第3話 親友をはじめますか?

 コンフィグモードを使って、同級生の一ノ瀬祭を『一番の親友』にした翌朝。彼女は俺の家の前にやってきて、


「ほら、学校行くよ」


 そう言ってのけた。


 『あのアイテム、本物だったー!!』と近所から苦情が来そうなくらいの大音量のつもりで、心の声を叫んだ俺は、


「あ、あぁ……」


 とりあえず、平静を装って返事をした。いや、全然装えてないけど。


「あら、祭ちゃん、おはよう。今日も朝からわざわざありがとね」


 俺の後ろに立っていた母親があたかも、“以前から毎朝、一ノ瀬が俺を迎えに来ていたかのように”話しかける。


「おはようございます。いえ、私も好きでやっていることですから。朝は誰かと会話しながら登校したほうが、眠気覚ましにもなると思いますし。ちょうど藤山……くんの家は通り道ですし」


「祭ちゃん。気にしないでいいのよ。呼び捨てでいいから」


「あ、ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」


 すごく自然に会話してるんだけど。2人とも初対面だよね?


 2人の記憶が改ざんされたのか、それとも俺の記憶が元々違っていたのか。朝から混乱状態の俺は、


「藤山。なんで、自分の頬つねってるの?もしかして、まだ眠い?」


 そんな方法で、この現実を受け止めようと努力していた。




「藤山って水泳部だよね。もう部活動ははじまってるの?」


「まぁ、筋トレとかランニングとか。陸上でのトレーニングはやってる。まぁ、週3のペースだけど」


「うちの高校、温水じゃないもんね。近くに公営プールもないし。水泳部にとってはちょっと不便だね」


「さすがに公立高校に温水プールは無理だろ。筋トレも必要な練習だし、その分、プール開きは楽しみになるからな」


 4月。まだ少しだけ肌寒い朝の並木道。多くの生徒が行きかう通学路で、2人並んで歩く俺と一ノ瀬。周りからの奇異の目はない。一ノ瀬の友人らしき女子たちも俺の存在をたいして気にすることもなく、普通に彼女に声をかけている。


「どうしたの?なんか、様子が変な気がするんだけど……」


「別に……そんなことないけど」


「なら、いいんだけど」


 様子がおかしくて当然だ。これまで女子と意図的に接近したことがないのに、急にこの距離で、しかも、俺にとっては初対面の女の子と会話しながら登校とか、自分でもよくここまで会話できているなぁって思う。

 というか、近い!近すぎる!なんか、肩がたまにぶつかるくらい至近距離にいるんですけど。そりゃあ、意識するよ。触れるたびに過剰反応してるよ。


「ところで、俺たちっていつ頃からこんな感じだったっけ?」


「えっ、唐突にどうしたの?うーん……高校に入学した頃からだよね?なんか、わりと話が合って仲良くなった気がする」


 かなり曖昧だな。設定していない部分は出来る限り矛盾や齟齬が生じない程度に、ふわっとした感じになってるのか。


「そうだったな。いやー、まさか、一ノ瀬とここまで気の合う仲になるとは思わなかったよ」


「私も。藤山って、別に目立たないし、普通だし、よく私も気づいたなぁって思う」


 なぜ、俺の周りの女性たちはこうも相手の急所を突くのがうまいのか。


「はは……耳が痛い」


「でも、すごく良い人だと思うよ。友達になれて本当良かったって思うもん」


 この良い人って言うのはネックだ。たぶん、本当に親友として見ているんだな。まぁ、そう設定したから当たり前なんだけど。


 ちなみにあの後、改めて設定を『彼女』に変更しようと試したところ、『一度設定変更した箇所は書き換えられません』と表示されてしまった。これだと、このアイテムで一ノ瀬を『彼女』にすることは不可能に見える。だが、たぶん『好きなもの』の設定を俺の名前に変更するとか、将来の夢を『俺の嫁になること』とかに変えてしまえば、いけるはずだ。道具は使い方次第。こんな考えを思いついてしまう自分がなんだか嫌になるけど。


 やらないからな。さすがに。


 


 クラスは別なので、教室のある3階に上がったところで別れる。しかし、多少緊張はしたものの、意外と普通に話せるもんだ。やっぱり、何事も挑戦ってわけか。


「おはよー、藤山」


「おはよう」


 前の席に座る桜井が、今度こそ“いつも通り”挨拶をする。


「そういえば、さ」


「おっ、どうした?」


「……んー、えっと、あー……いや、なんでもない」


「おいおい。話しかけておいてなんでもないってなんだよ」


「ごめん、何話そうとしてたか忘れた」


「藤山。なんとかアルツ……なんだっけ?まぁ、それには気をつけろよ」


 お前もな。きっと若年性アルツハイマーと言いたかったんだろう。しかし、怖い。夜の購買部の話をしようと思ったらこれだ。本当に呪われてないよな?




 放課後。プールサイド。


「部長。そろそろ働いてくれません?」


「いや、待ってくれ。もう少ししたらキリのいいとこまでいくから」


「それ、3度目なんですけど」


 水泳部(とはいっても、現在部員5名で年度明けの廃部判断をギリギリ逃れた弱小部)に所属する俺は、今日もせっせと一人で新入生勧誘前の最後の大仕事、プールサイドの掃除をしていた。デッキブラシを使って、時折冷たい水を足に浴びながらの地味にしんどい作業。(名ばかりの)部長もいるが、このとおり役立たずだ。他の部員は……夏になったら活動するんじゃないかなぁ……。

 一ノ瀬には『この時期は筋トレやってる』とかそれっぽく言ったけど、基本的には俺の自主練習だ。


「あー、もうちょっと、もうちょっとで終わるから。待っててくれー、藤山少年」


 そう言いながら、手に持っている漫画のページをペラペラとめくる。一切、俺の方は向いていない。もう相手にするのも面倒だから、無視しておこう。

 なぜか、この先輩は皆のことを〇〇少年、〇〇少女と呼ぶ。高校生なので『青年』が正しい気もするが、本人いわく、『私からしたらみんなまだまだ少年少女だよ』とのこと。意味がわからん。1歳しか変わらないくせに。


「そういえば、一ノ瀬少女とは付き合わないのかい?」


「はいっ!?」


 急に鳩尾に剛速球を投げ込んできやがった。


「結構仲睦まじい間柄じゃないか。傍目から見たら、カップルでもなんらおかしくないと思うよ」


「そう、ですかね?」


「うんうん。だから、告っちゃいなよ、ユー」


 この先輩は時々こういうノリをするから苦手だ。

たしか、コンフィグモードの説明書には『第三者や社会・周辺環境そのものに直接大きな影響を与える設定変更は不可』って書いてあったけど、こういう記憶変更程度はセーフなのか。


「別に、そういうのは求めてないですよ」


 変更した設定は対象者本人の強い意思がないと変更できない。つまり、一ノ瀬が俺に対して、親友という設定に負けないくらいの好意を抱くか、俺が無理やり設定を変更しない限り、俺と一ノ瀬の関係は変わらない、はず。

 そもそも、本来の俺と一ノ瀬は昨日今日会ったばかりの赤の他人だ。好きも嫌いもあったもんじゃない。それに、やっぱり設定を変えても、俺自身は上山沙雪が気になっている。


「まぁ、男の気持ちなんてどこで変わるかわからないけどね。もし、一ノ瀬少女に言い寄られたら、即効でコロッといっちゃうと思うよ」


 そこは否定できない。こんな風に言ってはいるが、一ノ瀬は女性として相当魅力がある。まだ、仲良くなって半日。設定も信頼度とやらが増えないと全部見えるようにはならないとのことなので、俺も一ノ瀬のことを全部知っているわけではない。それでも、もし、一ノ瀬と付き合えるなら、付き合いたい。

 なんというか、現金な人間だな。俺って。


「そういう部長はいないんですか?好きな人とか」


「……いないよ」


 その微妙な間は何なんですかね。どうせ、いたって教えてくれないだろうけど。自分の弱みは見せない人だし。


「さぁ、若者は働け!口より先に手を動かす!」


「なら、せめてその漫画をめくる手を止めてから言ってもらいたいですよ」


 


 自宅。


 さすがに帰りも一緒、なんてカップルみたいなことはないとわかっていたので、当然ながら部活を優先して、夕方に帰宅。

 すると、一息ついた途端、スマホが振動する。画面には一ノ瀬からのメッセージが表示されていた。タイミングが良すぎる。それに俺はいつ彼女と連絡先交換したんだ?

 もう細かいことを気にしても仕方ないので、あまり考えずにメッセージ画面を開く。


『藤山ってゴールデンウィークは部活ないんだよね?隣町のレジャープール施設の無料チケットをもらったから、一緒に行こう!』


 思わず目を疑う。発信者名と宛名と本文を再度確認。間違ってない。

これは、デート!しかも、プールということは水着。きっと、スクール水着や競泳水着と違うやつを着てくるリアルの高校生活にあるかどうかわからないレアイベント。


 一ノ瀬のフランクな性格に感謝しつつ、本文を読み続けると、


『4枚もらったので、藤山の友人を一人誘って。私も友人を一人連れてくるから』


 さすがに2人きりとか、そこまで都合よくはいかないか。それでも、これはほぼWデートのようなものだ。すごく青春っぽい。あぁ、俺、青春してる。


 そこで、一度、冷静になって自分を振り返る。なんか、明らかに一ノ瀬のこと、気にしてるな。たった一日でこれって。単純思考すぎて恥ずかしくなってきた。

 今まで、『恋愛なんて関係ないし……』と思っていた人間が、恋だの愛だのに目覚めるとこうも下心ストレートになってしまうのか。気をつけよう。思い込みはよくない。謙虚、謙虚。




 そして、5月3日。ゴールデンウィーク初日。


 無理だ。冷静になるとか無理。


 またしても、“俺にとっては”予想外の展開が待っていた。


「おはよう、藤山。それと……」


「祭ちゃん。彼は同じクラスの山城君だよ」


「一ノ瀬さん、今日は誘ってくれてありがとう。しかも、チケットまで譲ってくれて」


「ううん。知り合いからタダでもらったものだから。気にしないで」


「それは助かるよ」


スムーズに和やかな流れで会話をするま3人。山城をチョイスしたのはやはり正解だったようだ。しかし、微妙に山城の口調が変わっているのが気になるな。

 一方の俺はというと、さっきから全く会話に入れない。それもそうだ。


「藤山と一ノ瀬さんが友達っていうのも不思議だけど、上山さんと一ノ瀬さんが仲良しっていうのもちょっと意外だったよ」


 一ノ瀬の設定。ちゃんと読んどけば良かった。罪悪感にかられて、流し見程度にしていたから、全く気づかなかった。


 まさか、一ノ瀬祭の“元”一番の親友が上山沙雪だったなんて。


 改めて確認すると、コンフィグモードの上山との関係の欄には、二番目の親友(修正済み)と書かれていた。


「さぁ、行こうか」



 俺の高校生活二年目は、驚くほど刺激的な毎日を着々と歩みはじめていた。

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