すぐに来た再会の時

 白銀の王国。

 そう呼ばれている一つの大国が、東に存在する。


 別名、シルバー・エンパイア。

 真の名をキャメロニア。

 遥か太古に栄えた騎士の国から名を拝借し、地名と掛け合わせた名だという。


 その名の通り白銀の城と城下街が広がり、さらにそれらを国の防壁が囲う形でそびえているアクロポリス。

 国としてはまさに大国で、東の大陸では一、二を争う。


 そんなキャメロニアを支えるのは国の敷地内に聳える大鉱山から出土する宝石の加工と輸出。

 

 そして国が誇る、一三の戦闘部隊である。


 近隣の魔物の討伐及び捕獲、賊の逮捕など、その名の通り戦闘におけるすべてを行う組織だ。

 国の安全と平和を守っている、自衛軍とも言える。


 名前の一部を借りた太古の騎士王国を意識して、二代目の国王が創設したらしい。

 現在一三代まで続く由緒正しい組織であるが、最近部隊長の大半が世代交代により、新世代へと移行している最中だった。


 彼女もまた、新世代の一人。十番隊隊長、バリスタン・Jジング・アルフエ。


 先代より隊長の座を受け継いで早三週間。実に緊張の毎日を送っていた。


 白銀の王国に相応しく、銀色の光沢を煌かせる白の長髪。瞳の色は美しい青で、光を映すと宝石のよう。黒を主色とした衣装から出ている肌は首から上と、両肩のみ。

 女性らしい端麗な姿をしているのだが、極力それらを隠そうとしている節が見える。唯一肩を露出しているのが、精一杯と言った様子だ。


 そんな彼女は隊長室――今は自身の部屋で、先日の戦いに関する報告書を仕上げているところだった。だが手は、思うように進まない。


 元々、まだ書類仕事に慣れていないというのも要因にある。しかしこのとき彼女の手を止めていたのは、その戦いで出会った青年の姿だった。


 記憶の中の青年の姿。

 橙色の長髪と、女性にも近い細身の躰。

 そして何より、長い前髪の間からわずかに見えた瞳。

 彼の能力の影響か、一瞬見えただけでも数度色を変えていた彼の虹彩は、まるで万華鏡のようだった。


 そんな彼の美しい瞳と姿が、忘れられずにいた。

 何より衝撃的だった。半牛半人の英雄を触れることなく戦闘不能にした、彼の所業が。


 だがこの異能世界、それに適した能力を持つ者なら難しい話ではない。しかしそれでも、アルフエにとっては偉業にすら見えてしまった。


 手も出さず、ただ立ち尽くすだけで敵を倒す。

 身に持つ能力に嫉妬するばかりだが、それでもすごいと思わざるを得なかったわけで。


「アルフエ、アルフエ」


 呼び掛けられていることにようやく気付く。

 相当の回数呼ばれていたようで、呼んでいた青年は開いた戸をノックしながらやれやれと言った様子で笑っていた。


 水色の長髪に貴族のような礼装を来たこの青年。

 彼もまた、アルフエと同じく世代交代によって隊長となった男。番号は五番、名前は――


「アルトさん! ごめんなさい、気付けなくて……!」

「十四回も君を呼んだのは初めてだヨ、何かいいことあったのかい?」


 ちょっとした皮肉を込めて、五番隊隊長ウォルト・Dディーニュ・アルトは自ら書いた報告書を振る。

 それを見て、アルフエは彼の用事を察した。簡潔に言えば、自慢だ。


「今回は何を?」

「何、ちょっと紛争を止めてきたサ。大したことはしてないよ、九番隊の力も借りちゃったから。敵の大将首取ったのも、向こうの彼女だしサ」

「……そうですか、それはお疲れ様でした。紛争を止めるだなんて大役を任されるだなんて、私には到底無理ですので、憧れてしまいます」

「ま、そこは能力に恵まれたってとこだネ。ってぇ、そんな場合じゃなかった……アルフエ、仕事先でとんでもねぇの見たって聞いたんだけど、どんな奴?」

「とんでもない人、ですか……? えっと、小国の英雄――」

「――を触れることなく撃退し、国の資産を根こそぎ奪った挙げ句、四番隊と十番隊を壊滅寸前まで追い込んだという怪傑だったそうじゃないカ! 実に興味深い……俺も見たかったぜそいつ」


(なんか、かなり尾ひれついてませんか……?)


 誰がそんな大幅に盛った話をしたのだろうか。そんな疑問を感じさせる暇もなく、アルトは続ける。


「だが? 俺にかかればそいつも敵じゃねぇサ。何故って! 知ってるだろアルフエ! 俺は今度の新星の中でも超新星! 円卓一三騎士ラウンドテーブル・ナイトでも一、二を争う実力者なんだゼ!」

「はい、そうですね。アルトさんの敵ではないかもしれません」


 自信家、かつキザ。それが彼だ。

 此度の世代交代で真っ先に隊長となったが故、一番に実力が認められたと思っているらしい。

 さらにその自信を助長させるのが、彼にまだ土を付けた人間が誰もいないということだろう。

 人生負けなしの実力は確かに自他共に認めるほど強力だ。

 だからこうまで自信満々にものが言える。


 そんな彼の自慢話の相手になるのが、アルフエだ。


 常に自分に自信がなく、心に余裕がない。いつも気持ちが張り詰めていて、感情のほとんどがぎこちないとまで言われてしまう。

 アルトの自信家を半分にして、アルフエに与えた方がいいなどと言われたこともあった。それだけ、アルフエは普段から委縮している。


 女子ならば少しくらいおめかししたり、異性にアピールするため頑張ったりしてもいいだろう。

 だがアルフエにはとにかく自信がない。

 おめかしなんてしたことはなく、好きな異性なんてすぐに諦めてしまう。

 自分にアピールできるポイントなど、認められる点などないと思い込んでいる。

 せっかくの端麗な容姿も可愛らしく美しい顔も心も、彼女にはまるでそうは見えていないのだ。


 故に先代は、自信をつけさせるためにも彼女に隊長を任せたのだが、この三週間まったく進歩も後退もしていなかった。


「にかくだ!」


 とにかく、と言いたいらしい。

 過度の興奮状態になると、単語の中の一語が飛ぶのが彼の悪い癖だ。

 本人はまるで気付いてないため、そのまま続ける。


「んな理由がろうとも! 盗みを働くなんざそれは悪行サ! るされることじゃねぇ! だから次そいつに会ったらすぐに俺をべ、アルフエ! ならず俺がぶっ飛ばしてやるゼ! じゃ! アディオゥス!!!」


 結局なんのようだったのか、アルトは興奮したまま行ってしまった。


 自慢がしたかったのか意気込みがしたかったのか、なんとも中途半端に巻き込まれたアルフエだったが、しかしわずかな憤りも感じない。

 付き合わされたなどと感じるところはまるでなく、ただほんの少しの疲労感を感じるだけだった。

 その後は少々の疲労感を感じながらもアルトのお陰で青年のことを頭の片隅に置き、書類仕事を終えることができた。


 ▽ ▽ ▽


 時間はすでに夜。


 隊長室のある白銀の王城から自宅まで、トボトボと小さな歩幅で歩く。


 夜も活気あるキャメロニアの城下街。


 粋がって大人ぶる若者達。

 酒に酔って日頃の愚痴を吐き出す大人達。

 そんな若者や大人達に感化され、夜更かししようとして見つかって怒られている子供達。

 そしてそれらをすでに人生上で堪能し尽くし、夜はもう寝るだけだと悟った老人達。


 それぞれの世代が、生き生きと生きる一般街。


 アルフエの自宅は、そこを通り抜けたところにある。


 故にそこを通らざるを得ないわけなのだが、誰もアルフエに声をかける者はいない。

 王国を支える戦闘部隊の隊長ともなれば、この国では重役である。場合によっては大臣閣下や総理大臣とほぼ同等の権力を持つこともある。


 しかしながら、そんな彼女に誰も興味を示さない。


 それは当然であり、誰もアルフエが隊長だと知らないからだ。

 誰がいつ隊長に就任したか、それを特別公開することはない。


 しかし秘匿する義務もない。

 隊長は自身がそうであると周囲に知らせることも、知らせないでいることもできる。


 ようは自由なのだ。


 現にアルトは大々的に公開したし、パレードまでやった。

 やり過ぎなくらいに、自分が隊長だとアピールした。


 だがアルフエはしなかった。自分が隊長であるということを秘匿し、国民には伝えなかった。


 国民には、十番隊の隊長が替わったということだけは伝えてある。

 故に誰も、心配にはならない。

 隊長や部隊員の詳細を公開しない暗殺部隊がいるために、十番隊もそうなんだろうと思う程度だった。


 だから誰も、十番隊の隊長が誰かなどと話題にも出さない。

 誰も何も心配しておらず、不安にも感じていない。

 それはこの国が、とても平和であることを示しているとも言えるだろう。


 だからこそ、キャメロニアが平和であるが故に国民の誰も秘匿された十番隊の隊長に――アルフエに興味を示す者はいなかった。


「ただいま帰りました」


 と言ってみるが、一人暮らしなので誰も言葉を返す者はいない。

 むしろ返ってきたら問題である。


 隊長就任の折に、国から寄贈された丘の上の二階建て一軒家。

 一七歳の青年が一人で住むには、少々大きすぎる我が家。


 アルフエは明かりを点けることもなくすぐさま二階に上がり、自分の部屋へ。


 好きなもの、好きなこと、自分の色に染めてもいい自分の部屋にも関わらず、あるのは必要最低限の家具のみ。

 あまりにも殺風景の部屋に、アルフエは帰ってきた。


 黒を主色とした服から寝間着に着替える。

 しかしそれもただの寝間着だ――まぁ寝間着にまで女性らしさを求めるというのも、かなり勝手な話ではあるが――。


 寝間着に着替えたアルフエは、ずっと閉まっていたカーテンを開けてみる。


 調度窓から見える空に、月が映える時間。月光とそれに連なる星々が輝き、疲労と心労の溜まった体を癒やしてくれる。

 特別、空や星に興味があるわけでもない。

 ただ美しいものを美しいと思える、人間の基礎的な能力に基づくリフレッシュ効果だろう。


 しかし本当に特別興味関心が深いわけでもないので、正直たったの三週間でリフレッシュ効果は薄れ始めていた。


 故に今は、淡々とただ暇を潰すために外を眺めているだけである。

 しかしそれはときどき、予期せぬものを見つけてしまうこともあるわけで――


「? あれは……」


 暗闇の中で見えづらい。

 しかしそれでも何かが、暗闇の屋根の上を渡っている。

 猿ではない、動きからして人間だ。

 しかも複数いる。誰にも見つからないように移動している点からして、いいことをしているようには見えない。


 何かあるはずだと、自身の直感が言っている。

 アルフエはそれに従い、大急ぎで服を着替え直して窓から飛び出す。

 そして彼らを見失わないようこっそりついて行った結果、辿り着いたのは武器庫だった。


 彼らはまず武器庫を写真に納め、そしてその周囲の環境も写真に納める。


 どうやら他国のスパイのようだ。

 今回は下見で、後日一斉に押しかけて武器庫から武器を頂戴し、キャメロニアを落とそうという計画だろう。

 スパイの一人が、武器庫の鍵の開け方を模索している辺り、七割方は当たりだとは思う。


 だが目に見える限り、相手は十人以上の団体。

 隊長クラスともいえど、一人で全員を捕縛するには無理がある。絶対に何人かに逃げられてしまう。


 だがここで手を打たないと敵の思惑通りにことが進んでしまう。


 さてどうしたものか。


「……よし」


 アルフエは決断した。


 ここは一人だが、特攻する。


 たとえ何人かを逃がしても、一人捕まえられれば尋問し――最悪拷問して敵国の位置を吐かせればいい。

 大丈夫、自分ならできるはずだと自信がない自分になけなしの自信で言い聞かせ、アルフエは拳銃を手に突撃しようとする。


 だがアルフエが一歩踏み出そうとした次の瞬間、彼らの前に現れたのは別の人間だった。


「誰だてめぇ!」


 明かりを持つ男が叫ぶ。

 

 それによって全員が気付いた。


 武器庫の上、屋根に座る一人の影。

 アルフエから見て月光を背負う形で現れた彼の姿を、アルフエは憶えていた。


 橙色の光沢を放つ長髪。

 獣の皮一枚を被ったやせ細った躰。

 そして、前髪の下からわずかに見える度々色を変える万華鏡のような光彩。


 彼だ。


 かの英雄を打倒した彼が、この場に現れた。

 この国の住人だったのだろうかと思ったが、どうもそんな様子ではない。


 彼は下で静かにざわめくスパイ団体を見下ろして、ゆっくりと立ち上がる。

 消音器とレーザーサイトが取り付けられた銃を三丁同時に向けられると、すかさずその場から飛び降りた。


 三つの弾丸が彼のそばを通過し、彼は軽やかに着地する。

 そして静かに息を吸うと、一瞬だけ止めた。


 その一瞬で、彼の周囲で攻撃体勢を取っていたスパイ集団は全員その場で力尽きる。

 殺してしまったのかとすら思ったアルフエだったが、全員があのときと同じく寝息を立てていることに安堵した。


「! 待ってください!」


 その場から去ろうとした彼を、思わず呼び止める。

 彼はアルフエの言葉に応え、その場で止まってくれた。


「……あ、あの……憶えていますか? 私のこと……」


 恐る恐る訪ねてみる。

 彼と会ったのはたった三日前だが、正直自分のことを憶えられている自信がない。


 しかしそんなアルフエの恐怖を裏切り、彼は静かに頷いた。


「その……あなたはこの国の方、ではないです……よね? どうやってこの国に?」


 アルフエが訊くと、彼は少し気まずそうな顔をする。

 そして数秒の間を置いて、指差しで自分の罪を白状した。


 彼が指差したのは、国を囲う防壁の一角。

 アルフエは一瞬意味が理解できなかったが、彼が何かすまなそうにしている表情を見て数秒遅れで察した。


「あの壁を……飛び越えたのですか?」


 彼は渋々頷く。

 

 アルフエは、素直に驚いた。


 何せ壁の高さはおよそ四五メートル。

 過去最大の魔物の高さを凌ぐために用意された防壁だ。

 それを飛び越えるなど、彼の能力がもし敵を眠らせることならば無理なはずだ。


 能力は一人一系統――のはずだ。

 例外はあるが。


「何をしに……来たのですか?」


 渋々、アルフエは訊いてみる。

 彼の目的がもし暗躍ならば、止めなければならないのは必至。

 しかし触れることなく意識するだけで敵を眠らせる相手ともなれば、敗北もまた必至。

 故にここは彼が暗躍していないのを祈りつつ、念のための迎撃の用意をしておくのだ。


 だがここは、青年はアルフエの期待に応える。

 彼は着ている皮の内側から何かを取り出し、それをアルフエに見せた。


 それは、水色と白が混じった石のついたイアリング。その石の中には、特殊な加工によって刻まれたキャメロニアの国紋が光っていた。


「これの持ち主を探しに来たのですか?」


 青年は頷く。

 わざわざ壁を越えてきた辺り、許可証など持ち合わせていないのだろう。

 しかしそれでもこれを届けようとしたのなら、なかなか心優しい人物のようだと、アルフエは思った。


「わかりました。では私が探しましょう。前回も名乗りましたが、私もこう見えてこの国の戦闘部隊の隊長の一人なんです。警察機関に相談くらいできますから」


 青年は少し考える。

 イアリングを見ながら長考したが、結局アルフエにそれを手渡した。アルフエは笑顔で、彼女なりの勇気を振り絞って青年の手を取って握りしめる。


「捕まえました」


 青年は首を傾げる。アルフエはほんの少しだけ深呼吸して、顔を引き締めた。


「どんな理由があろうとも、この国の壁を許可なく飛び越えることは犯罪なんです。なので、取り調べを受けていただきます。大丈夫です、私もあなたがいい人だと伝えておきますから」


 犯罪、取り調べという言葉を聞いて、普通の人なら動揺することだろう。

 しかし青年は静かに頷き、手錠をかけさせるように両手を差し出す。

 手錠を持っていないが故にかけられないアルフエだったが、しかしもし持っていても、かけようなどとは思わなかった。


 何せ彼の瞳の中で輝く万華鏡の光彩は、一切の曇りなく輝いていたからである。

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