第4話 一緒に遊んでみませんか?

「うーん……さすがに混んでるけど、仕方ないよね」


 ゴールデンウィークなのだから当たり前だ。しかし、ぱっと見たところ、流れるプールやウォータースライダーも全く楽しめないほどの人だかり、というわけではないので、少し順番を待てばなんとかなるだろう。


 そんなことよりも、今日のメインイベントは目の前に並ぶ女子二人の水着姿である。


「さゆちゃんの水着かわいいなぁ」

「もう、祭ちゃん……そんなジロジロみないでってば」

 上山の水着はカラフルな花柄で彩られた青のワンピースタイプ。体育の時も常にジャージを着て授業を受けているから、体型にあまり自信がないのか、肌を晒すのが嫌いなのか。そんなことはおいといて、大人しめな彼女にはピッタリといえるチョイスだ。

「祭ちゃんも水着似合ってる。うらやましいなぁ。そんなに身体が細くて」

 一方の一ノ瀬は白いフリルがついた黄色いビキニ。

「でも、最近、少し太ってきちゃって……ほら」

 と言いながら、へそのあたりの肉を軽くつまむ。全く太っているようには見えないが、女子の判断基準は男子の基準のよりも数段厳しいと聞いたことがある。


「……それと、もしかして……最近、大きくなった?」


 俺は上山が一ノ瀬の耳元で小さく話したのをにも聴いてしまった。


「うん、ちょっとね……。おかげで、新しいの買っちゃったから、ちょっと痛手かな」


 一ノ瀬の手が水着の胸部分の生地や紐に何度も触れる。引っ張ったり、少しずらしたり、微妙な調節を何度もしているようだ。


 つまり、一ノ瀬の胸のサイズは最近大きくなった。それも、2日前、急に。

 この時点でお察しかとは思うが、これもコンフィグモードによる設定変更の結果だ。元のサイズは……本人のプライバシーのため差し控えておくが、今はたぶん、Dくらいになっているはずだ。


「私は全然だから……いいなぁ……」

「う~ん、あまり素直に喜べるものでもないよ。ちょっと動きづらいし」


 ちなみに、少しだけ補足しておくと、一ノ瀬も元は上山と同じくらい慎ましい胸だったので、この変化は普通に考えたら、おかしくてあり得ないのだが、そのあたりもうまいこと記憶が修正されているようだ。

 

 やはり、水着姿が見られるなら、男として一緒に叶えておきたい願望だったわけだが、さすがに反省もしている。すまん。本当にすまん。でも、ありがとう。

 うん。なんだかんだ、このアイテムで楽しんでしまっている。

 ただ、このことがもし一ノ瀬にばれたら……殺されそうだ。


「ねぇ、私、ウォータースライダー行きたいんだけど、たしか……さゆちゃんは苦手だよね?ああいうの」

 さゆちゃんこと、上山が申し訳なさそうな顔で両手を前に合わせたポーズとる。

「よし。じゃあ、藤山。行こう!」

 すると、一ノ瀬が俺の右手を掴んで、ウォータースライダーの方へ引っ張っていく。

「私たち、アレで遊んでくるからー。二人も適当にどこかで遊んでてー」

 俺はそのままズルズルと一ノ瀬に引っ張られていった。こいつ、意外と力が強い。細いだけじゃなくて筋力も結構あるんだな。


「ここまで来れば、大丈夫かな」

 一ノ瀬が歩みを止めて、俺の手を離す。目的地のウォータースライダーまではまだ十メートルほど離れている。

「なぁ……上山って……」

「……当たり」

 いや、まだ何も言ってないけど。


 四人で集まった後、改めて一ノ瀬の設定をちゃんと見直すと、苦手なもの:絶叫系マシン、と書かれていた。つまり、一ノ瀬もウォータースライダーが苦手なはずなのだ。それなのにあいつは嘘をついて、俺諸共、二人から離れた。

 それに、集合したときは上山と遊べる展開にちょっと興奮していたせいか、ちゃんと見ていなかったけれど、よくよく、上山を見ると、時折、上山は山城の顔をちらちらと気づかれないように伺っていた。

 これも俺が一ノ瀬のことを少し気になったから気づけるようになったのだろうか。恋は盲目とはよく言ったもんだ。好きな相手の機微すらも見えなくなってしまうなんて。


「さゆちゃん、山城くんと一緒のクラスになれて、すごく喜んでた」

 なるほど。一ノ瀬が俺をここに誘ったのは、はじめから俺をだしにして、二人をくっつけるためだったのか。

「でも、さすがに最初の遊びでいきなり二人きりにするのは上山にはハードルが高くないか?」

 俺だったら、間違いなくパニックになる。

「大丈夫。あの子、ああ見えて結構アクティブなところあるし。それに……わりと大胆なところもあるから。でも、それを天然でやっちゃうから、小中学校の頃は大変だったんだけどね」

 一ノ瀬と上山は小学校からの親友である(コンフィグモード調べ)。まぁ、大変だったというのは男子どもに告白されまくって、その火消しに、という意味だろう。

「やっぱり、友達が喜んでいる姿は見たくなっちゃうよね」

「……だな」

 少し、嘘をついた。

「ところでさ、藤山は好きな人いるの?」

 この質問をこのタイミングで投げかけてくるということは、一ノ瀬は俺の気持ちは知らないのだろう。というか、真剣に考えると上山を本当に好きだったのかも怪しくなってきた。所詮、ただ『かわいい女の子と恋人同士になりたい』というすごく大雑把であやふやな願望のうえになりたっていた恋心……と呼んでいいのかわからない代物なのだから、当たり前といえば当たり前だ。

「いないよ」

 でも、また少し嘘をついた。

「そっかー。もしあたしの知ってる子だったら、応援してあげようと思ったんだけどなぁ」

 それは一ノ瀬なりの、一番の親友としての気遣いなのだろう。

「どうして、また?」

「だって……、藤山をさゆちゃんの縁結びの道具に使っちゃったわけだしさ」

 それと、ちょっと失礼なお詫びの気持ちだったようだ。


「そっか。じゃあ……別の形でお詫び、してもらうか」

「……え?」

 一ノ瀬がすごく怪訝な顔でこちらを見る。いや、全年齢的な意味だからな。たしかに、いろいろ魅力的だけど、そこまで落ちぶれちゃいない。

「あれだよ、あれ」

 指差す方向には、地上10メートルの高さにある、全長約80メートルのこの施設で人気のウォータースライダー。さきほど、一ノ瀬が意気揚々と嘘をついて、俺に乗ろうと誘ってきたアトラクションだ。

「えっと……私さ、ああいうの実は苦手で……」

 知ってるから、なんだけどな。

「でも、きっとまだ乗ったことはないんだろ?一回やってみたら病みつきになるかもしれないぞ」

「無理!絶対に無理!無理だから~」

 一ノ瀬の結んだポニーテールが激しく左右に揺れる。おっ、いい反応するな。万能優等生タイプとのギャップがなかなか。

 せっかく、一番の親友になったのだから、ここは強気でいくか。

「ほら。反省の気持ちがあるなら、ちゃんと態度で示さないと」

 手を差し出した後に、変な誤解を生みそうなセリフを言ってしまったことと、あれだけ女子との接し方がとか言っていたのに、明らかに一ノ瀬の手を握ろうとするポーズをとってしまった自分の大胆さを実感してしまい、冷や汗が出てきた。


「わ、わかりました……」

 そんな俺のドキドキをさらに加速させるべく、一ノ瀬が俺の手を握ってきた(当の一ノ瀬はそんなつもり毛頭ないだろうけど)。 

 年始にやってきた従姉妹の赤ちゃんの頬のように柔らかく、かつ微妙に弾力のある感触が肌を通して伝わってくる。おまけに、その熱も。さっき一ノ瀬に握られたときは、勢いがあったせいかあまり実感しなかったけど、女の子の手ってこんなに柔らかいんだな……

「ほら、行くよ。もう、覚悟は決めたんだから」

 で、緊張で次の行動に移れなかった俺は、結局ヤケになった一ノ瀬に引っ張られる形になってしまった。


 そのまま手を繋いでスライダーの頂上まで上がったものの、さすがにスライダーは1人ずつでしか滑れないので、俺は怖がり小刻みに震える一ノ瀬の小さな後姿を見守ることになった。


「み、見ててよ……?」

「いや、見ようが、見まいが、滑るという結果は変わらないだろ」

「気持ちの問題だって!」

 そういえば、こんなにも一ノ瀬と普通に会話できているって不思議だ。俺の記憶の中では一週間くらい前にちゃんと話したばかりなのに。コンフィグモードによる設定変更の影響が俺にもちゃんと反映されているってことなのかも。

 全く悪い気分じゃないし、むしろ、親友でちょうど良かったのかも……と半分強がりなことを思ってみる。よく、友人は同性同士がいい、みたいなことを言うやつもいるけど、性格が合うならこれもこれでかなり居心地がいいもんだ。


 などと、友情の良さについて考えていた思考は、一ノ瀬のけたたましい絶叫によって、現実に引き戻された。

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