第5話 感情のコントロール2

「ふ〜」

自宅でメールを見ながら思わずため息をついた。

「なに、ため息ついてんや」

「毎日課長から送られてくるメールを読むたびにやる気がうせるんですよ」

「何が書いてあるんや」

「『お前らは、営業の基本ができていない、だからこんな、ていたらくなんだ。 こんなことも知らなければ営業失格だ』とか。こんなの読んでいたらモチベ ーション下がりますよ」

「当の本人は、やる気なくさせてることに気付いてないんやろう」

「気付いていて、こんなメール送ってたら悪魔ですよ」


「悪魔かあ。ところで悪の反対は」

「なに急に言い出すんですか? 悪の反対は善でしょう」

「では、善は絶対的なもの?」

「絶対的なものじゃないんですか?」

「悪がなくなったら、善はどうなるんや?」

「善ばかりの良い世の中になる」

「アホ、善がどうなるかって聞いているんや。お前のは答えになってない」

「じゃどうなるんですか? 善が悪になる?」

「何言ってんねん。善と悪の基準ってなんや? 相対的なものやんけ。絶対

的な善や悪はないんや。すなわち、悪がなくなると善もなくなるんや」

太郎さんが答えた。

「それと、課長がどう関係するんですか?」

「その課長がいないと、自分が善人になれないと思えばどうや。メール読むたびに、課長のおかげで僕は善人でいられるってね」

次の日、また家でメールのチェックをしていると、

「なんだ、不機嫌そうやな。また嫌なメールでも来たんか?」

太郎さんが話しかけてきた。

「そうなんですよ。係長から書類の提出日確認のメールなんですが、提出期限は明後日なんですよ」

「べつに嫌なメールじゃないやんけ」

「でも課長にcc を入れて、〝僕はちゃんとやってますよ〟ってアピールしているんですよ。提出が遅れていて早く提出しろっていうメールなら、課長にcc 入っててもいいと思いますが」

「気にしないことやな、なんもお前に害ないんやろう」

「でも気分が悪い」

「おたくの係長、課長によく思われることが行動の基になっているからなあ。課長の評価を恐れているんやな。でも、それにいちいちお前が感情的になっててはダメやな。徹には関係ないことだから。自分の感情をコントロールせーへんと。多くの人は自分の感情に気付いてへんから、感情に振りまわされてるんや」


自分の感情のコントロールねえ。

「嫌だ、嫌だ、と思っていると、ますます嫌になるし、態度にも出てしまうやろ。自分の感情をコントロールするのは難しいけど、努力せんとあかんな。あと、その人の長所を見るって方法もあるで」

「長所を見るんですか?」

「そう、長所を見るんや。その係長にもいいとこ、もしくは徹にはないものがあるやろ。そこを学ぼうと思って見るんや。そしたら、その人のイメージが変わってくるで」

確かに係長は僕より知識が豊富で感心させられることが多い。これまでは知識があることを自慢しているように見えて、嫌な気分になっていた。でも自分が知らないことを学ぶんだという態度で聞くと、嫌な気分にもならないだろうし、知識アップにもなる。

よし! 明日から実行しよう。


太郎さんが、またパソコンでインターネットをやり始めた。

口先でキーボードをたたいている。

「太郎さん! なんか汚いですよ!」

「しゃ〜ないやろ。ヘビなんやから」

「舌でキーボード舐めないでくださいよ!」

「これもしゃ〜ないの!」

「舌を出さないってできないのですか?」

「できへん」

キーボードが太郎さんの唾液で濡れている。汚ね〜。

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