第15話 「順調」と言う

「なかなか数字が伸びないなあ」 僕は自分の販売実績を眺めながらため息をついた。 「やるべきことはやってるんやろ」

「そうなんですけど」 「じゃ、何も心配することないやんけ。『順調、順調』って言ってると本当 に順調になるで」

「言うだけでいいんですか?」

「そう、言うだけでええんや。もちろんやることやってやけどな」

「でも、なぜ『順調、順調』って言うだけでいいんですか?」

「『順調、順調』って言っていると、頭が勝手に順調になるように考えだす んや」

「でも、やるべきことはやっているんですよ」 「でも数字は伸びてないんやろ。と言うことは、何かが足りないんや。その 足りない何かを勝手に考えてくれるんや」

〝順調、順調〟ねえ。 「昔、『絶好調、絶好調』って言ってた野球選手がいましたよね。あれも同 じ効果を期待してですか?」 「どうやろなあ。あれは自分の気分を良くしようとしてたんとちゃうかな。 気分良くバッターボックスに立てば、それだけヒットを打てる確率が高くな るんちゃう。ついでに言うと、『ついてる、ついてる』と言うと本当にツキ が良くなるんやで」

「宝くじに当たるとか」

「う〜ん。そうじゃなくて、『ついてる、ついてる』と言っているとついて いると思えるようになるってことや。自分に起こった物事はどう思ったとし ても変えられへんやろ。悪い事が起こっても、それで何かを学べたなら、そ れは〝ついてる〟ってことやろ。それを〝運が悪かった〟と思ってしまうと 進歩がなくなんねん」

「〝運が悪い〟なんて思っちゃダメなんですね」 「そう、何が起こっても〝運が悪い〟なんて思ってはダメや。常に〝運がい い、ついてる〟って思わへんと」 「俗に言う、ポジティブ思考ってやつですか」

「そやな」


太郎さんが、

「順調、順調」

と言いながら体をくねくねさせている。

「何が順調なんですか?」

「さっき食べた卵が順調に消化されているんや」

「そんなの分かるんですか?」

「分かる分かる。あっ、今殻が全部溶けた。次に膜が溶けて中身が......」

その感覚だけは理解できない。

でも、太郎さんはすっごく幸せそうな顔をしている。

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