ハイビスカスのせい
~ 八月十八日(金) 数学 ~
ハイビスカスの花言葉 あなたを信じます
夏休み終了まであと十日。
だというのに、半分以上宿題が残っている典型的なダメ学生、
今日の穂咲は、いつもとちょっと違う。
胸元がゆるゆるのふわっとした花柄サマードレスに身を包み、三つ編みにした髪を肩から前に垂らして、頭にはハイビスカスを一輪挿している。
なんというか、南国の健全なホステスさん?
いや、そんな形容、変か。
今日は、俺がバカみたいなことを考えているようだ。
「えっと、それは何の真似でしょう」
「色仕掛けなの?」
「それを俺に聞かれましても」
目の保養であることは否定しない。
でもね、魂胆は見え見えなのです。
テーブルの対面。
君の目の前に置かれた薄めの問題集。
きっと、誰にとっても過酷なエベレスト。
こればっかりは連日のようなごまかしがきかない。
数学の宿題だ。
とは言え、俺は嫌がる自分の尻に鞭うって、なんとか三日で登頂できた。
気合いを入れて、丸一日机に向かえば終わらなくはないのだ。
「で? 目が痛いの? さっきからぱちぱち瞬きしてるけど」
「こうすると、全部やってくれるって。ママが」
「どうしようもないな、君ら親子は」
のれんの向こう、さっきからこっちを伺ってブロックサインみたいなものを出してるもう一人が主犯か。
そんなサインをきめてる暇があったら、1ページくらい終わってると思うよ?
あと、監督。
残念ですが、そもそも選手の起用自体が失敗です。
こいつに色仕掛けとか無理です。
萌えの何たるかを全く理解してません。
そんな無表情でウインクされたって、怖いだけです。
「今は朝です。頑張れば夜には終わります」
「無理なの。だって、表紙を開いた瞬間に眠っちゃうの」
「表紙を捲ってもまだ目次でしょうが」
ふるふる首を振られてもね。
…………紅茶を出されてもね。
ショートケーキを添えられてもね。
そのイチゴを取って食べられてもね。
「いっこ、色仕掛けからはマイナスな行為が認められましたけど」
「それは困るの。宿題、やって欲しいの」
「手伝って、ですらないのですね。いっそ清々しいけど、ダメな物はダメです」
「信じてるの」
「じゃあ俺は、お前が自力でやってくれることを信じよう」
いやいや、膨れられてもね。
……あ。
それならこいつの好きな物で誤魔化してみよう。
俺は穂咲の前に置かれた問題集を開いて、一問目をアレンジしてみることにした。
「穂咲。ショートケーキが366個ありました」
「ぐう」
…………うそ。
これ、俺のせい?
ねえおばさん。
あーあ、やっちゃった、みたいな顔で見ないで下さい。
世界の全てに不条理を感じながら、俺は仕方なく自分の問題集から答えを写す作業を始めることにした。
「むにゃ……。信じてるの……」
「俺には君が信じられなくなりました」
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