ブルーベリーのせい
~ 八月二十一日(月) 外国語 ~
ブルーベリーの花言葉 幼い恋
夏休み終了まであと七日。
信じがたいことに、本当に一日一教科の宿題を強引に片付けている
今日の穂咲はデニムのショートジャケットにデニムスカート。
軽い色に染めたゆるふわロング髪をつむじの辺りにお団子にして、真っ白で鈴のようなブルーベリーの花を何房も挿して公園を駆けずり回っている。
おばさんの匠、ここにまた一つ極まれり。
どうしてそんなに走ってるのに頭から房が落ちないんだい?
さて、穂咲は遊んでいるように見えることだろう。
だが、実はそうではない。
これはお礼なのだ。
今日の課題は、またもやインチキで完了している。
それは数学に次ぐ超難題。
かなり厄介だった、英英訳の課題だ。
簡単な英単語がお題で、それを辞書のように、自分なりに英語で説明するもの。
午前中いっぱいかけても、こいつにはイレイサーですらお手上げだったのだ。
そんな穂咲を気分転換に外へ連れ出すと、危機回避能力だけは高いこいつが、公園で遊んでいた外国の子供を見つけたのだ。
そしてボディーランゲージで意図を説明して、宿題をやらせてしまったのだ。
呆れ果てて何も言えないよ。
そのお礼とばかりに、小学生くらいの外人さん姉弟と鬼ごっこ。
そんなんで済むなら安かろう?
だから、そのぐったり顔でふらふら走るのやめなさい。
営業スマイルくらいできないと立派な社会人になれないよ?
しかし、鬼ごっこのことを英語でタグっていうの、はじめて知った。
あと、さっきから姉弟が言ってる、イッっていうのが鬼って意味か?
ほら、イッ。
頑張りなさいよ。
さっきからずーっと君がイッだよ?
まあ、追いかけられてる二人は楽しそうだからいいか。
そんなイッがとうとう音を上げると、姉弟の手を引いて俺の所に戻って来た。
「大変な目に遭ったの。もう今日はなんにもできないの」
「いやいや、さんざんお世話になっておいてなんてこと言うのさ。えっと……」
子供たちにお礼を言おうと思ったけど、何て言えばいいのかな?
英語って、いざ使おうと思ってもまったく頭に浮かんでこないものだな。
苦笑いでサンキューしか言えない俺をよそに、穂咲はまったくもっての日本語で楽しそうにやり取りしている。
姉弟も楽しそう。
そうだね、気持ちで通じるものだよね。
そういうところ、君は無敵だと思う。
素直に凄いって思うよ。
そして帰ろうとする穂咲の手を掴んで離さない二人。
子供に好かれるところも君の美点の一つだ。
お別れの挨拶だろう、弟さんからほっぺにチューされてるし。
真っ赤になる気持ちは分かるけどさ、挨拶だってば。
そんな穂咲の手を、弟さんが放してくれないようだ。
それに、何かをせがまれているように見える。
俺も英語は得意じゃないから、なんて言われてるか聞き取れない。
「い、いえすいえす」
「こら、だめな日本人。適当に返事するんじゃないよ」
しかし、本当に何を頼まれてるんだ?
集中した俺の耳に、ようやく理解できた言葉。
それは。
「メリーミー!」
ええ!? またなの!?
どうして君はいちいち子供に求婚されるのさ!
「い、いえすいえす」
「こら! ほんとだめな日本人だな! お前は一生、日本語圏から出るな!」
すがる男の子がお姉ちゃんに腕を引っ張られてようやく落ち着くと、二人は笑顔で手を振りながら帰って行く。
やれやれ、俺ばっかり慌てる羽目になった。
「じゃ、俺たちも帰りましょうか」
二人の姿が見えなくなっているのにニコニコと手を振り続けている穂咲に声をかけたら、こいつは笑顔から思案顔へころりと表情を変えて首を捻り始めた。
「楽しかったの。でも、なんでか分からないから、日記に書いておくの。いつか意味が分かるかなって」
ん? 意味?
ああそうか。
「メリーミーの和訳か?」
「なにそれ? 違うの。道久君が、ずっと膨れたままなのが分からないの」
「うそですそんなの。でも、書かないで下さいお願いします」
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