第4話 感情のコントロール 1

疲れた。暑い夏の営業活動はつらい。アパートに帰ると太郎さんが新聞を読んでいた。

「ただいま。太郎さん、暑くないんですか?」

「俺は、変温動物だから暑いのは平気なんや」

「僕、シャワーを浴びてきますので」

浴室から出てすぐに冷蔵庫を開けた。中から缶ビールを取り出す。ビール

を飲もうとすると、

「おっビール、いいねえ。俺にもくれない?」

「いいですよ。コップに入れます?」

「いや、そのままでええわ」

缶ビールを開けて太郎さんに渡した。

太郎さんは缶ごと飲みこむのではないかという飲み方をしている。飲んでいるというよりは、流しこんでいるという感じだ。

「いや〜、うま〜い」

太郎さんは水を入れた風船のようになっている。


太郎さんの様子がおかしい。

「どうしたんですか?」

「変温動物ってこと忘れとった! 体が硬くなってきた!」

「えっ!」

慌ててお湯でタオルを温め、太郎さんの体に巻いた。5分くらいたつと、

やっと動き出した。

「いや〜、失敬、失敬」

もう、世話の焼けるヘビだ。


「ところで、今日は嫌な事はなかったんか?」

「それが......」


今日、会社の会議で、

「協和病院でうちの薬の売り上げが伸びないのは、うちの薬の心不全の予防効果が、他社の製品より高いということが浸透していないからです」

係長が言う。

協和病院というのは、僕の担当病院だ。担当してから約半年、その前は係長が担当していた。確かに僕の宣伝不足で製品の特徴が浸透していないのは認める。しかし、係長が担当していた時にも、うちの製品の特徴が浸透していなかったのだ。

そのことを棚に上げて、よく平然と僕を批判できるよな。どんな神経しているんだ。


このことを太郎さんに話すと、

「徹、ラッキーやんけ」

「どうしてですか? 自分のことを棚に上げて僕を批判するんですよ」

「でも、その係長の宣伝不足のおかげで、徹は成績を伸ばすことができるん やで」

「そりゃ、そうかもしれませんが......」

「自分に都合のよいように考えれば気が楽や。〝係長ありがとうございます。 係長の宣伝不足のおかげで成績を伸ばす余地があります〟ってね」 確かにそのとおりだ。

「他人の行動や言動を変えるのは難しいからな。自分の受け止め方を変えることで、楽になることってたくさんあるんや」

「そうですね。でも太郎さんって凄いですね。どうしてそんなふうに考えられるんですか?」

「人生経験が長くなるといろいろとあってな。ということでビールもう一 杯」

「えっ、ビール飲んだら動けなくなっちゃうんでしょう」

「冷えてないビールだったら大丈夫」 太郎さんに冷やしていないビールを渡した。

「冷えてなくて美味しいですか?」

「いや〜、暑い日のビールは最高やな!」 太郎さんはそう言ってビールを飲み干した。 太郎さんの目が赤くなっている。何か悲しいことでも思い出しているのだ ろうか?

「太郎さん、どうしたんですか?」

「いや〜別に〜」

呂律が回っていない。酔っ払っている。

「ちょっと、飲みすぎたかなあ〜。昔はビール2缶くらいなんでもなかったけど......」

「人間の体じゃないんだから、昔と同じ調子で飲んだら酔っ払いますよ!

今はヘビなんですよ、ヘビ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る