第4話 暴走
8月9日、水曜日。雷雨。
許さない!
許さない!!
許さない!!!
私の心は強い怒りと憎しみに支配されていた。
いままでも、これからも、ずっと続くハズだった私達の世界。
そこは他の誰にも踏み入れられる事のない、私と先輩だけの聖域。
でも
譲歩はした。私なりに穏便に済ませようと努力もした。
でも
それどころか先輩を誘惑し、私達の世界を壊そうとしている。
許さない……!
許せるハズがない……!
だから下さなければならない。
あの色欲の悪魔をこの手で討たなければならない。
そうしなければ、私達の世界は取り戻せない。
ふふっ。先輩、もうすぐです。
もうすぐ、その悪魔の呪いから貴方を解放してあげます。
決行は明日、8月10日。
幸い、今は夏休みだ。
その為の準備も約一ヶ月掛けてした。
殺す場所も、凶器も、時間も全て考えた。
その間、大好きな先輩とのデートもせずに、準備をしたのだ。
せっかくの夏休みなのにプールにも行かず、海にも行かず、花火大会さえ我慢した。
それも全ては私と先輩との未来の為……。
その輝かしい未来の為なら頑張れる、何だって出来る……!
さあ、今から始めよう。
私達の世界を取り戻す聖戦を!
私は熱に犯された機械の様に同じ言葉を繰り返した。
それは怒りから、憎しみ、そして呪詛の言霊となり……。
「あははははははははははははははは!!」
狂気の笑いとなって、
◆◆◆◆◆◆
8月10日、木曜日。雨。
前日の嵐の様な豪雨は続き、今日も激しい雨に包まれていた。
だが、私にとっては好都合。
この雨の中なら、
何故なら、始末した時に浴びる事になるであろう返り血も雨が綺麗に洗い流してくれるからだ。
私は雨の降る空を見上げると天すらも味方に付けたと、一人ほくそ笑んだ。
失敗は許されない。
チャンスはたった一度きり。
この機を逃せば二度とチャンスはない。
いや、それどころか社会的に抹殺されるだろう。
でも私は逃げない。我慢する日々はこれで終わりだ。
黒い雨具に身を包み、雨の中を一人立つ。
熱にほだされた身体が雨に濡れて逆に心地良い。
辺りには誰もいない。
当然だ。こんな雨の中、用事もないのに出掛けようとは思わない。
だから目撃者の心配もいらない。
まあ、居たとしても私の邪魔をするなら始末するだけだ。
一人も二人も変わらない。
私達の世界には私達だけが居ればいい。
そう、簡単な事だったんだ。
そんな簡単な事に気付かないなんて、私って本当バカだ。
だがその我慢ももうじき終わる。
私が全てを終わらせる……!
※※※※※※
私は
既に手紙で彼女には、ここに来るように話を付けてある。
『運動公園、本日午後9時。天道先輩の件で話があります』とだけ書いた手紙を彼女の家のポストに入れてきた。
それだけで
え? どうやって彼女の家を探しだしたって?
そんなのもちろん、コッソリ後を付けて……って、そんな話はどうでもいい。
今は一刻も早く、
魔女……!
彼女は誘惑の魔女……!
討たなければ……!
殺さなければ……!
私は強い決意と共に雨具の中に隠したナイフを握りしめる。
ちなみにナイフは街中のサバイバルグッズを扱う店で買った。
正直、店員にかなり怪しまれたけどバーベキューで肉を切るのに使うと言って強引に押し通した。
過程はどうでも良かった。
「そろそろ、ね」
私は腕時計で時間を確認する。
時刻はもうすぐ、21時。
辺りは既に暗闇に包まれている。雨で視界も最悪だ。
やれる……!
私はやれる……!
私はやれば出来る子なんだ!
これは殺人じゃない。
これは断罪なんだ。
私達の世界を壊そうとする魔女への断罪……!
心の中で暗示の様に繰り返す。
もはや私の思考は暴走し、自分でも抑えきれなくなっていた。
※※※※※※
それから10分後、
白い雨具に身を包み、不機嫌さを隠す事なく、こちらに歩いてくる。
まあ、こんな雨の中を急に呼び出されれば誰だって不機嫌にもなるか。
私はそんなどうでもいい事を考えながら、彼女を待った。
「こんな雨の中を呼び出すなんてどういうつもり?」
到着するなり開口一番、彼女の口からは案の定、不満が漏れた。
私はそんな彼女の言葉を無視すると、強く彼女を睨み付けた。
「ま、いいわ。それで?
私の態度に呆れながらも本題へと移る。
この女、軽々しく先輩の名前を呼び捨てに……!
メラメラとした怒りの炎が私の身を熱く焦がす。
「もしかして前回と同じ話って事は無いわよね? だとしたら私の意見は変わらないわよ」
いつまでも用件を口にしない私に早くも痺れを切らしたのか、彼女はさっさと話を終わらせようとする。
こんな雨の中、長々と会話をしたくないのだろう。
ふん、安心しなさい……!
もうすぐその口は、永遠に言葉を発せなくなるんだから……!
「安心して下さい。ちゃんと大事な話ですよ」
私はそう言うと、彼女に一歩近付いた。
既に右手は雨具の懐に入れ、ナイフの柄を握っている。
後は間合いさえ届けば、いつでもこの魔女に裁きを与えられる。
それまで私の挙動をバレてはいけない。怪しまれたら、そこで終わりだ。
「私は今日、どうしても貴女に言わなければならない事があるんです」
ジリ、と再び一歩間合いを詰める。
まだ彼女は私の挙動に気付いていない。
断罪の間合いまで、あと一歩。
次の一歩で仕留める事が出来る。
「どうしても言わなければならない事?」
その表情はもう私達の間に言葉など不要だと言わんばかりの顔だ。
私の中でまた一つ、ビシッと亀裂が走る。
その表情一つが、言葉一つが、全てが憎い。
私は彼女の言葉を再び無視し、更に一歩間合いを詰めた。
ナイフを握る右手に力が
もう完全に私の間合い。
私が一振りすれば、その
手にジワリと汗が
ここまで来て、唐突に緊張している事に気付く。
当たり前だ。
今から私は憎い相手とはいえ、人を一人、殺すのだ。
これが緊張しない訳がない。
でも、私はもう戻れない。
私はもう決断してしまった。
この女を殺すと。
私達の世界から消すと。
その行いに、後悔などはない。
だから殺す。
簡単だ。たった一振り、たった一振りナイフを彼女に振り降ろすだけ。
幸い、まだ彼女は気付いていない。
私の殺意に気付いていない。
やるなら今しかない。
殺すなら今しかない……!
「たった一言だけ言いますから、よ、よく聞いてくださいね。ほ、星宮さん……!」
私は目をギラリと見開くと、
そしてすぐさま、懐からナイフを素早く取り出した。
ナイフが雨に濡れて、何とも言えない怪しくも鈍い光を放つ。
「!?」
そこでようやく気付く。
彼女も私の殺意に気付く。
だが、既に時は遅し。
「死ねぇええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
私は、雄叫びにも似た絶叫を辺りに響かせると、彼女にナイフを振り下ろした。
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