第18話 ブーメランの法則
太郎さんが新聞紙で何か作っている。
「何作っているんですか?」
「出来てからのお楽しみ」
そう言って太郎さんは何かを作り続けている。でもその新聞、まだ読んでいないんだけど。
「ヘビだと作りにくいなあ」
そう言って、太郎さんは悪戦苦闘していた。
「手伝いましょうか?」
「いや、ええわ」
太郎さんはブーメランのようなものを作っている。
「徹、セロハンテープある?」
太郎さんにセロハンテープを渡す。
セロハンテープで留めているというより、ぐるぐる巻きにしている。
出来上がったのは、やはりブーメランだった。
「そのブーメランどうするんですか?」
「見てのお楽しみや」
そう言うと、太郎さんはブーメランをくわえ、体をUの字にして、勢いよ
くブーメランを放った。
バン、バタン!
ブーメランは壁にぶつかって床におちた。
「......」
「こんな狭い部屋でブーメラン投げて戻って来るわけないでしょう」
「徹にこの世の原則を見せてやろうと思ったのに」
「この世の原則ってなんですか?」
「人呼んで、『ブーメランの法則』」
〝ヘビ呼んで〟だろう。
「なんですか、『ブーメランの法則』って?」 「ブーメランは、投げたらその人のところに戻ってくるやろ。人もそうで、 発した言葉や行った行動、考えていることっていうのは、いずれその人に戻 ってくるんや」
「ふ〜ん」 「すなわち、他人にいいことをすると、それが別のいいこととなって自分に 戻ってくる。他人の悪口を言うと、他人に悪口を言われる。他人の不幸を祈 ると、自分が不幸になる。他人の成功を嫉むと、成功しない」 「そんなもんですかね」
「今までの経験からすると正しいな。さらに言うと、人を不幸にして、自分 だけ幸せになることはないんや」 「いいこと言いますね。見直しましたよ」 「あのね、徹。〝見直す〟ってのは、今まで見下してたという意味やぞ!」 「あっ、そうですね。すみません。惚れ直しましたよ」 「気持ち悪い。徹に惚れられてもうれしくない。あっそうや。ブーメランの 法則と同じだけど、『原因と結果の法則』ってのもあるんや」 「『原因と結果の法則』? 原因があるから結果があるってことですか?」 僕は文字どおりに答えた。 「よく分かったな。その原因ってのは自分にあるんや。すなわち、何かが起 こった原因は、自分にあるってこと。他人を責めても何も解決しないってこ とや」
仕事を終えてアパートに帰って来た。
「あ〜、会社にいると疲れますよ。うちの課長フセインですから、息苦しくて仕方ないですよ。モチベーション下がりまくり。でもなぜ、課長は部下のモチベーションを下げていることに気付かないんだろう?」
「たぶん成功体験やろうな」
「成功体験?」 「そう、過去に今のやり方で成功したことがあるんやろ。今の課長、徹の上 司になる前、どこかで好成績上げたことないか?」 「確か、前のエリアで成績良かったと思いますよ。全国ベスト3だったか な?」
僕が思い出したように答える。 「それやな。その時、今と同じやり方で成功したんや、きっと。会社全体が
右肩上がりの時は、恐怖政治みたいなやり方でも成功することがあるが、そ うじゃなくなると、恐怖政治的なやり方ではうまくいかなくなるのが一般的 やな。でも、徹の課長、その経験があるので自分の方法を変えへんのやろ な」
「じゃ、変わらないということですか?」
「そう。成功体験があるがゆえに、自分のやり方を変える勇気はないやろうな。失敗するまで今のやり方を変えへんよ。失敗して初めて気付くんちゃうかな。気付かへんかもしれへんけど」
「え〜! それじゃ俺、ずっと恐怖政治に耐えないといけないの? ほとん
どフセインの恐怖政治状態ですよ!」
僕は思わず叫んだ。
すると太郎さんが、
「上司に恵まれていると思え」
と言った。
「えっ?」
「上司に恵まれていると思うの」
「でも、今の課長、フセインですよ」 「〝僕は上司に恵まれている〟って思うと、本当に上司に恵まれるようにな るから。考えていることや思っていることは、現実化するんや」 「考えていることや思っていることが現実化するんですか?」 「そう、思考は現実化するっていうんや」 「今の課長が異動するってことですか?」 「課長が異動するかもしれへんし、徹が異動するかもしれへん。どっちにし ても上司が替わるやろ」 「そうですけど。本当に思うだけでいいんですか?」 「そう、思うだけでええんや。簡単やろ」
──1ヶ月後、
「太郎さん! 大変です」
「どうした! 彼女でもできたか?」 「か、か、彼女が。じゃなくて課長が異動になったんですよ!」 僕は少し動転していた。 「太郎さんが言ってたように、〝僕は上司に恵まれている〟って思ってたら、 今度の人事異動で課長が異動するんですよ。やったー」 「どや、言ったとおりやろ」 「本当にそうなるとは思いませんでしたよ。太郎さんって凄いですね」 「俺が凄いんとちゃう。誰でもできることなんや。誰もしてへんけど」 僕は、〝太郎さんが人間にもどる、人間にもどる〟と心の中で言っていた。
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