第19話 別れ

ペットショップで子犬用の蝶ネクタイを買ってきた。もちろん、日頃の感謝の気持ちをこめて、太郎さんにプレゼントするためだ。

「太郎さんにプレゼント買ってきましたよ」

そう言って、太郎さんに蝶ネクタイを着けてあげる。

「なかなか似あってますよ」

「そうかなあ?」

太郎さんは鏡の前で自分の姿を見ている。

「凛々しいですよ」

「そうか! これで堂々と人前に出れるなあ」

「ふたりで大道芸でもしますか?」

「お前、人を使って金儲けしようとしてへんか?」

「いえ、ヘビを使って金儲けしようと考えているんですよ」

「一緒や」

「ところで、太郎さんから教わった事、いろいろとやってますが、なかなかうまくできないものですね」

「そんなに簡単にできたら誰も苦労せーへんよ」

「知らない人も多いんじゃないですか?」

「そうやな。難しいことはなんもないけど、みんな知らんのやろうな。知っていたら、もっと住みやすい世の中になるやろう。でも徹、完璧になろうと思う必要はないんやで。今より良くなろうと思えばええんや」

〝今より良くなろうと思え〟か。そう思うと気が楽になった。

「それと、〝知恵を授かったものは、その知恵を多くの人に伝える責任があ る〟って言うんや。徹も後輩なんかに教えてやるんやで」

最近、太郎さんの動きが悪くなってきた。秋も深まり、寒くなってきたからだ。家ではホットカーペットをつけているが、暖かければいいというものではないようだ。冬になると冬眠というサイクルに入るみたいだ。

「太郎さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫や。ただ眠いだけ」

太郎さんが大きなあくびをした。

「そろそろ、冬眠しないと」

「そうですか。さびしいですね」

「春になったら戻ってくるよ」


太郎さんの大好物のビッグマックを買ってきた。太郎さんはビッグマックを飲み込んでいる。しかし、いつもより飲み込むスピードが遅い。

「ふ〜、ありがとう。腹いっぱいになったよ」

そう言うと太郎さんは部屋から出て行こうとした。

「太郎さん、そのツチノコみたいな格好で出て行くんですか? 誰かに見ら

れたらツチノコ騒ぎが起こりますよ」

「そうやな。もう少ししてからにしようかな」

「僕が送っていきましょうか?」

「おっ、気が利くね。じゃお言葉に甘えて近くの林までええかな」

「いいですよ」

僕は、ツチノコ状態の太郎さんをバックパックに入れて近くの林まで来た。

「ここでいいですか?」

「おお、ここでええよ。いろいろと世話になったな。春になったら戻ってく るから、またネコに追いかけられてたら、助けてくれよな」 「ええ、そのつもりですよ。じゃ、太郎さんお元気で」 〝お元気で〟って言うのもおかしいなあ。元気に冬眠なんてあるんだろう か?

「徹も元気でな。じゃ、また来年の春に会おう」

「いろいろとありがとうございました」

「なに、かしこまっているんだよ。じゃあな」

そう言うと太郎さんは林に入っていった。ツチノコの状態で。

太郎さんの居ない部屋はさびしく、寒い。

今、思い出すといろんなことがあったが楽しかった。ビッグマックを食べたツチノコ状態の太郎さん、丸のみした卵が割れてしまったときのがっかりした姿。冷たいビールを飲んで固まってしまったこと。一緒に営業に出かけたこと。ホントにいろいろなことがあった。

そんな思い出に浸っている僕は、春が来るのを心待ちにしている。

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