第3話 人の行動の基 2
太郎さんはさらに続けて、
「他に『怒り』も恐れから起きるんや」
と言った。
「怒りもですか? 怒りって怒るってことですよね」
「自分が何を恐れて怒っているのか考えると、怒りは治まるで」
自分が何を恐れて怒っているかを考える......、か。ということは、他人が
怒っている時も、その人が何を恐れて怒っているか、考えるといいってことだな。
太郎さんがインターネットの画面を見つめている。
「太郎さん、何を見ているんですか?」
「娘のブログ」
「何書いてます」
「日々の出来事やな」
「元気そうですか?」
「元気みたいや」
「でも、そんなの読んでいたら、生き返りたくなるんじゃないですか?」
「良くないかなあ」
「良くないですよ。いつまでたっても成仏できないですよ、忘れないと。娘さんはいつまでも太郎さんのこと、覚えていますって」
「そうやな。未練がましいよな」
そう言うと太郎さんは、娘さんのブログを閉じた。
「でも、どうせ生まれ変わるんなら、人間が良かったなあ」
と太郎さんがつぶやいた。
太郎さんは、まだ何か見ている。
覗いてみると長澤まさみのホームページを見ている。
「長澤まさみですか? いい年して」
「ええやんけ、俺が誰のファンでも」
「どうせなら世界のヘビのホームページでも見たほうがいいんじゃないですか?」
「うるさいなあ、人が何を見ようと勝手やろ」
「あっ、怒った。今のは、何に対する恐怖ですか?」
「......」
太郎さんはここ数日、何も食べていない。梅雨時になるとヘビは食欲がなくなるのだろうか?
「太郎さん、ダイエット中ですか? 最近、何も食べていませんが」
「アホか! こんなにスマートなのに、なんでダイエットなんかせなあかん
のや! ヘビは1週間くらいなら飲まず食わずで大丈夫なんだよ」
「便利な体ですね」
「そや、前に言った〝人からの評価〟のことやけどな」
「ええ」
「自尊心って知ってるか?」
「なんとなくですが」
「自尊心っていうのは、自分の思想や言動などに自信をもち、他からの干渉を排除する態度を言うんや。この自尊心がなければ、何か満たされない気持ちになり、それを他人からの評価で満たそうとするんや。言い換えれば、他人からの評価に依存し、他人から評価されないことへの恐れが生じるんや。分かる?」
「分かりません」
「......」
太郎さんが呆れた顔をしている。正確に言うと、呆れた顔をしているように見えた。
「分かりやすく言うとやな、自分に自信がなければ他人の評価が気になるってことや。逆に自分に自信があれば、他人にどのように思われようが気にしないようになれるってこと。分かった?」
「なんとなく」
「お前、いつも『なんとなく』やな。恐れは消せなくてもええんや。だれにも恐れはある。その恐れに支配されないようにすることが大事なんや」
そう言うと太郎さんは、とぐろを巻いて寝てしまった。
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