第11話 人の不幸のうえに成り立っている 4

「なんで動物園なんかに行くんですか? 僕、昨日接待で少し二日酔いなん

ですよ」

「他のヘビを見てみたくてな。それに少し歩いて汗をかくと二日酔いも良くなるで」

今日は、太郎さんと天王寺動物園に来ている。男ひとりで動物園っていうのは恥ずかしい。

「男ひとりで動物園なんて変ですよ。他は家族連れかカップルですよ」

「俺がいるからふたりやろ」

「他の人から見るとひとりなの」

「独り言しゃべっていると、また変態に間違われるで」

「この前、女の子に変な目で見られましたからね。今日は太郎さんが話しかけても返事しませんからね」

「冷たいね〜、徹く〜ん。一緒にお喋りしようよ」

そう言って太郎さんはバックパックから顔を出してきた。

「中に入っていてください!」

太郎さんの頭を押さえて、バックパックの中に押し込んだ。

「こら! 乱暴に扱うな! もう、首の骨が折れるかと思ったやんけ」

ヘビがいる爬虫類館に来た。 ミドリニシキヘビがいる。太郎さんはじっと見ている。ミドリニシキヘビ もじっと太郎さんを見ている。話ができるのだろうか? 「話ができるんですか?」

「いや」

「見つめ合ってたじゃないですか」 「なんでお前は外にいるんだよ! って思ってるんじゃないかな。俺もどう せ生まれ変わるんなら、あんな綺麗なミドリのヘビが良かったな」 「そうですね。それなら僕がペットとして飼ってあげるのに」 「徹なんかのペットにはなりたくないね。かわいい女の子のペットがええ な」 「女の子でヘビなんかペットにする子って、相当珍しいんじゃないですか」

「まさみちゃんのペットがええな〜」

「この前、あの子『ヘビ嫌い』って言ってたじゃないですか」

「......」

両生類のコーナーに来た。カエルが1種類しかいない。

「美味しそうなカエル」

「あんな大きいの飲み込めるんですか?」

「ビッグマックが飲み込めるんやで。あんなのかるいかるい」

「じゃ、今度カエル捕りにいきますか? トノサマガエルでいいですか?」

「ウシガエルがいいな。あれは人間も食べるだろ。中華料理なんかで出てくるで」

「僕は食べたことないですし、食べたいとも思いませんよ」

「でもあのカエル、俺を見てもなんともなかったな。ヘビににらまれたカエルは体がすくんで動けなくなるっていうけどなあ」

「もともと、じっとして動いてなかったじゃないですか」

「徹も課長ににらまれたら、動けなくなっちゃうんやろ?」

「そ、そんなことないですよ」

「そうか、徹の顔ってなんかカエルに似ていると思うんだけどなあ」

「ほっといてください! ところで今日は何を僕に教えるためにここに来た

んですか?」

「何か教えるって言ったか? 俺はただヘビを見たかっただけだけど」

「え!」

僕はどっと疲れがでた。

〝平成病院の近藤先生が常盤病院に異動になるそうです。常盤病院の平田先生からの情報です〟

コバンザメ係長のメールだ。僕の担当の先生の異動情報を教えてくれたのだ。これが僕だけに教えてくれたなら問題ないのだが、課長に を入れている。自分が平田先生とどれだけ親密か言いたいのだろう。ホントにパフォーマンスの好きな人だ。パフォーマンスするのは結構だが、人に迷惑かけないでほしい。これでは、担当者が自分の担当ドクターの異動情報を知らなかったとなり、僕の面目丸潰れだ。 このことを太郎さんに話すと、

「それは災難やったな。でも、それは逆恨みちゃうか。徹が、担当ドクターの異動情報を知らんかったことは事実やし。これから、コバンザメ係長より先に情報を手に入れるようにしたら、もうこんなことはないやろ」

確かに太郎さんの言うとおりだ。

「でも、コバンザメ係長も確かに大人げないな。人というのは、他人に認められるために存在してるんではないんや。それがコバンザメ係長には分からへんのやろうな」

他人に認められるために存在してるのではないかあ。じゃ、なんのために存在しているんだろう。

次の日の仕事帰りにケーキを買った。特別意味があるわけではないが、なんとなくモンブランが食べたくなったからだ。太郎さんの分と2つ買った。

店員さんは何か勘違いしているようだ。

「ただいま」

太郎さんはいつものようにテレビを見ている。 「お帰り。あれ、なんか機嫌良さそうやな。何かええことでもあったんか?」

「いえ、なんとなくケーキが食べたくなったから買ってきたんですよ。太郎さんの分もありますから一緒に食べましょう」

「なんか気持ち悪いなあ」

モンブランを机の上に置いて、ケーキにビールじゃ合わないから紅茶を淹れた。

太郎さんがケーキを見ている。

「徹、美味しそうなキリマンジャロやんけ。俺がキリマンジャロ好きなの知ってたんか」

何がキリマンジャロだ。おやじギャグの典型ではないか。

「あれ、徹どうした。何固まってるんや」

「あまりにも寒いギャグなので......」

そんな僕の言葉を聞いているのかいないのか、太郎さんは既にモンブランを飲み込んでいた。

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