純の未来

 七年後。


 ハンスト中でぐったりとした純。公園の水飲み場で倒れていた。


「うう……死ぬ。死んでしまう。……死んでやる!」


 どこかから飛んできた白衣の宇宙人コスチュームの女は細い声で叫んだ。


「死んではいけませえええーん」


 泣いている。


「ううううー。うっうっううー」


 倒れている純の服の前をつかみ、揺さぶって、


「どうして死のうなんて! いけません! 駄目です! どうしてあなたは、また!」


 ぽたぽた涙を落す。


「腹が減ってるだけだ」


 ぐうう、と純の腹の音。


「ではこれをお食べなさい!」


 ぼわん! とどこから出したのかわからない、ほかほかの焼き立てパンと紫のグレープジュースのようなもので満たされたコップを差し出してきた。


「いやいや、いくらすきっ腹とはいえ、こんなどこから出したのかもわかんないもの……」


「これは私が奇跡の力で生みだしました。いわば空気のようなもの。息を吸って何がいけないのです」


「そうか、夢だな!」


 言ってる間にガッツリ食べ始める純だった。


「おいしい!」


 がっつく。ぺぺぺと手のひらを払ってカスを落す。


「今度のハンストのわけはなんです」


「小遣いが少ない」


 もそもそと口を動かしながら純はつぶやいた。


「しょぼい」


「ボクの気持ちがわかってたまるか!」


 キレる純だったが、女はうなずかない。


「めんどう」


「どうせ……コフコフッ」


 喉を詰まらせ、純はコップの中身を飲みほした。


「ひく、ひいっく!」


「よくできているでしょう? その葡萄酒!」


「さ、さけ~~? ジュースだと思っていたのに……」


 ショックを受けたように立ち上がり、よろける純。


「あらあら、そちらは側溝ですよ。足を踏み外さないように。気をつけて」


 制服姿の巡査が音もなくバイクを止めた。


「君! 学生だね。どうしたんだね」


「やべ……っ」


 とっさに逃げようと背後を見せたのがよくなかった。


「ん? お酒を飲んでいるのかね? 息を吐いてみなさい!」


 そのまま付近をふらついていて、補導されてしまった純。


『みなさ~~ん。神の慈愛のもとに安けき心を持ちなさ~~い』


 特大メガホンで宣伝して回るその女は……真白き天使の姿をとる。くるくるくるりと回って、純に微笑みかけてきた。


「い、いい迷惑だ……」


 純、沈没。脱魂しかけている。


「君、しっかりしなさい!」


 神の愛と奇跡を説く女にみんなあっけだ。しかし純は意識不明。


 救急車を呼ばれた。


 通りすがりの主婦が隣の主婦にささやいている。


「宗教ねえ。最近多いわねえ」


「ねえ奥さん、あの人あの子にお酒飲ませたらしいわよ」


「未成年に飲酒って……イニシエーション的な!? いやあねえ。坊や大丈夫?」


 みんな純に同情的。


 警官は威嚇するように、


「じゃあ過失ではなく、お酒と知っていて飲ませたのか! あなたねえ!」


 女、慌てて。


「わわ、わ! わた~~くしはあ~~その……純の保護者のような存在であり~~でも実はそうではなかったりぃ~~」


 病院に迎えに来る純の母。みっちり叱られた白衣の宇宙人コスチュームの女、純の隣にたたずんでいる。


「あ、おかあさんですか? こちらの方がどうもお酒を飲ませたらしいんです」


 じろりと女を見た。


 しかし母はきょとんとしている。


「こちらの方って?」


 母は首をかしげる。女が見えていないのだ。


 女は肩を落とし、拳を握って、溜息するがすぐに深く頷いた。


「(あなたの身体に害ならば、その体から葡萄酒を消すこともまた奇跡にちがいないのです)」


 白い指先をすっとかざし、祈りの文句を唱えた。


 ぱかっと目を覚ます純。


「純! あなた……」


「おまえ……何者なんだよ?」


 しかりつけるつもりの母に気づかず、純は身を起こすと端的に問うた。


「(私はリエル。天使見習いからこのたび正式なあなたの守護天使に昇格し、はせ参じました)」


「しゅご……天使?」


「純! 何言ってううう……父親がこんなときいてくれたら……」


 母には天使が目に映ってない。なぜ?


「おい、リエル? これどういうことだよ?」


「今からあなたに食事を与えなかった罰を与えます。神の加護が及ばないようにすることもまた可能なのです」


 リエルの目が金色に光る。


 ――なに?


 なんだか剣呑だが、なにをどうしようというのか、純にはわからなかった。

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