惨事

「まったく、今まで問題なんて起こしたことなかったのに……」


 母は車を運転しながら、ぶつぶつ。


 踏切をわたりかけたその瞬間、がくりと母の手がハンドルから落ちて、頭がクラクションを押し、けたたましい音をたてた。母は運転中に意識を失ったようだ。線路の上で停車する車。警告音が鳴る。


「おい、待てよ! えい、おかあさん、起きて! 大丈夫? 起きてよ――!」


 迫る振動。電車が来る。


「リエル、なんとかして――!」


 瞬間、あたりは真っ白な光に包まれ、母親は目を覚ました。


「あ? え? あら?」


 寝ぼけた様子で、ハンドルを握る。クラクションは止んだ。


 なぜかそこからは夢のような記憶になっている。


 ふわふわと宙を飛んで自宅の駐車場に着地した。


 がばりと前席のドアを開け、リエルを探す純。リエルは駐車場の陰にいた。


「やっぱりあなたは良い人」


「冗談じゃない! こんな、こんな……」


「大丈夫。あなただけは奇跡の力で助けるつもりだった」


「うそだ! おまえはボクも殺そうとした」


「信じて、純……」


「信じられるもんか。あやうく死ぬところだった」


「(……)安心しました」


「はあ?」


「もう、死のうなんて思いませんよね」


「――おかあさんに怒鳴られるからな」


 母を想う心に打たれ、胸の前をぎゅっと握るリエル。うれしそうに笑う。その笑顔は花のようだった。純は見惚れた。

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