていなかった。
咳払いをした李隠が、では改めてと彼女のまえに片膝をつく。
「ご紹介致しまする、邦牙殿。この方は我らと同じくこの国を守る戦闘部隊の隊長格が一人。番号は六、称号はトリスタン。性を
「よろしく」
人に自己紹介させておいて、自分はよろしくとだけ告げる日和。
あまりにも勝手な振る舞いに、アルフエは横から手を伸ばして頭を下げさせる。
蓮はいいよいいよと手で促したが、国を救った英雄に申し訳ないと、アルフエは止めなかった。
「そもそも、何故あなたがここにいるのですか、日和さん。ライン戦線で前衛を任されていたはずでは?」
「終わったよ、もう。あれはかの国の負け。敵の首を取るのも時間の問題。だから報酬だけ貰って帰って来たの。災害に襲われてるって聞いてたし……何より英雄様がいるって聞いて、見に来たの。どんな人か。そしたら――」
「――素敵な人で見惚れちゃった」
そういう日和は、いつの間にか蓮の隣にいた。
蓮も気付かぬ間、刹那の速度で蓮の隣で肩に手を添えていた日和は、少し背伸びをして蓮の頬に口づけした。
アルフエと李隠が、衝撃を受けて硬直する。
蓮はその場から脱しようとしたが、すでに日和に腕を組まれていて逃げられない。
さらに日和の体から、度々ピリピリとした痺れと痛みを受ける。
見れば日和の体の至るところから、青白い電光が迸っていた。
「
赤と青のオッドアイが、愛でてと強請ってくる。
しかし蓮は、硬直したまま動かない――というか動けないでいた。
女性の腕の振りほどき方がわからない。
そんな様子の蓮に助け舟を出したのは、四人の様子を部屋の隅で見ていたメイドのコメットだった。
「ご主人様、お手紙です。国王陛下から、地図もついております」
振りほどく理由ができた蓮は、そっと日和の腕を振りほどく。
腕抱き着き攻撃も胸押し付け攻撃もほとんど効かず、ただ対処法がわからなかったからという理由だけで動けなかったのだと知った日和は、少し残念そうに腕から力を抜き、払われた。
そのままごゆっくりどうぞと表情で語る蓮を見つめ、彼がいなくなって初めて吐息する。
「フラれちゃった……残念」
「ひ、日和さん……」
「アルフエ? 怖いよ?」
腰から二丁拳銃を抜き、ワナワナと震える手で構えるアルフエ。
もはやわずかに残った自制心でしか止まっておらず、あと一つ何かしらのきっかけがあれば、即座に銃口を向けて撃ちに来ただろうくらいに、アルフエは震えていた。
冷静沈着と言わないまでも、しかし誰よりも慎重で怖がりな彼女が、自らの衝動に負けて銃を抜くなど、今までにないことであった。
故に隣にいた李隠は、慌ててアルフエの前で両腕を広げる。
「アルフエ殿気持ちを強く! このような場で銃撃などされれば、それこそ邦牙殿が悲しまれまする! どうか銃を下ろしてくだされ! どうか、どうか!」
李隠の必死の説得に応じ、アルフエは両手の銃を下げる。
その場で深く息を吸って吐いてを繰り返し、なんとか平静を取り戻した。
滅多に感情が爆発しない彼女は、爆発直前まで来て汗だくである。
銃を抜いてから一度も動かなかったというのに、しかし体力共に気力を大幅に削ったように見えた。
酷く疲れた様子ながらも、銃を収めたのを見て李隠は安堵の吐息をつく。
そして銃を抜かれながらも平然と立ち尽くしていた日和に対して、勘弁してくれと言う眼差しを向けた。
「なんだか知らないけど、大丈夫? アルフエ」
「……えぇ、なんとか」
アルフエにしては珍しく、銃を向けたことを謝らない。
完全に許せてはいないのだという彼女の本音が見えるが、しかし何がそこまで彼女を奮い立たせたのか、李隠には理解できなかった。
「島谷殿! 人を挑発するような言動は控えて頂きたく!」
「そんなつもりはないんだけどな……だってそっちが――あ、いや……そっか、そういうことなんだね……ふぅん……」
「……なんですか」
「……いいよ、それなら。追いかければ? 彼、外に出て行っちゃったよ」
少し迷う素振りを見せながらも、アルフエは蓮を追いかけて部屋を出ていく。
二人になった部屋ではまさに、日和と李隠の睨み合いが続いていた。
「それで、真の狙いはなんでござるか。陛下より、どのような命を預かり申した」
「さすがだね、李隠。その若さで暗殺部隊隊長になれたのは、そういう観察眼もあるからだと私は思うよ? まぁ、それだけじゃないんだけど」
「答えよ、島谷殿。其方一体、何を命じられた」
「……聖杯だよ」
日和の言葉に――正確には、日和が発した一単語が出て来たことに驚いた。
その言葉が出て来たとき、それはこの国最大の目的が、懇願が、動くときだからである。
そのためならばどのような戦いにも投じられる。
隊長格は、常日頃そのことを覚悟していた。
「聖杯……全知全能、あらゆる奇跡を宿した、伝説の杯……しかしもはやそれは空想の話。先々代国王の代で、我らキャメロニアの聖杯探索は終えたはずでは……」
「陛下は諦めてないよ。むしろ見つけられると確信している。あの英雄さんに出会ったから」
「邦牙殿が……? 馬鹿な、彼に聖杯の気は感じられなかった。いや確かに、拙よりもあなたの方がその点については鋭いだろうが……彼が、なんだというのだ」
日和は側頭部の金属器を開く。
そしてその中から、赤い液体が入ったとても小さなカプセルを取り出した。
それが血で、そして誰の血なのか。
李隠はとっさに察した。
「彼の血……臭うよ、臭う。聖杯の欠片……彼は一度、聖杯に触れたことが……いえ、聖杯の力を使ったことがあるのだと、陛下は言っていた」
「使った、って、それはつまり……!?」
「聖杯は、もう伝説の杯じゃなければ架空の産物でもなく……本当に存在する万能器ということね」
その頃、そんな話など知らないアルフエは、蓮の後姿を尾行していた。
コメットから手紙を受け取ってすぐ、外に飛び出した蓮。
その表情はどこか思い詰め、気持ちから来るしんどさで辛そうだ。
ならば安らぎを与えたいものだが、しかしどう声を掛ければいいものかと考えると困ってしまうわけで。
だが考えたところでいい案など浮かばない。
ならば当たって砕けるくらいの覚悟で突進すべきだとも思うのだが、生憎と臆病かつ慎重な彼女は、砕けたときのことを考えてしまってなかなか踏み出せずにいた。
そんなこんなで、結局尾行するしか選択肢がなかったアルフエだが、しかしもどかしさも募るばかり。
こんなときになって、積極的に出られる日和が羨ましく思えてしまうわけで――
「だ、ダメですダメです……そんな、破廉恥な……」
思わず日和が蓮を押し倒し、唇を奪おうとしていたときの光景を思い出して一人頭を振る。
積極的になれればいいなとは思ったが、そんな唇を奪おうくらいにまで積極的になろうとは思わない――というのは嘘だが、しかし現状でそこまで求めていないのも事実だった。
だがここは声を掛けたい。
なんとか彼を元気づけたいと思うのだが、しかしどう声を掛けようかと思ったそのとき、アルフエは思わず固まってしまった。
突如横から蓮に飛びついた女性が抱き着き、蓮の頬に口づけしたのである。
さらに蓮の腕に抱き着いて、日和よりもずっと大きな胸を押し付けている。
まさかこの短期間で女性を作ったのだろうかと、アルフエは思考を巡らせる。
だがそれらの思考はすぐに止まり、今さっきまでの慎ましさなど感じさせない速度でグングンと蓮に歩み寄りながら、二丁の拳銃を抜いた。
「蓮さん……? そんなところで、何をしておいでなのですか?」
蓮が声など出せるはずもない。
しかしアルフエはそのことを忘れてしまったかのように、蓮を問い詰めるべく体内の
「蓮さん、説明を――」
「なぁに、この子……あなたのお友達?」
ヌゥっと、彼女はまるで地面を滑るように走って来てアルフエとの距離を詰める。
向けられた銃を握り締めた彼女は、アルフエの瞳を覗き込んだ。
「悪いけど、今私は蓮と話してるの。邪魔をしないでくれないかしら。まぁでも、その嫉妬の炎はもらっていくけれど……!」
長い黒髪の下で鋭く光る赤紫の瞳。
それに見つめられたアルフエの青い瞳が、徐々にその色を失っていく。
そうしてアルフエの瞳から光が失いかけたそのとき、二人の間に蓮が入り込んだ。
掌打を向けて女性を離し、アルフエを抱え上げて指笛を鳴らす。
すると空から翼龍の子供が飛んできて、蓮を乗せて飛び去っていった。
翼を羽ばたかせて飛んでいく翼龍と、それに乗って飛んでいく蓮を見上げて、女性は唇を舐める。
その手に光を収束させて撃ち落とす構えを見せたが、しかしその光を自ら掻き消した。
「どうして止めるの?」
女性が隣の陰に訊く。
陰の中に隠れていた女性は、光の下に姿を晒す。
黒髪の女性と違って慎ましい胸を
「今ここで騒ぎになれば、隊長格が飛んでくる。それはあまり好ましくない。わかっているでしょう。私達の役目は、あくまで蓮だけよ」
「わかってるって。それに、あまりあの子怒らせると面白くないのよね……あの女の子、あの子のお気に入りみたいだったし」
「……行くわよ、
「わかったわ、
蘭、凛と呼ばれた女性が二人、その場から忽然と姿を消した頃、翼龍に跨った蓮はアルフエの頬を叩いて意識を戻そうとしていた。
あまり強く叩くわけにもいかないので、指の腹でポンポンと叩く程度だが、しかしアルフエは起きない。
肩に掛けている上着をかけてやると、アルフエの後頭部をそっと抱き寄せる。
わずかに意識を取り戻したアルフエが見たのは万華鏡のように度々変わる蓮の虹彩で、その虹彩の色が黒へと変わり、その熱が肌で感じられるくらいに近付いたとき、アルフエはまた意識を失った。
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