事件

「ふう」


 ため息をついて、テーブルに残っている夕食にラップをかける母。


 純は、食事の手を止めてその様子を見ていた。


(ボクはもう、おやなんかしんじない。おかあさんのつくったごはんもたべない)


 トイレで泣きながらげえげえと吐いた。


 その日の夜九時。


 もうほとんどの店がしまいになって、開いているのはコンビニとレンタルショップくらい。青と赤のライト、店内の照明が道路に光を投げかけている。


「『アクションヒーロー百人育成計画』はありますか?」


「現在品薄で、在庫がありません」


「売り切れってことですね」


「入荷までお待ちください」


 あちこちの店を探し回って、父は額の汗を、妻が整えたハンカチで拭う。今夜もゲームソフトを手に入れようとしたが空振りに終わりそうだ。


 家では妻が「お父さん今日も遅いわねえ。何してるのかしら」と玄関ドアにチェーンと鍵をかけるところだった。


 一方父は、息子の笑顔を思い浮かべて、再びレンタルショップを訪れていた。


「ここなら通常、発売から一週間で中古が出ている。きっとある」


 ところがカウンターでもめる声が響いてる。なんだろう? いい大人がゲームごときでみっともない。気にもとめなかった。


 ちょっと棚の後ろへ回って見るが、ガラの悪そうな男だ。関わりたくない。


 それより今は、純のゲームソフトだ。


「あった! 中古だけど問題なく稼働するって書いてある。少し遅くなっちゃったけど。純、喜ぶぞ。これで明日は機嫌をなおしてくれる」


 急に上がる悲鳴。カウンターで女性が先の男に胸ぐらをつかまれている。


 父はとっさに足が動いた。純の好きなヒーローならこうする――!!!


「君、なにしてうっ」


 そこで彼は、意識が途切れた。腹部を刺された。


「うげえ」


「うざいんだよ、親父が」


 女性店員の悲鳴が小さく震えた。





 パトカーと救急車が同時に道を走ってくる。


 救急車で運ばれる父。


 警察が、カードを見て連絡。


「身元がわかりました」

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