第6話 自分の感情への裏切り 1
今日は太郎さんと街に来ている。太郎さんが「久しぶりに街を見たい」と言ったのだ。
「おい徹、あの子可愛いなあ!」
「ちょっと太郎さん、顔出さないでくださいよ」
バックパックのすき間から太郎さんが顔を出している。
「すき間から覗いているだけじゃ、よく見えへんのや」
「バックパックからヘビが首出してたら、人がびっくりするでしょう」
「おー、あのオネーちゃん、イケてるね〜」
「だから、顔出しちゃだめって言ってるでしょ!」
思わず大声でさけんでしまった。近くにいた女の子たちがビックリして僕を見ている。
「あっ、なんでもないです。へへへ......」
あ〜恥ずかしい!
バックパックに顔を突っ込むと、太郎さんがとぐろを巻いて笑っていた。
「何がおかしいんですか!」
僕は小声で言った。
「だって、大声出すから。俺の声は徹にしか聞こえへんのやぞ。変態と間違われるで」
「もう間違えられましたよ。もう顔出さないでくださいよ」
バックパックから顔を出すと、さっきの女の子たちが気持ち悪そうにこっちを見ていた。僕は恥ずかしくて、走ってその場を離れた。
「おい、もう少し開けてや」
太郎さんがすき間から鼻先を出している。
周りに人がいないのを確認して、
「十分見えるでしょう。これ以上開けたら、また顔出すんだから」
「出さない、出さない。約束するって、徹く〜ん」
「そんな甘い声出してもダメ」
太郎さんの希望で、難波から通称〝ひっかけ橋〟といわれる戎橋を通って
心斎橋まで歩くことになった。
戎橋で、バックパックを肩にかけ橋にもたれて行き交う人を見ていた。
どうとんぼり 「阪神が優勝した時は、ここから道頓堀川に飛び込んだんやけどなあ。今、思えばよくこんな汚い川に飛び込んだもんや」
「ここから飛び込んだんですか? 太郎さんってもしかして熱狂的阪神ファ
ン?」
「こう見えても、若い頃はトラキチだったんだぞ」
トラキチが今じゃシマヘビ。
「今、飛び込んでも体汚れないんじゃない? 服も着てないし」
「ヘビがこんなところ泳いどったら、いい見世物や」
「徹、『くいだおれ』に行こうぜ」
「あれ、太郎さん知らないんですか? 『くいだおれ』閉店したんですよ」 「えっ、閉店したの。じゃ、くいだおれ人形は?」
「なくなりましたよ。でも今どこかのビルの看板人形になっているって聞い てますけど」
「そうか、俺の知らないうちに......」
そう言えば、人間の太郎さんが死んでから何年たっているのか知らなかっ
た。
「太郎さん、人間やめてから何年たつんですか?」
「3年ってとこかな」
「じゃ3年間ずっと、ヘビやってたんですか?」
「いや、ヘビはこの春から。その前は分からへん」
春からヘビ。じゃ、ヘビになってすぐに僕んち、来たのか。野生のヘビ歴、短いんだなあ、太郎さん。
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