出席率の悪さは安寧の証?

 アルフエは目を覚ました。

 寝ていたのだから、目を覚ますのは当然のことである。

 しかし起きたときに現状に混乱してしまったその理由は、寝ていた場所と起きた場所が違っていたことと、時間が巻き戻っていたことである。


 蓮の屋敷の彼の部屋で寝ていたはずが、起きたのは自分の隊長室の仮眠ベッド。

 そして彼の家を訪れたのが夕方だったから、太陽が一番高いときに起きたのはおかしいわけで。


 ともかく、起きてまず味わったのはこの上ない脱力感。

 力が上手く入らず、なかなか立ち上がれない。


 しかし慣れてしまえば、これ以上ない解放感。

 体中から無駄な力が抜け落ちて、体が軽く感じる。動きがこの上なく軽快だ。


 そんなアルフエがまずしたのは、城内で働くメイドを呼ぶこと。

 事態の把握に取り掛かる。ベルを鳴らすと、普段は現れない人が現れた。


 藍色の長髪を後ろで長く三つ編みにし、黒の双眸で高くからアルフエを見下ろす女性。メイド長、エルエール・Lエル・エルエル。

 メイド長でありながらほとんど姿を現わさない彼女は、何を隠そうとある隊長が作り上げた人造人間、ホムンクルスである。

 そのためなのか体が弱く、いつもはベッドの上だが。


「体は大丈夫なのですか? エルエール」

「本日は会合の日、休んでなどいられません」

「会談……と、言うことは……」

「十番隊隊長、称号ガラハッド。バリスタン・Jジング・アルフエ様。これよりキャメロニア全戦闘部隊長各位、円卓一三騎士ラウンドテーブル・ナイトの定期会合のお時間です。ご準備を」


 どうやら、時間は巻き戻ってなどはいなかったらしい。むしろかなり進んでいたようだ。

 

 ▽ ▽ ▽


 キャメロニアが誇る軍事機関、その名もズバリ戦闘部隊。

 そして全一三の部隊を束ねるのは、それぞれの部隊を任された一三人の隊長達。


 円卓一三騎士ラウンドテーブル・ナイト


 キャメロニアを護るため、世界中を飛び回る彼らだが、定期的に会合の場が設けられる。国を護るための情報交換だ。


 しかしその出席率はというと……


「まったく。毎度のことだがこの出席率の悪さ、我らがキャメロニアはまだまだ安泰だね。というわけで、僕は研究に戻っていいかな。今調度、例の奴を解剖してたとこなんだ」


 黒衣をまとった眼鏡の男は、円卓に脚を乗せてケラケラと笑う。

 銀色のメスを指先で振り回しながら、男は空席の目立つ円卓を嘲笑と共に見つめた。


「そう言わないでよヴァルキュリーさん、みんな仕事でいないんだから」

「毎度喧嘩売ってるのかい、クロ。僕はヴァルキュリーじゃなくてBベル・キュリー。シュタイン・B・キュリーだ。神代の戦乙女じゃあないんだよ」


 とはいいつつも、未だケラケラと笑う男シュタイン。


 そしてその隣で彼の名前を間違えた黒髪の青年――クロはその側に白髪の少女を連れて愛でていた。


 その二人の向かい側に位置する場所に座るのは、赤髪を後ろで結わえた少女。

 いつも一番に会合に来る彼女は自分のスペースにたくさんのクッキーが入った袋を置き、つまんでいた。

 彼女の大好きなイチゴジャム入りのクッキーが、彼女に小さな幸せを与えて口角を緩ませる。


 その隣に座る男――ウォルト・Dディーニュ・アルトが手を伸ばすと、彼女はクッキーを取られまいと目にも留まらぬ速さでそれをはたき落とした。

 その後何度も手を伸ばすがすべてはたかれ、結局ウォルトの手の甲が真っ赤になるだけに終わった。


「てめ、シャナ! 一個くらいいいじゃんかよ!」

「おまえはそう言って半分は食うからイヤだ」

「ケチか!」

「違う。おまえが欲張るのがいけない」


 断固としてクッキーをやるつもりはないシャナと、クッキーが欲しいウォルトとの間で火花が散る。

 しかしその二人の間からぬっと伸びて来た腕が、隙ありとばかりにクッキーを取った。


「シャナ殿は本当にイチゴがお好きでござるな……まぁ確かに、うまいのだが」

李隠りいん、おまえは甘いものが嫌いではなかったか?」

「それは妹の話でござる、シャナ殿。せつは大の甘党にござるよ。特に栗は美味にござるな。あのほのかな甘さが拙の大好物にござる」


 灰色の髪に、鬼の面。

 和の鎧姿に身を包んだ少女は、実に独特な口調で語る。


 体も小さなその少女は、たった一つだけ取ったクッキーをまるでリスのように口いっぱいに蓄え、ゆっくり咀嚼する。

 その姿はまるでというか子供そのものなのだが、しかし彼女も立派な隊長の一人であった。


 そんな小さな隊長――李隠がしている長いマフラーを捕まえて、持ち上げる。

 その男は隊長ではなかったが、しかし李隠が率いる隊の副隊長。彼女の保護者役である。

 小さな体を片手で軽々持ち上げると、彼女が座るべき席に座らせてその場から一瞬で姿を消した。


 李隠はまだ、咀嚼を続けている。


 そんな李隠。シュタイン。クロ。シャナ。そしてウォルト。


 円卓一三騎士ラウンドテーブル・ナイトと呼ばれる一三人の内、集まったのはたったの五人。

 残りの内七人は国外へ遠征、そして一人は今まさに会合が行われる部屋に向かっていた。


 アルフエだ。


「遅れて申し訳ありません! 十番隊隊長、バリスタン・Jジング・アルフエ、ただいま到着いたしました!」

「おぉ! アルフエ!」

「アルフエ殿、久しく」


 アルフエが座して、これで六人。

 約半数が集まったわけだが、しかし今回もまた安定の出席率の悪さ。

 毎度こんな感じなので、情報交換も実際ままなっていない。


 さらには一三人の中でも重要な役割である三人の隊長がいつも来ていないため、会合本来の役割をまるで成し得ていないのが普段なのだが――


「どうやら私が最後みたい、ですね……申し訳ありません、皆さん」

「いや、どうやら私が最後のようだよアルフエくん。君が遅刻というのも珍しい、何かあったのかね?」


 アルフエの背筋を逆撫でる、とても冷たい声。

 それが聞こえたのは無論、この部屋へと続く廊下の向こう側。

 やって来たのは、とても美しい女性。


 アルフエのそれにも負けないほど煌きを反射する銀色の長髪。

 銀色を基調とし、金色と黒の装飾がところどころに施された軍服姿で、左の腰に西洋剣、右の腰にライフル銃を携えている。

 全身銀色で統一された姿の彼女だが、何故か被っている軍帽は黒。

 その軍帽を脱いだ彼女の双眸もまた、白銀で塗りつぶされていた。


「フェイランさん!」

「やぁアルフエくん。皆も、久方振りだね」


 彼女の名は、フェイラン・シファーランド。


 キャメロニアが誇る戦闘部隊、三番隊隊長。

 一三人の中では女性最強の隊長だ。

 その強さ故に、基本遠方への遠征に出かけていることが多いのだが。


「シファーランド殿、ご無沙汰にござる。まさか貴殿が参上されるとは思わなかったでござるよ」

「李隠くんも元気そうだな。任された戦場が早く終わったので、後始末を部下に任せて帰って来たんだ。ここに例の災害が迫っているという情報もあったし、急いでね。しかし着いてみたら驚いたよ。何せたった一人の英雄に、災害が止められているのだからね」

「たった一人の、英雄?」


 アルフエが首を傾げると、フェイランは少し悩んだ顔をする。

 勝手に悩んだ彼女だったが、すぐに何かに気付いたようで、自分の中で勝手に解決した。


「そうだったな。アルフエくん、君はずっと眠っていたのだった。安心し給え、英雄は君も知る彼のことだよ。今し方、私も会って来た」

邦牙ほうがくんにですか?」

「あぁ。国王陛下に変わって今回の礼を言うのと同時、私なりに人を見に行ったんだ。実にいい人だったし、そして強かったな。少々味見をしたんだが、手加減したとはいえ跳ね除けられてしまったよ」


 フェイランの今の一言に隊長達――とくに女性であるシャナとアルフエ、李隠は信じられないという顔になった。


 フェイランの実力は知っている。


 繰り返すが、一三人の中では女性最強。

 全体で見ても、隊の番号通り三番目の実力者である。

 彼女の強さは、度々怪物に例えられるほどだ。


 その彼女が手加減したとはいえ、男性相手とはいえ、簡単に跳ね除けられたというのが信じられなかった。

 れんの実力は未だ未知数だが、少なくともフェイランと同等――それ以上の可能性もある化け物であることがわかったわけだ。


 そんな緊張感に包まれた円卓を、フェイラン当人が和ませようと試みる。のだが――


「敵でなくてよかったな。国王陛下の采配に、感謝せねばなるまいよ。なぁ、アルフエくん。君が仲良くなったのだろう?」

「え、あ、はい……」


 生憎と、その手は苦手なフェイラン。

 空気はまるで変わらず、その場に緊張状態が続いた。


 そんな空気を変えようとは思わないが、しかし結果的に変わることとなる質問をアルフエはする。

 相手は、黒衣のメス振り回し男、シュタイン・Bベル・キュリー。


「シュタイン隊長、そういえばここに来るとき小耳に挟んだのですが、何かの解剖をなさっているのですか? かなり大きな何かと聞いていますが……」

「あぁ、眠り姫だった君は知らなかったっけね」


「二日前、この国に来て英雄殿に仕留められた災害さ。ピラミッド・タートル……四角柱の石の山を背負った巨大な亀だ。この辺りじゃあ見られない希少種だよ。解剖しがいのある奴さ。だから早く戻りたいんだよ。解剖したくてウズウズしてるんだ」

「ピラミッド・タートル……Eエレメントガイアによる砂嵐を起こし、国を呑み込んでしまう生きる災害……それをが……?」

「でなきゃ今ここにいない隊長も何人か戻って来てたよアルフエさん。ジェラルド兄妹だって、昨日血相変えて連絡してきましたよ。なぁ、シロ」


 シロと呼ばれた白髪少女を撫でながら、クロは言う。


 その隣で、シュタインは解剖したい欲に駆られ、メスを回す指が早くなっていた。


 その向かいの席では、シャナのクッキーを食べる手が進む進む。

 一袋空にしたと思えば、どこからか二袋目を取り出して開き、ノンストップで食べ続けた。


 その隣のウォルトは蓮が話題に上がっていることが気に食わないらしく、完全にアルフエからそっぽを向いていた。


 それぞれ他のことに夢中だったり上の空だったりもはや参加していなかったり。

 会合としてはまるで成立していないなか、まだシャナから一枚だけ貰ったクッキーを咀嚼していた李隠がそれを飲みこんだ。


「アルフエ殿が寝てしまってから、大変だったんでござるよ。特に邦牙殿、だったか? あのお方は本当に、拙では信じられない偉業をなされた。本当に関心したでござる」


「そうあれは、災害が国の警備兵の目にも視認できる距離に迫ったとき。拙は陛下の命を受け、災害の様子を窺うために接近しようとしたときだ……」

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