第5話 回想
それはまだ私が高校に入学したくらいの頃の話。
内気、地味、暗いと陰気な要素を全て兼ね備えていた私は学校でも浮いていた存在だった。
クラスでは既にいくつかのグループが出来ているというのに誰も私には声を掛けようとはしなかった。
高校に入れば、何かが少しは変わるかもなんて期待したが、そんな事もなく、まるで
だから私は開き直った。
私は貴方達みたいな低俗な
いや、それは嘘だ。
自分の心を隠した言い訳だ。
本当は寂しかった。
私も皆と同じ様に好きなテレビの話や漫画の話、お
でも出来なかった。
気が付いた時には既にグループが出来上がっていたし、その輪に入って声を掛ける勇気もなかった。
結局、私は高校でも変わらない。
誰にも相手にされず、気にもされず、そうして卒業まで一人で生きていくのだ。
そしていずれは忘れさられる。
私は悔しかった。
声を掛けてくれないクラスメイトにじゃない。
たった一言、友達になりたいとさえ言えない自分自身の弱さに。
今日も孤独は
魂を黒く染め上げていく。心を壊していく。
じわじわじわじわとゆっくりと壊していく。
自分でも気付かない、ゆっくりとしたスピードで。
私はこのまま一生、暗闇の海で
嫌だ……。
嫌だよ……!
そんなのは嫌だ……!
しかしいくら叫び続けても、その声は届かない。
心の声では届かない。
そして、私は黒き海で溺れ、最後には
「君、新入生? 良かったらうちの部に入らない?」
そんな時だった。
暗闇に包まれた海の中、私に一筋の光が差し込んだ。
その光は天へと続く道となって私を暗闇から救い出す。
初めは何が起きているのか分からなかった。
私に話し掛ける人なんて誰も居ないし、幻聴かなと思った。
だがその声は再び響く。
先ほどよりも確かに、そして優しい声だった。
私はアタフタしながら声の方へと振り向いた。
「なんだ、聴こえているんじゃないか。あ、もしかして急に声を掛けたからビックリしちゃったかな?」
そこには声と同じく優しそうな雰囲気を
「貴方は……?」
私はボソッと聴こえるかも怪しい小さな声で問い掛ける。
失礼なのは分かってはいたが、この時の私のコミュニケーション能力ではこれが限界だった。
しかしその男子生徒は特に気にする事もなく、話を続ける。
「実は僕が所属している部活が定員ギリギリで廃部になりそうなんだ。あと一人、入ってくれれば、それを
「はあ……」
突然の話に私はなんとも間の抜けた声をあげてしまった。
正直、面倒な話は御免だと思い、関わり合いになるのは嫌だったが、何故か彼の話を無視する事が出来なかった。
久し振りに家族以外と言葉を交わした事で、少しテンションが上がっていたのかも知れない。
彼は、そんな私の内情など関係なく更に話を続ける。
「そういう訳で、夏までに新入部員を探して入部させないと廃部になるんだよ!」
何が『そういう訳』なのかはよく分からなかったが、彼が大変だという事だけは理解した。
「あの……それで、私は何を……?」
「ああ。そこで最初の話に戻るんだけど……君さ、我が部に入ってみないか!?」
「ふえ……?」
再び私の口から間の抜けた声が
これこそが天道先輩との出逢い、そして私が暗闇の海から引き上げられた瞬間だった。
◆◆◆◆◆◆
何故、今頃になってこんな事を思い出したのか……私自信、よく分からない。
いや、もしかしたら私は、あの時に戻りたかったのだろうか?
平々凡々だけど、優しい先輩との平穏な日々に。
でも、もう戻れない。
私は凶器を握ってしまった。
殺意を抱いてしまった。
実行に、移してしまった。
もう、私が握るナイフは星宮さんの眼前に迫っている。
あと三秒と掛からずに、この凶刃は彼女を貫くだろう。
まるでアニメのスローモーションの様に、ゆっくりと流れる時間の中、再び私は自問自答する。
それがどれだけ無意味な事かは理解しているが、せずにはいられなかった。
ねえ?
これが本当に貴女が望んだ事だったのかな?
目の前にいる障害を排除して、それで先輩との世界を取り戻したって、その先に あるのは本当に私が望んだ世界なの?
それはかつて私が苦しんだ、あの暗闇の海じゃないの?
人を殺した罪を背負った私に、先輩はまた笑ってくれるの?
分からないよ……。
何が正しかったのか、いけなかったのか、分からない。
ただ一つだけ分かった事は、もうあの優しかった時間には、戻れないという事だけだった。
「ぁああああああああ!」
私の雄叫びと共にナイフが彼女へと迫る。
もう止まらない。
止められない。
私はここで彼女を殺すのだ。
その行いに後悔はしなかったハズだ。
私達の世界を壊そうとした彼女が憎かったハズだ……!
なら、何で私は……。
私は……!
ワタシハ……!
泣いているの……?
それは後悔の涙だったのか。
それとも計画を達成した喜びの涙だったのか、私にも分からない。
ただ、当初の計画通り……私の凶刃は彼女の腹部へと突き刺さった。
赤く、熱い鮮血が地面にポタポタと
彼女の着ていた白い雨具が瞬く間に赤く染まっていく。
「はぁ……はぁ……はぁはぁ……!」
星宮さんは「うぐ……っ」と
そして、バシャッ! という音と共に彼女は頭から倒れ込むと、雨水と彼女の血が地面にてゆっくりと混ざり合った。
私はその光景を、激しく呼吸を
暫くして、ようやく私は星宮さんをナイフで刺した事を実感する。
徐々に込み上げてくる不快な気持ちと
そこに達成感もなければ、爽快感もない。
あるのは人を刺してしまったという事実と、黒く
私は近くの草むらに駆け込むと吐き出した。
それは目の前に広がる、あまりにもリアルな死に拒否反応が出てしまったのだろう。
そして
刺した……!
星宮さんを……!
私がナイフで……!
ぐるぐるぐるぐると、その事実だけが頭の中を巡った。
「……はぁ……はぁ……」
ようやく私は全てを吐き出すと、ゆっくりと立ち上がった。
正直、不快感はまだ残っているがいつまでもここで吐いている訳にもいかない。
この状況を作りあげたのは私。
なら、最後まで責任を持つのも当然、私だ。
「彼女の死体を処理しなくては……」
そう言うと、私は倒れている星宮さんの方へと歩き出す。
「何だ!? これは!? 人が倒れている!?」
……が、その瞬間。
意外な人物によって邪魔されてしまった。
私はその人物を見て、反射的に草むらに隠れてしまった。
「何で……あの人が……!?」
私は草むらに隠れながら静かに呟く。
そして心の中で、もし神様が本当にこの世界に居るのなら……。
なんて、残酷で意地悪で、性悪なんだろうと思った。
何故ならば、偶然にも公園へと足を踏み入れて来たのは……。
他でもない、天道先輩だった。
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