勇敢、しかし優しき戦士なり
翼龍。
蛇のようにしなる体に四枚の翼を生やし、羽ばたく神獣だ。
今回キャメロニアを襲ってきた翼龍はすべて赤色。
故に
故にその対抗策として、キャメロニアは
「めぇら! ずは中央市街に避難誘導!
新隊長になってから、まだ月日は浅い五番隊。
しかしウォルトの言葉に、隊員達は強い返事で応える。
迅速かつ的確な動きで、消火活動と人命救助をこなしていく。
そしてウォルトは自ら、翼龍達の討伐及び捕縛にかかろうとしていた。
近くの噴水に手を突っ込み、そしてその水を操る。
触れた水を瞬時に操る能力、
蛇のように
そして一体の翼龍が頭上を飛んでくると、水流から水の弾が連射された。
躱されるが、水の弾は空中で爆散して翼龍の体を冷やす。
炎を操る獣は大体濡れるのを嫌うので、翼龍は嫌がり、さらに空高くへと飛翔していく。
「がさねぇよ――ってワッッ?!」
凄まじい速度で飛んでいく、一頭の翼龍。
四体の中でも比較的小さなその個体は、飛翔していった翼龍に接近し、炎を浴びせる。
それによって体の乾いた翼龍だったが、小さな翼龍に助けられるのが癪なのか怒りの籠った咆哮を浴びせる。
しかし小さい方は怯むどころか翼龍を誘うように身をくねらせ、そしてさらに空高く飛び上がった。
それを、翼龍は追う。そして若輩者に向けて、火炎弾を連射した。
しかし小さい方はそれを身をくねらせて巧みに躱す。
さらに翼龍に向けて火炎弾を放ち、見事急所である眉間に命中させて落とした。
最初、ウォルトは仲間同士の喧嘩だと思った。しかしその考えは、小さな翼龍の頭の上に人影を見た瞬間に消し去った。
誰かが乗って操っているのだが、しかし辛うじて見えるその乗り手は、ウォルトの知らない青年だった。
「アルトさん!」
走ってきたのは、アルフエと白馬に乗ったクレアの二人。
アルフエが部下も連れずに単独で行動しているのを見たウォルトは、思わず大声が出た。
「ら! アルフエ! おまっ、んで一人でるんだ! れら十番隊が討伐するまで食い止めろ言われてんだぞ! っさとどれ!」
「心配するな、アルト。王には私が伝書を飛ばしておいた。すでに事態は把握してるはずだ」
「ケリーおばさ――」
「あ……いや、ケリーさん……」
一瞬鬼の形相になったクレアに、ウォルトは意気消沈。
気持ちが高ぶって頭抜けになっていた言葉遣いも、一気に普通に戻っていった。
自身の失言を後悔し、それどころではない。
助け舟を出す形になったのは、アルフエだった。
「アルトさん! 少しお時間を! 話を聞いていただきたいんです!」
「んや、アルフエの頼みなら聞くが……話って、あれに乗ってる野郎のことか?」
「はい! 順を追って説明しますと……」
アルフエがウォルトと話している頃、小さな翼龍に乗った
そして再び飛び上がろうと体を起こす翼龍に放つ。
杭は空中で幾数にも分かれ、翼龍の体を刺し貫いた。
しかし翼龍はもがく。
刺された箇所からは血は出ておらず、実際肉体を貫いてすらいなかった。
杭は肉体を傷付けることなく、翼龍の動きを止めたのである。
さらに小さな翼龍は追撃しようと口を開き、火炎弾を溜める。
しかし蓮が頭を数度叩くと霧散させ、攻撃の体勢を解いた。
追撃を止めろと、命じたのである。
そして蓮は残り二体の翼龍へ飛ぶよう、小さな翼龍に命じる。
小さな翼龍はその命令に従い、咆哮を轟かせながら二体へと接近する。
すると四体の中で最も体が太く、片眼に傷を負っていて閉じているリーダー格の翼龍が迎え撃ちに来た。
さすがに小さな翼龍は、怖気づいてスピードが落ちる。
それを見た蓮は再び、翼龍の頭を叩いて指示をする。
小さな翼龍はリーダーに向かって遅いながらも肉薄すると、一瞬加速。
そしてその目の前で急上昇。頭上を取った。
リーダー格はそれに対して、身をくねらせ駆ける。
長い体を回転させて、ついに突風を起こす。
それは竜巻となり、さらにリーダー格がその状態のまま炎を吐き、炎をまとう竜巻となった。
上空の蓮の乗る翼龍に、燃え盛る灼熱の竜巻が襲い掛かる。
翼龍がその身で蜷局を巻き、必死に耐える中、蓮はその頭の上で集中する。
そしてその右手が青白く輝くと、竜巻が吹く中で無風の場所――台風の目となっている個所に飛び降りて、リーダー格の体に掌打を叩き込む。
青白い光は水となり、炸裂する。
脳天に水の爆弾を直接叩きつけられたリーダー格の動きがよろめき、竜巻が霧散する。
数億もの火の粉が街に降り注ぐが、ウォルトの操る水流が弾け、雨となってすべての火の粉を打ち消した。
「なるほど? つまりあれが、例の英雄殺し……いや、英雄眠らせの男ってわけ、か……俺と同じ水使い……だが甘ぇなぁ。んなんじゃ敵は殺せねぇぜ!」
ウォルトの中の体内のエネルギーが、水の属性を得て形を得る。
燃える街。
燃える大気。
その中で、わずかに浮かんでいる水分。
それを凝縮し、さらに水素と酸素を結合させて、ありとあらゆる場所から水を現出させる。
ウォルトが隊長に任命された一番の理由は、いざとなれば自ら水を作り出せる点にある。
本来、ただ水を操るという能力に落ち着くウォルトのそれだが、大気中の水分を集められることで無限の武器を得たのである。
「出て来い“
すべての水が集束し、人型に固まる。
しかしその腕は左右それぞれ六本ずつあり、うち二本が合掌し、残りがすべて剣を握っている。
さすがに水の造形は、ウォルトが持つ別の能力だ。同じ属性でも、系統が異なる。
水によって生物を作り上げ、それを自在に動かす能力である。
この能力でもって、聖母は蓮が落としたリーダー格へと迫り、剣を振り上げた。
が、そこに立ちはだかる炎の壁。
さらにその炎の壁は聖母を取り囲み、その灼熱で一気に蒸発させてしまった。
「ワッツ?! おまえ何すんだ!」
ウォルトは怒号を上げる。
飛び降りて来た蓮は自らの手にまだ残る火炎を握り潰し、ウォルトに首を振った。
「いつらは、この国そいに来たんだぞ?! 襲撃者に人も龍も関係ねぇ! さっさと殺しちまった方がいいんだよ!」
ウォルトが訴えるが、蓮は頑なに首を横に振る。
比較的温厚な性格のウォルトだが、自国の危機にその沸点は恐ろしく下がる。
故に言うことを聞かない蓮の胸座を掴み、拳を向けた。
「殺生はいけねぇってか! めぇだって自分の国が、愛する人間がピンチのとき、同じこと言えねぇだろうが! 他人事思ってっこつっけんじゃねぇ!」
拳を振るが、胸座の拘束を解き蓮は止める。
そしてまた、首を横に振って見せる。
その顔はずっと――いや最初から、悲しそうだった。
それが中途半端な同情と映り、ウォルトの気を逆撫でる。
「っこつけんじゃねぇってってんだ! めぇは自分の国がピンチんとき! なじこと言えねぇだろが!」
蓮はその場から飛び退き、地面に手を置く。
するとウォルトの脚を地面が捕まえ、そのまま固まってしまった。
ウォルトは足の拘束を解こうともがくが、ビクともしない。
「
二人がいざこざを起こしている間に、リーダー格の翼龍が再び舞い上がる。
小さな翼龍が止めようと炎を吐くが、怒るリーダー格はその制止を振り払って空高く飛び上がり、そして全身に炎をまとってUターン、急降下で突進してきた。
それに対して、蓮は掌に光球を作り出す。そしてそれを放つと同時、もう片方の手に風の塊を作り出した。
光球がリーダー格の前で炸裂。
眩い閃光が弾け、リーダー格の視界を奪う。
怯んだリーダー格が速度を落とした瞬間、蓮は手に固めていた風の塊を叩きつけ、凄まじい勢いで炸裂させた。
風の爆弾が爆発し、リーダー格の巨体をも上空に吹き飛ばす。
そして動きが止まったリーダー格に向けて、蓮は光る鎖を繰り出した。
空中でリーダー格を捕まえて、そのまま縛り上げた鎖は、リーダー格の体に雷電を走らせる。
全身の神経を麻痺させられたリーダー格は、力なく落下しそのまま動きを止めた。
そのリーダー格へと、蓮はおもむろに歩み寄る。
全身が痺れているとはいえ、敵意までは消えていないリーダー格は強く歯を軋ませて唸り、そして口の中に火炎弾を備えた。
が、蓮は臆することなくリーダー格の鼻先を撫でる。
目の前には灼熱の龍炎。
その場にいるだけで身を焼かれる痛みに晒されながらも、蓮は撫でるのを止めない。
その隙に脱出したウォルトが再び聖母を作り出し、次は蓮ごとリーダー格の翼龍を殺そうとしたそのとき、一発の銃弾が聖母の脚を撃ち抜き、転倒させた。アルフエだ。
「アルトさん! 何をしているのですか!」
「決まてるだろ! 襲撃者を仕留めるんだよ! まえらが出て来ねぇなら、れ達がやるしかねぇじゃねぇか! しかしたら、の野郎が仕組んだのかもしれねぇ!」
「落ち着いてくださいアルトさん! もう翼龍達は静まりました! 死者もいません! 治まったんです!」
「敵をろすまでは終わりじゃねぇ! ましてやれらの国を襲ったつらだ! 生かして帰すわけにゃ――」
「そこまでだ、アルト」
白馬に乗ったクレアが、ウォルトのまえに立ち塞がる。
その目に優しさはなく、鋭く厳しく威圧的なものへと変わっていた。
その目の威圧感は、戦う者を戦う前から戦慄させ、勝敗を決するという。
これは能力でもなんでもなく、彼女が持つ個性的な力だった。
威厳とも言える。
「落ち着けアルト。おまえの過去を知らないわけではないが、ここにはもうおまえの戦場はない。見ろ」
クレアが
蓮が乗っていた小さな翼龍も蓮のすぐ側に降り、甘えるように顔を擦りつける。
残り二頭の翼龍も飛んできて、リーダー格のすぐ側に止まって大人しくなった。
「敵は沈黙、出頭の構えだ。これ以上の戦闘は、ただの暴力になる」
「あ、あいつらはれらの国を襲ったんだぞ!? 家もくつか焼けた! 死人はねぇかもれねぇが、怪我人だっている! こんな被害を生んだあいつらを、るせるのか!」
「アルト!」
クレアの声が響く。
怒りに溢れるウォルトの脳内が恐怖によって上書きされ、士気を大きく下げた。完全に言葉を失う。
アルフエはその隙に蓮の元へと向かう。
蓮は乗っていた小さな翼龍を撫で、その頭に刻まれた契約の刻印を消し去っていた。
「邦牙さん! ……大丈夫、でしたか?」
蓮は小さく頷く。
その蓮に擦りつく翼龍を撫でながら、アルフエに首を傾げてみせた。
アルフエが何か言いたげにしているのだが、まるで泣きそうだったからである。
蓮は困った様子で、アルフエに手を伸ばす。
そして翼龍を撫でていたのと同じように、アルフエの頭も撫で始めた。
「心配、したんですよ?」
喋れない蓮は、口をパクパクさせて
そして静かに、悪びれた様子で頭を下げた。
「でも……無事でよかったです」
蓮は幾分か背が高い。
アルフエも元々小さくはないし、むしろ女性としては少しだけ高いくらいだが、それでも少しだけヒールの高いブーツを履いているので低くはない。
しかしそれでも蓮の身長は高く、アルフエは蓮が頭を下げたことでようやく自身と頭の高さが同じになり、アルフエは蓮の万華鏡のように絶えず変化する瞳を覗き込むことができたのである。
「ありがとうございます、国を守ってくれて」
蓮は首を横に振る。
そんな、お礼を言われるようなことはしてないと言っているようにも見える反面、そんな言葉はもったいないと訴えているようにも思えた。
四体の翼龍に、蓮は手で何かを指示する。
するとリーダー格の翼龍を筆頭に飛び上がり、キャメロニアの空から去っていった。
翼龍達の姿が見えなくなった頃、蓮達の前に一人の男性が現れる。
和国の衣装に身を包み、長槍と短槍を持ったどこか中性的な若い男だった。
「異国の英雄殿とお見受けします。僕は、戦闘部隊一番隊副隊長、
「国王陛下が!?」
突然の王による招集。
そのことに驚くアルフエの隣で、蓮はただ寂しさと不安を噛み締めた表情で翼龍達が飛んでいった方を一瞥した。
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