第2話 設定を変更しますか?
「で、この商品は何なんだ?」
女の子がカウンターに置いたのは、手のひらに収まるサイズの黒い機械のようなもの。
「これはね、『コンフィグモード』っていうの」
たしか、ゲームであったなそんなの機能。難易度やコントローラのボタン設定や音質とかを変えられるモードだったっけ。
「そう、それよ」
「心まで読めるのか!?」
「ほら、その方が早くストーリーを進められるから」
何言ってんだ、こいつ……。
「このアイテムはつまり、他人の“設定”を変更できるの」
「他人の設定?」
「性格、容姿、好きなもの、嫌いなもの、頭の良さ、得意なスポーツ、人間関係などなど。その人の構成要素をわりと自由に変えられるってこと」
「わりと自由に?」
「さすがに、なんでもかんでもってわけじゃないし、回数も一人につき5回制限がついているから、万能じゃないの」
いや、それでも相手の設定を変えられるって時点ですごすぎる。というか、恐ろしいアイテムだ。要するに自分の好きなように相手を変えられるってわけか。
「で、今ならこのアイテムがなんと税込み500円!安いわよ。ねぇ、買う?買っちゃう?」
「本当に安いな!?というか、対価は金なのか。てっきり、命とか、大切なものとか、死んだら地獄に落ちるとか、そういうものかと」
「何言ってるの。世の中生きていくにはお金が必要なの。それに命とか地獄とかって……ねぇ、私は死神か何か?すごく失礼なんだけど」
女子高生?にそんな世知辛いこと言われると何かむなしいな。
「それにしても、安いな。500円って」
「ほら、それくらい安かったら、なにか不備があっても、『仕方ないな』で済ませられるかなーって」
「済ませられるか!」
一瞬買ってしまうかと思ったけど、やっぱり危ないモノなのか、これ。
「そんなことはない、と思うけど。使い方によっては、って感じかな」
「道具を生かすも殺すも使い方次第ってわけか」
しかし、気にはなる。
「気になったなら買うのが吉だと思うわよ。使うかどうかは買ってから決めてもいいんだし。ちなみに、買わずにこのままここを離れたら、二度とあなたは私に会えないから。これが最初で最後のチャンスよ」
心を読まれることも、もう会えないと言い切ることも気にしないとして。果たしてどうしたものか。
悩むこと数分。
「お買いあげ、ありがとうございまーす☆」
右手には怪しげな機械。あぁ、買ってしまった。いや、なんか、買わないといけない気がしたんだ。
「詳しい使い方は付属の説明書を読んでね。はい、これ」
女の子が一枚の紙を手渡す。
「うわっ、なんか細かくいろいろ書いてあるんだけど。これ、下のほうに小さく、『なお、使用した場合、不幸が訪れます』とか『別途、料金の請求があります』とか書いてないよな」
「怪しげな通販商品じゃないから、大丈夫。あっ、怪しげなってところは嘘じゃないけど」
そりゃそうだろうな。怪しさ100%だ。
「じゃ、購入が済んだら、さっさと帰った、帰った。私もそろそろ夕飯の準備しないといけないから」
「なんか、生活観のある地縛霊だな」
「だから、幽霊じゃないって!」
「はいはい」
この際、もうどっちでもいいか。
買った商品をポケットにつっこむ。たしかにあまり長居するとまずいな。結構時間も経ってるから、先生に気づかれるかもしれない。
「じゃあ、頑張ってね~」
憎らしいくらいの笑顔で手を振る彼女に一瞬苛立ちを覚え、顔を背ける。
「……あれ?」
いつの間にか食堂の前にいた。ドアノブを捻っても開く気配はない。食堂内も明かりは点いていない。おまけに、廊下に置いてある古時計を見ると、俺がここにやってきた時間から一分も経っていなかった。
「夢……じゃないか」
寒気を感じ、ポケットに右手を突っ込むと、何かが硬いものが触れた。取り出してみると、それは先ほど購入した不思議なアイテムだった。
「帰ろ」
この真っ暗な校舎で深く考えるのは懸命な判断じゃない。
表玄関までの廊下を警戒しながら、それでも出来る限り足早に進む。幸いにも、後ろからついてくる足音や不思議な声とかは聞こえず、何事もなく家に帰ることができた。
そういえば、あの子の名前、聞いてなかった。
翌日。
金縛りやその他恐怖体験もなく、いつも通りの朝を迎える。机の上にはあの機械。やっぱり夢ではなかったと再認識する。
「おはよう……って」
登校準備を済ませて一階の居間に降りると、これから大学だというのに、メイクも疎かにしたまま、机に突っ伏す姉。
間違いなく関わってはいけない代物なので、何事もないように椅子に座って朝食を平らげる。
あぁ、今日の朝ごはんはいつもよりうまい。
昼休み。
さて、学校にまで持ってきてしまったが、本当にどうしよう。
制服のポケットに入った小型機械の存在を改めて確認しながら、悩む。
これを使った一番単純な俺の願いの叶え方は、女の子につけて、その子の設定を『自分の彼女』に変更すること。
しかし、これは一種の洗脳であり、人格を無視した非常な行動だ。常識的に考えたら、そんなことをしてはいけない。
でも、興味もあるんだよな。
これが本物ならば、未来から来たロボットが持ってきそうなくらいの超便利アイテムだ。罪悪感抜きで使うかどうかを考えるなら、
使ってみたい。しかし、誰に使おう?
「あ……」
斜め前の席に座る女子生徒に視線が向く。うちのクラスで比較的大人しい性格の上山沙雪。
肩まで伸ばした髪と授業中にかける眼鏡くらしか、目立った特徴はない。勉強はそこそこ出来る方で、運動神経も人並み。体型も普通。友達も親しい女子が数人ってところだ。頼みごとは断れないタイプらしい。かといって、誰かに頼られるほどクラスの中心でもない。たぶん、いたって普通の女子。
なんか、俺、ストーカーみたいだ。
つまり、俺は上山のことが好きなんだ、と思う。こういう感情を抱いたのは、初めてだからよくわからん。くそっ、なんか、昨日のあいつの言葉が脳内再生されて腹がたってきた。
上山とは去年も同じクラスだった。惹かれていたとするなら、夏休みが終わった頃。でも、まともに会話もすることなく、2年になってしまった。
この『コンフィグモード』で上山を俺の彼女にする。
やっぱ、ダメだ!道徳的にダメだ!それに……
このアイテムには致命的な問題点がある。説明書によると、相手の設定を変更するにはその人物の素肌にこのアイテムをつけなければいけない。季節はまだ春。衣替えの冬服の制服で肌を露出している部分は少ないため、遠くから投げて当てるのも難しい。ということは、上山になんの理由もなく、触れるか触れないかという距離まで近づかなければいけないのだ。
な、難易度が高い……。
女子と日常会話をする勇気もないのに、近づいて触ってしまう可能性が高い中、このアイテムを上山の素肌(首か足あたり)に付けるとか、無茶にもほどがある。
さて、どうする、俺。というか、もう、なんか悩むポイントが多すぎてよくわかんなくなってきたけど。
放課後。
「結局、何もできなかった」
傍目から見たら、ただの黒いガラクタにしか見えないそのアイテムを右手でいじりながら、帰途につく。
いや、やっぱ無理だ。うん、変なことは考えずに諦めよう。500円はもったいないけど、あいつらとのいい話のネタにはなる。
そういえば、どうして、俺はこの話をあいつらに話さなかったんだ?話すつもりはあったはずなんだが……。もしかして、これも山城が言っていた『体験者がいるのに話が広まらない』ってことの意味なのか。
オカルトの類は信じない性分だったのだが、さすがに昨日の出来事を体験した後だと、あぁ、世の中にはそういう不思議なこともあるんだな、と無理やり納得しなければ、やっていけなかった。
「……ん?」
そんな風にあれこれ考えていると、突然目の前が暗くなる。これは、誰かの影?
「きゃっ!?」
そう考えるも時すでに遅し。俺は突如前に現れた人の背中にぶつかり、しりもちをついた。
しまった。ちょうど左側の道路から来る人と合流したのか。
「いたた……」
「ごめん、大丈夫……って!?」
ぶつかって倒れた少女の首の側面に、俺が持っていた『コンフィグモード』がくっついていた。しかも、それはゆっくりと彼女の体内へ沈み込むように入ってしまった。
嘘だろ!?
一方、彼女は全くそのことに気づいていない様子で、
「ちゃんと前見て歩いてね。頑丈な私だから良かったけど、お年寄りや子供だったらどうするつもり?」
「ご、ごめん。次からは気をつける」
「わかった。約束だよ?」
そう言って、彼女は立ち去ってしまった。うちの高校の制服を着ていたし、たしか、合同授業か何かで見たような記憶があるから、きっと同学年の誰かだろう。
「しかし、どうしたものか……」
うむ……、予期せぬ展開が起きてしまった。
帰宅すると、一目散に部屋に入り、コンフィグモードの説明書を読み直した。
「ふむふむ……」
このアイテムを相手に埋め込んだ後の使い方は、こうだ。
1、QRコードを読み込んで専用アプリをインストール。
2、対象者の設定を確認し、変更箇所を修正。
3、一定時間後、修正箇所が適用される。
なお、設定を変更しても、本人の強い意思があれば、その設定が元に戻る場合もあるという。そして、このコンフィグモードを対象者から取り外す方法は、
「相手からの信頼度を十分に上げたのち、設置ポイントに触れる」
信頼度ってなんだよ。それに、体に触るのか。これまた難儀な……
すると、スマホから音が鳴り、画面に新しいアイコンが表示される。
「『アプリ コンフィグモード』?」
え?俺、いつの間にこんなのインストールしてたんだ。
勝手に指が動いたのか、スマホが動作したのかはわからないが、どちらにせよ、これは怖い。どんどん、危険度と怪しさが増してきたんだが、いきなり死んだりしないよな?
さらに、気づいたらアプリを開いていた。なにこれ、ほんとに怖いんだけど。
「とりあえず、ウイルス感染とか、請求画面に飛ばされるとかではないか」
画面には『一ノ瀬祭』の文字が表記されている。彼女の名前かどうか確証はないが、説明書を見る限り、きっと彼女のことだろう。
名前をタップすると、容姿、性格、趣味、好物、住所、家族構成など、彼女の個人情報が細かく表示された。
「うわっ。これ本当にやばいアイテムだ」
これが本当の個人情報なら、どう考えても犯罪の温床になる。やっぱり、使わないべきか……。
「あっ……」
下の方に“人間関係”と書かれた項目がある。タップすると、彼女と同じ苗字の人の名前やどこかで見たことのある同級生の名前などが載っていた。
「えっと、藤山、藤山……」
なんで、俺、自分の名前探してるんだ?
まぁ、もう考えても仕方ないので、身を任せようと半ば諦めていた。
「あった。藤山宗吾。関係:ただの同級生」
そりゃそうだ。ぶつかる前まで、話したこともない相手だったんだからな。
しかし、ここで不思議なことに気づいた。友人の山城や桜井の名がないことから、この項目にはうちの高校の生徒が全て入っている感じではない。つまり、彼女が全く名前も知らない人間は載っていないことになる。でも、俺の名前は載っている。
彼女からすると、俺は面識のある相手なのか。それとも、このアイテムの使用者だから俺の名前が入っているのか。
まぁ、後者だよな。
それに、今この場においては、俺と一ノ瀬の現在の関係がどうであるかは問題ではない。なぜなら、このスマホひとつで2人の関係性を変えることができる、かもしれないからだ。さすがにまだ信じきれない。
しかし、もう、この時点で俺にはこの『藤山宗吾と一ノ瀬祭の関係』を変える以外の選択肢が頭の中になかった。それは、このアプリやあの少女の呪いなんかではなく、単純な好奇心と青少年が抱えている下心。
「か、彼女にするのか……一ノ瀬を」
他の設定を見たところ、明るく素直で、正義感が強い、クラスでもかなり評価されている生徒らしい。家族関係も良好で素行の悪さは全くない。運動も勉強も出来る万能タイプの優等生。
まともに話したこともない、言ってしまえば、好意もない女子を彼女にしてしまう。そんなことを真剣に考えると、『彼女ってなんなんだ?』『好きってなんなんだ?』みたいな哲学的な思考が頭の中を駆け巡る。いかん、知恵熱が出そうだ。
でも、ポニーテールで体型も良くて、あの時、最後に見せた笑顔が飛びきりかわいかった一ノ瀬が自分の彼女になる。生徒や先生からも好かれる(と設定に書いてある)優等生が俺のために隣にいてくれる。それは思春期真っ盛りな男子高校生として間違いなく最強クラスのステータスだ。
どうすればいいんだ……
時間だけが刻々と過ぎていく。そして、
画面には『設定を変更しますか?』の文字。俺は『はい』の文字をタップする。『設定を変更中です。反映には多少時間がかかります』と表示され、画面は元に戻る。
「や、やってしまったー!」
スマホを放り投げ、ベッドに大の字になって寝転がる。やってしまった。やってしまった。罪悪感、興奮、不安、高揚感、期待。何種類もの絵の具がぐちゃぐちゃと混ざり合うように、俺の心は混沌としていた。
すると、電子音とともにスマホ画面が光る。そこには、『藤山宗吾との関係:一番の親友 で設定完了しました』という文字が浮かび上がった。
「だから、女の子と仲良くなれないんだよな」
この期に及んで、自分のチキンっぷりにため息が漏れた。
そして、翌朝。自宅の玄関。
「おはよう、藤山」
「お、おはよう」
「なにボーっとしてるの?ほら、学校行くよ」
なぜか、一ノ瀬祭は俺を迎えに来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます