菩提樹のせい


~ 八月二十三日(水)  公民 ~


  菩提樹の花言葉 結ばれる



 夏休み終了まであと五日。

 課題を終わらせる。そんな大義名分を振りかざし、俺を無限の悪夢に叩き落したこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 今日の穂咲は白いミニスカートの上からシースルーのロングスカートを重ねて、上もキャミソールを重ね着している。

 そして簡単にローツインにした髪の耳の上あたりに、菩提樹の白と黄色の花を一つずつぶら下げていた。


 そうだった。

 今朝はおばさんが起きて来なかったんだよね。


 だから自分でやったのか。

 センスのかけらもない。


 服のセンスはいいのに、髪についてはおばさん任せだからそうなる。


 でも、まあいいや。

 そのために俺が美容師を目指してるわけだし。


 そんな穂咲は、自分が何をしていたのか分からなくなる時がある。

 バカなのだ。


 今日も、秋祭りに備えて盆踊りの練習をするとか言っていたはずなのに。

 どうしてこうなった?



「ふう、完璧なの」

「そうだね。完璧にマスターしたね、オクラホマミキサーは」


 盆踊りだったよね、たしか。

 きっと何人お相手が変わっても、皆さんうちわ持ってるから君の手を取ってくれないと思うよ?


 呆れてため息。

 でも、台所から足音が聞こえてきたので、慌てて少し背筋を伸ばす。


 おばさんが、冷や麦をお盆に乗せて持ってきてくれたのだ。


「毎日ありがとうね。ほら、あんたも少しは色気とか振りまきなさいな」

「お色気なら、ご覧の通りむんむんなの。こないだも、結婚を申し込まれたの」

「あら道久君、ありがとね」

「違います」


 勘弁してください。

 いや、そういう話をしないでくださいって意味ですけど。


 俺はちょっとぽかぽかになった頬を、冷や麦をすすって冷ますことにした。


「でもほっちゃんの事だし、どうせお年寄りか子供、どっちかでしょ?」

「違うもん。お年寄りと子供、どっちもだもん」


 あのね、穂咲。

 ほっぺた膨らましてるところ悪いとは思うのですが、それじゃおばさんの指摘通りです。

 といいますか。


「おじいちゃんにも求婚されたの?」

「ううん? おばあちゃん」


 ぶふっ!


 ……きみのトンデモには慣れてるつもりでしたけど、これは予想外。

 よかった、冷や麦を口に入れてなくて。


 きょとんとしたままの穂咲を指差して、おばさんも大笑い。

 昔っからそうですよね。

 穂咲には、ほんと容赦のないことで。


 そんなおばさんは、今日から夏休みらしい。

 久しぶりにゆっくりとできるとのことで、さっきから俺たちに絡む絡む。


 いや、穂咲にべったりなのか。


 ……昔っからそうですよね。

 穂咲のこと、ほんと大好きなことで。


「それより、ダンスなんかして遊んでていいの? 今日の分の宿題はどうしたのよ」

「もうできてるの。簡単だったから、三十分で終わったの」


 普通は終わらないです、三十分じゃ。

 俺なんか四時間かかったし。


 公民の宿題は、自分が住みたい家の設計図。

 そして公民だというのに三面図を描くよう指示されている。


 だが、そこは女子もいるわけで、正しい図法にこだわらず自由に描いて良いことになっていた。


 ……だというのにこれだ。

 なにさ、このプロが描いた図面みたいなの。


 おばさんは穂咲から宿題を受け取ると、眉間に皺を寄せつつも、楽しそうにそれを眺め始めた。


「ほっちゃんは、相変わらず絵だけは上手ね」

「定規使っていいから、まっすぐな線が引けて簡単なの」


 変な会話。

 二人には、図面と絵の区別がないのね。


「敷地面積が随分狭いわね。現実的に考えたの?」

「ううん? このお家を建て替えるの。十部屋あるの」

「なにその違法建築。…………あらやだほっちゃん。駐車場が無くなっちゃってるじゃないのよ」


 そういえば、見た目のインパクトに騙されてちゃんと確認してなかった。

 こんなの想像だから適当でいいんだろうけど、あんまりおかしなことが書いてあったら先生に怒られる。


 俺も横から図面を覗き込んだけど、こう何階建てにもされていたらなにがなにやら分からない。

 ……いや。


「あった、駐車場。地下か」

「そうなの。ちゃんとあるの」

「ん? ……ほっちゃん、これ、何かおかしくない?」


 おばさんが言う前に、俺も気づいていた。

 なんか、敷地より地下の方が広くないか?


「おかしくないの。道久君ちの地下をお借りしてみたの」

「おかしいからね、それ」


 勝手な事しなさんな。


「おかしくないの。駐車場から道久君ちにお邪魔できるの。合体させたの」

「おかしいからね、それ」


 理屈がさっぱり分からん。

 こんなの、先生から叱られるに決まってる。


 おばさんも苦笑いしながら穂咲に図面を突っ返した。

 そうだね、書き直した方がいいよ。


「……いいわね、最高じゃない!」

「おかしいからね! それ!」


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