属性異能世界・ノア
出会いは突然に
明星が昼に輝いている日は、祈りの日だった。
崇めているのは全能の神。祈るのは、出身地である小さな村の平和。かの帝国に繁栄をもたらした神ならば、こんなにも小さな村の平和など、簡単に叶えてくれると思ったからだ。
だから彼女は、明星が昼に輝く日は必ず祈る。
そう、今日この日のような、赤い妖光で輝く明星が昼間にあれば、祈らずにはいられなかった。
「アルフエ隊長、国王陛下がお呼びです」
「はい、ただいま」
一寸の穢れもない純白の城。攻め難く犯し難い美しい城に、王はいる。王に呼ばれた彼女もまた、その純白の中へと入城した。
王のいる謁見の間の両脇には様々な国の甲冑を身にまとった騎士達の像がズラッと並び、王の座る王座への道を開けている。
長い長い青いカーペットの上を歩いていくと、最奥にレースによって囲まれた場所がある。そのレースの奥に王座があり、普段は例え国民の重鎮であろうとも、王の顔を見ることは叶わない。
実際に彼女もまた、今まで王と対話したことはあっても、その姿を見たことはなかった。
「来たね、アルフエ」
王は比較的優しく、そして若い声だ。先代の父親が戦死してから即位した若輩者だったが、即位したのは実に一四年も前の話。声だけでも、まったく歳を感じさせないのは国でも国家機密以上の謎だ。
そんな王の前で彼女――アルフエは片膝を付く。それが王との謁見の姿勢だ。される王は止めて欲しいという顔をするが、生憎とその顔はアルフエには見えない。
「敵は名もない小国、こちらが勝つのは目に見えてるけど……さて、油断は禁物なんて言葉が東の国にはあるからね。油断せず行きたい。そこで君達の出番だ。今、四番隊が前線に出てる。君が率いる十番隊には、加勢に行ってほしい」
「はい、国王陛下」
「くどいとは思うけど、敵は小国ながらも長い間ずっとその平和を保ってきた。この意味がわかるね?」
「はい、ご忠告感謝いたします」
「じゃあ、改めて命じよう。我が国が誇る戦闘部隊。十番隊隊長、バリスタン・
「承知いたしました、マイ・ロード」
▽ ▽ ▽
王の命を受けたアルフエが、戦場へと到着したのはそれからおよそ二時間後のこと。
戦況は敵国が敗北寸前に最後の足掻きを見せているところで、王の心配は杞憂に終わりそうだった。
戦闘部隊十番隊隊長、アルフエは先行していた四番隊が使っていたテントへと向かう。そこには調度部下から戦況報告を受けている、四番隊隊長がいた。
「おぉ、アルフエ。早かったな」
「いえ、遅くなりました。戦況は?」
アルフエと話す彼女もまた、戦闘部隊四番隊の隊長を任されている。まだ一七歳の二人だが、周囲の年上新米兵よりも実に落ち着きを持っていた。
「キングの予測通り、敵は私達だけで大方鎮圧できた。だが、まだあちらの大将が健在だ。最後の抵抗として自陣に留まり、王への侵入を食い止めている。小国ながら武力で今日まで生き残って来たわけが、理解できたよ。だがその伝説も今日までだ。キングの期待には応えなければならない。だろ、アルフエ」
「はい、小国を相手にするのは気が引けますが……しかし、負けるわけにはいきません。全力で、確実に勝利しましょう」
「あぁ。では行くか、私が突破口を開こう」
通信係と戦略家。さらに遠距離狙撃兵を自陣に残して、ここまで温存されていた四番隊の戦闘員と十番隊の戦闘員、合計三一二を率いて二人の隊長がその脚で進軍する。
西に約十一キロ先。敵が未だ抵抗を続ける敵陣に攻め込み、さぁ今から敵軍と最後の死闘だと意気込んでいたアルフエ達は、敵陣の状況に驚きを隠せなかった。
まず陣地を守る大木の関所は潰れ、周囲の門番は全員眠っている。そしてそこから入れば目に見える人間は敵味方全員が眠っており、誰も立っていない。
誰かの侵入を許したのは確かなのだが、しかし解せないのはまるで戦闘の痕跡がないということ。全員が敵を見つけてから構えることも許されず、気力を奪われてしまったかのようだった。
この国を守って来た屈強な戦士達が何もできず、しかも抵抗もできずに眠らされている。そのことを敵兵を観察してわかった二人の隊長は、自身の中の警戒レベルを大きく上げた。
観察した敵兵を部下に引き渡し、敵兵すべての拘束を指示して散開させた四番隊長が難しい顔で唸る。
「侵入者は複数か……それもかなりの使い手ばかりだな。眠っている人間に外傷がないから、精神干渉系統の能力を使う人間がいるのは間違いないだろうが……」
「問題は目的、ですね」
「そうだな……いずれにしても、キングの口癖を借りれば……油断は禁物、だ」
「おぉぉぉぉぉ……!!!」
不意に轟く敵の声。
奥の方から地響きを連れてやってきたのは、四メートルはある黒い巨躯を持つ半牛半人。
両手には金色の斧を握り締め、鋭い牙を剥きだしにして唸っていた。
この国の栄光を築き上げて来た大軍師にして大英雄。
その身に牛の怪物を宿した男。
この場であえて詳細の紹介を割愛しても、知らぬ者はいないためになんの支障も起きない。
それほどの英雄の登場だった。
「ほぉ……大将の登場か。さすがにこいつには効かなかったと見える」
「ですがおかしいです。いつも砦の手前で敵の侵入を防ぐと聞くこの方が、何故こんな自陣の奥に……」
「さぁな。しかし手前にいようが奥にいようが、結局は戦うことが決まっているんだ。なんの違いがあるだろう。そして、この男と対峙することを想定して私が前もって派遣されていたのだからつまり、私はこの英雄に勝たなければならない。それだけの話だ」
手を前へ。四番隊長の手から灼熱が噴き出し、それが長く伸びて形を得る。
それは橙色と赤が混じった刃を持つ大鎌となり、彼女の手の上で回ると軽やかに踊り、灼熱を宿す刃を英雄に向けた。
「行け、アルフエ。私が突破口を開くと言っただろう」
「ですが、大丈夫ですか? 二人で確実に倒した方が……」
「それでは敵に逃亡のスキを与えてしまう。戦闘部隊を二つ投入したキングの采配を無視するわけにはいかんし、あとで怒られてしまう。あの人の鉄拳はごめんだ」
「……わかりました。すみません、シャナさん」
「構わないさ」
シャナと呼ばれた四番隊長が斬りかかる。英雄の斧と鎌がぶつかると火焔と衝撃が走り、シャナと英雄を吹き飛ばした。だがすぐに、お互い敵に目掛けて肉薄、武器を振るう。
熱と衝撃が吹き荒び、周囲の物を吹き飛ばす。アルフエはその二人の側を通過し、奥の城へと走った。
英雄も追おうとするが、シャナの斬撃が食い止め、その場から逃がさなかった。
▽ ▽ ▽
この仕事を受けたとき、アルフエはある程度の殺しを覚悟していた。
正直戦闘部隊の隊長を任されている身だが、生物の死は得意ではない。
故に彼女の武器は直接は殺さない拳銃。
両手のそれと脚に巻き付けた二丁の、計四丁の拳銃の使い手である。
アルフエが凄まじい腕の拳銃使いであることはかの牛男と同じく周知の事実だが、彼女が何故拳銃を扱うかに関して言えば、それは本人とその知人しか知らぬことである。
故にそんな臆病者のアルフエは、今回の事態に正直安堵していた。
城への侵入と特攻など殺しが付き物だが、今回はそこまでの道中誰も殺していない。
何故なら全員が寝息を立てているからで、誰とも戦う必要がないからである。
連絡を取れる部下に敵の拘束と捕縛を指示しながら、アルフエは着実に城内の奥へと侵入していく。
そしてアルフエの人生史上最も簡単な城内侵入は、遂に王の間まで辿り着いていた。
自国の王の間と比べると、かなり小さな間へと潜入、拳銃を王座へと向ける。
ここで普段ならこう言う。
――「動かないでください! 私は白銀の王国の者! この度の戦争を終わらせに来た!」
と。
しかしアルフエがそう言うことはなかった。
何故ならそこには起きている敵は誰一人としていなかったからだ。敵兵はもちろん王もまた、王座で深く眠っている。
しかしながら、アルフエが声を出さなかったのは彼らが寝ているからではない。
それに声を出さなかったというよりは、言葉を奪われたという方がこの場合では正確だった。
そこにいたのは、立ち尽くす一人の青年。
周囲で敵が眠っている中で、彼一人がその場で立ち尽くしている。
歳は見かけで判断するなら、アルフエやシャナと同じ一七歳かそれ前後。
橙色の髪は伸ばしているというよりは放っておいているようで、しかしそれでも滑らかな後ろ髪は背中を覆い、前髪は瞳を隠している。
高身長というわけでもなく低身長というわけでもなく、ただ平均身長より少し上くらいの背の高さ。
その体を覆っているのは薄汚い獣の皮一枚で、その分厚い皮越しに見ても、酷く痩せているように見えた。
性別は、間違いなく男である。女にしては、骨格がゴツい印象がある。
その青年が何者で、何故ここにいるのか。
問いたいことはたくさんあるが、ひとまずどちらの国の人間でもなさそうだ。
体のどこかに出身国の国紋を刻んでいるはずなのでそれを見たいところだが、出合頭にそれは難しいだろう。
それに敵国の人間でないというだけで、彼が自分達にとって敵かどうなのか、それを見極めなければならない。もし敵でないのなら、早々に拳銃を下ろしたいところだ。
「……あなたは?」
青年は答えない。
まるで呼吸していないかのように、口を堅く閉ざしたままだ。
警戒されている。そう感じたアルフエは拳銃を下ろす。
さすがにしまいまではしないが、比較的警戒は解いてもらえるし、いざとなったら早撃ちも可能な両統体勢だった。
「申し遅れました、まずは自己紹介が先、ですよね? 失礼しました。私は白銀の王国より来ました、バリスタン・
比較的丁寧に、そして簡単に自己紹介した。
そこまでの警戒心は生まないはずだが、しかし青年は口を開かない。
顔の大半が髪で隠れているため、表情も見えない。
さてこれは困ったと、アルフエが続けようとしたそのとき、突如壁が崩れて落ちる。
見ればそこでは土埃に塗れたシャナがいて、水に濡れた犬のように頭を振っていた。
「さすがは英雄殿だ……ここまで飛ばされるとは」
「シャナさん、大丈夫ですか?!」
「アルフエか。何、大事には至ってないさ。それより、それは誰だ」
シャナも青年に気付く。
だが青年はシャナに対しては一瞥をくれるだけでまるで反応しない。
それどころか彼が興味を示しているのは、吹き飛ばしたシャナを追いかけて来た英雄の方だった。
「まぁいい、私は行く。アルフエは引き続き――」
シャナが飛び出すより先に、青年が飛び出す。
逃げ出したと思った二人の予想を裏切って、英雄の前に立ち尽くした。
英雄は青年をアルフエやシャナの仲間と認識したか、止まることなく突進してくる。
闘牛よりも巨大でしかも知性を持つ怪物の突進が、青年を虫のように押し潰す――と思ったアルフエの想像を、青年はまた裏切った。
青年は、何もしていない。
しかし何かしたのだろう。
でなければ、英雄が減速し、青年の目の前で止まってそのまま倒れるなどありえない。
英雄が眠ってしまったのだろうことを確認すると、青年はゆっくりとした足取りでその場から去っていった。
若いながらも多くの修羅場を潜り抜けて来た二人の隊長は、その勇ましくも美しい姿に見入って、動くことができなかった。
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