チートアイテム、買いませんか?

つかさ

コンフィグモード

第1話 夜の購買部に行きますか?

「宗吾。あんたもさ、高2になるんだから、彼女くらいつくりなさいよ」


 あー、うるさい。今日も朝からコレだ。春休みに彼氏ができてからというもの、大学生の姉貴は毎日のように、のろけ話や自分の恋愛論を語って俺を煽ってくる。今まで彼氏いない歴=年齢だったくせに。


「はいはい。気が向いたらね」


 相手にしても自分が不快になるだけなので、適当にあしらうしかない。


「お母さん。今日も遅くなるかもしれないから、夕飯いらない」


 くそっ。これ見よがしに、アピールしやがって、この姉は……。


 高校2年生の生活がはじまったばかりの4月。春真っ盛りの姉とは対照的に、俺には甘酸っぱい青春の到来が来る気配は微塵もなかった。

 いわゆる高校デビューなんてするつもりはなかったし、恋人よりも親友がほしいなぁ、なんて考えで高校を1年間過ごしてきたけど、実際に付き合っている周囲の生徒たちを見ると、隣の芝は青いという言葉通り、やはり羨ましさを感じていた。


 つまり、彼女がほしい。できれば、たいした苦労をせずに。




 昼休み。俺の前の机で2人の友人がいつも通り、他愛もない会話をしながら昼飯を食べている。


「そうだ。ところで、藤山。お前さ、『夜の購買部』の話って知ってる?」


「えっと……なんだそれ?」


「この学校の都市伝説だよ。昔、流行していた噂らしいんだけどさ」


 学年上位の成績を持つ山城はてっきり真面目で科学的な思考の人間だったと思っていたんだが、そういうオカルト話にも興味あったのか。


「なんか、『夜の』ってワードがつくとエロそうな気がするよな」


「桜井、お前は黙れ」


 一方、こちらの桜井はバカさがぶれない。


「で、実際のところはそっちの話題なのか?」


「藤山。お前まで乗ってくるなよ……。あのな、その噂は……」



 この高校には昔、夜間に通う学生のために定時制があった。そして、その生徒たちのために購買部もあり、当時は食べ物や文房具などがそこで販売されていたという。

 十数年前に定時制が廃止されたことに伴って購買部はなくなったが、今もスペース自体は残っている。そして最近、その場所に夕方になると謎の購買部が開店して、なにやら不思議な商品を生徒たちに売っているとかどうとか。



「で、この前、部活の先輩の友達がその購買部で何か買ったらしい」


「“何か”ってなんだよ。それに“買ったらしい”って。買った本人から聞いたんじゃないのか?」


「それがさ。買った本人も、その商品を本当に夜の購買部で買ったのか。そもそも、その購買部に行ったのかもよく覚えてないんだと。買ったっていう商品も持っていなかったみたいだから、証拠もないし」


「なんだよ、それ。すげー、オカルトっぽいじゃん」


「っぽいじゃなくて、完全にオカルトだな」


「話によると、昔からこの高校にあった都市伝説なんだが、体験者の話がこんな風に曖昧だから、あまり信じてもらえず、広まらなかったらしい」


「いいなー。俺もその購買部行って、勝手に正解を書いてくれる鉛筆とか、拾った女の子が自分を好きになってくれる消しゴムとか欲しいなぁ」


 そんなアイテムが売っているなら俺も欲しいもんだ。しかし、不思議な購買部か……。興味はあるけど、夜ってことは現れるとしても結構遅い時間。さすがに、そんな時間に学校には……



 春といえども、すっかり日の沈んだ夜の19時。


 と言ったそばから、こんな時間まで学校に残るハメになってしまった。来週から始まる新入生に向けた部活紹介の説明文や部室に掃除を部長に手伝わされていたら、もうこんな時間だ。どうせ、やったところで、部員が集まる望みは薄いけど。

 しかも、当の本人は『用事があるから、先に帰るねー』と、後片付けを放り出して、早々に帰ってしまった。


「せっかくだし、覗いてみるか」


 元購買部は校舎1階にある食堂の中にある。この食堂は定時制用で、定時制廃止後はしばらく全日制生徒向けに使われていたらしいけど、素行の悪い生徒のたまり場になったり、厨房に持ち込み不可の私物を持ち込んだりと、ルール違反が目立ったために今は常時鍵がかけられている。つまり、


「開いてる」


 ドアの鍵が開いているなら、夜の購買部の噂は信憑性がかなり高くなる。

 本来なら戸締りされているはず扉のドアノブを捻ってゆっくり前に押すと、奥へと動いた。周りに人がいないことを確認して、そのまま静かに開けて中に入る。人の気配はたぶんない。ついでに、幽霊の気配もないと嬉しい。


「マジかよ……」


 すると、スイッチも押してないのに、奥にある購買部があったスペースが突然光を灯す。部屋の電灯の豆電球のような小さな淡いオレンジ色。そして、その光に照らされる長髪の女子の姿が確かに俺の視界に入っている。


 これは幽霊ってやつか?昼に山城から聞いたときから思っていたけど、都市伝説というよりかは、これって学校の七不思議だよな?まぁ、他に不思議な話はないから七不思議っていうのはちょっと変だけど。


 夜の校内にひっそりと佇む黒髪ロングの少女ってだけで、もう怪談話にしか聞こえないし、ここは全力で扉に向かって走るのが正解だと思った。しかし、不思議と、というか勝手に足が少女の元へ向かっていた。これがあの少女の呪いなのか、単なる好奇心なのか……。そうこう考えるうちに一歩、また一歩と近づき、ついに購買部の目の前に来てしまった。



「こんばんは~。いらっしゃいませ♪夜の購買部へようこそっ!」


「は、はい?」


 なんか、満面の笑顔で声かけられた。しかも、良く見たら結構かわいい。日本人形みたいに長くて艶のある黒髪。キラキラ輝く小さな宝石が埋め込まれたような優しげな瞳は見ていると思わず警戒を解いてしまいそうになる。また、身なりはこの学校の制服を着ていて、出るとこはちゃんと出ているのか、ところどころの制服の膨らみが多感な男子生徒としては気になってしまう。


 ……で、この子、今なんて言った?


「ねぇ、ちょっと。『え?こいつ何言ってんの?』みたいな顔してこっち見るのやめてくれない。お客様が来店したら、笑顔で対応するのは接客業の基本でしょ」


 と思ったら、途端に目つきがちょっときつくなった。


「いや、こんな状況下で明るく接客されてもなぁ……」


「こっちとしては、『やばい!こいつ幽霊じゃね?俺、呪われたり、消されたり、〇されちゃったりするの!?』みたいな不安を少しでも取っ払ってあげようと、精一杯の明るく優しい乙女を演じてあげたんだけど」


「そりゃ、お気遣いありがとうございます……」


 とりあえず、命の心配はなさそうだ。この子の話を信じれば、という前提だけど。この感じならたぶん大丈夫か。大丈夫じゃなかったときは……その時に考えよう。


「さて、ここの存在を突き止めたということは、私の店の話をどこかで聞いたってことよね。まぁ、そういう設定だし、それで話進めるけど」


「そういう設定ってどういうことだ?」


「さて……、あなたはどんな商品が欲しいの?あ、わかりやすく望みを教えてくれたら、それに見合った商品を見繕ってあげるわ」


 こいつ、さらりとスルーしやがった。


「いや、別に望みなんてないけど……」


「朝からお姉さんに煽られておいて?」


 なぜ、その話を!? というか……


「お前は何者なんだ?」


 なし崩しで会話が進んでしまったけど、このままだと、根本的なその問題をスルーしたまま進行してしまいそうだったので、言い忘れる前に問いかけておいた。


「私?うーん、なんだろうね?」


「いやいや。なんで自分のこと知らないんだよ。やっぱり、幽霊なのか。地縛霊的な」


「私自身は死んでないわよ。ほら、ちゃんと足もあるし。まぁ、生きている存在なのかと聞かれるとそういう感覚もないけどね。妖怪みたいな感じ?」


 彼女は購買部のカウンターから少し後ろに下がり、スカートから伸びる細い両足を見せた。


「それはそれで物騒極まりないワードなんだが」


「自分でも何でここで夜な夜な購買部やっているのか、よくわからないの。でも、なぜかやらなきゃいけない気がしたのよ。他にやることがないってのもあるし、ここから出られないってのもあるし」


「やっぱり地縛霊じゃん」


「だーかーら、幽霊じゃないっての。なんなら触ってみなさい。ちゃんと実体はあるから」


 触るってどこを……


「あー、今、私の胸を見たでしょ。やだ、男子ってやらしー」


「ち、違うって」


 父さんが持ってる漫画で見たぞ。この一昔前のラブコメっぽいやりとり。


「ま、ここで簡単に触らせてあげるほど清純ビッチ系ヒロインでもないんだけどね」


 自分でヒロイン言うな。後、触れなくて残念なんて思ってないからな。


「というわけで、はい。右手出して」


 なぜか言われるがままに右手を出すと、彼女が俺の右手をぎゅっと握ってきた。


「おい、いきなり……って……」


「あっ、ちょっと照れてるー。何、女の子とこういう風に手を繋ぐのってはじめて?あー、感じるわー。右手から迸る童貞パワーがビシビシと伝わってくるわねー」


「うるさい!」


 咄嗟に手をふりほどく。解かれた右手から女の子の温もりがなくなった瞬間、もったいないことしたと思ってしまった自分が情けない。


「ちゃんと触れたし、それに温かいでしょ?私の手」


 確かに彼女の左手からは温もりを感じた。死人の手はまだ掴んだことがないから比べようがないけど、きっとこれは生きている者の証なのだろう。


「さて、私が怖い幽霊じゃないってことが証明されたところで、本題に戻るけど」


 彼女は購買部のカウンター越しに、舐めまわすようにじっとりとどこか扇情的な瞳で俺の体をひとしきり見ると、


「彼女が欲しいのよね、あなた」


 そう言って、俺が現在直面している願望を見事に言い当てた。まぁ、女の子に手を握られて照れている男子なら持ってそうな願望だし、当てられて正解か。たぶん。


「なんでわかった」


「うーん、企業秘密ね。第六感とか超能力だと思ってて。それか、年の功ってやつ?」


「いや、その外見だと、どう見ても同い年くらいだろ」


「さーて、どうでしょうね?」


 外見から見た年齢は俺と変わらないと思うのだが、大人びた雰囲気と余裕な態度が、もしかしたら、自分よりも長い時間を生きているかも、と思わせる。いや、普通に考えたらありえないんだけど。まぁ、今この時点であれこれ問いただしても、望む答えは返ってこないだろう。


「じゃあ、俺の望みが『彼女が欲しい』だとして、それがどうしたって言うんだ」


 その言葉を聴いた女の子がにやりと、心の中で笑った気がした。表情には出ていないけれど。ここまでの会話で性格は読めた。きっと、俺が心の底でこの後の展開に期待を寄せていることを見抜いているんだろう。そして、こいつはものすごく性格が悪いに違いない。


「だから、言ったでしょ。あなたにうってつけの商品を見繕ってあげるって」


 女の子の右手がカウンターの下から現れ、その手に握る何かを俺の前に置いた。


「これは?」


「あなたの高校生活が劇的に変わっちゃうかもしれない。そんな商品」


『変わる』 それは普通の高校2年生・藤山宗吾が密かに憧れていた言葉だった。

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