小話

三毛猫の誤魔化し


「うっまーい!」



 プリンを食べ、満面の笑みを浮かべる沙耶に、


(プリン食べてる間は、相変わらず子供みたいだな)


 と、壮司は内心呟く。

 中途半端だったとはいえ、シュレッダーかけを手伝ってくれたお礼として、壮司は沙耶にプリンを贈呈した。もちろん、彼の姉が作ったプリンだ。

 沙耶は今、そのプリンを食べて、超がつくほどご機嫌なのである。



「プロにも劣らないこの味……。静夏姉ちゃんは天才か」

「姉貴が聞いたら調子に乗りそうだな」

「ねぇ。静夏姉ちゃんはなんでこんなにお菓子作りが上手いの?」



 ニコニコと笑みを浮かべながら、プリンを食べ続けている沙耶にそう尋ねられ、



「姉貴の好きになる人が全員甘党だから」



 と、呆れ気味に答えた。

 それが予想外の言葉だったのか、沙耶は「甘党……?」と呟きながら首を傾げている。



「姉貴が高校生の時、よくシフォンケーキ作ってただろ?」

「うん」

「あれは、その時付き合ってた奴がシフォンケーキ好きだったから。大学生の時は、ガトーショコラ。その後は、チーズケーキ」

「ただ単に、お菓子作りが好きだからじゃないんだ。相手の好物だから作ってたんだ」

「ん。………で、好きなだけ食わして、相手が肥えたら『断ることも覚えなきゃダメ。たるんでる!』って言って振るんだよ」



 我が姉ながら理不尽……と呟く壮司。

 太るまで食べる方も食べる方だが、わかっていて作る方も作る方である。



「じゃあ、今の人はプリンが好きなんだ」

「たぶんな」

「また食べたいなー」



 目の前にはまだ、おかわりが二個もあるのにそんなことを呟く沙耶。どんだけ好きだよ……と思いながらも、



「どうせまた持ってくるだろうし、その時は沙耶にやるよ」



 と言いながら、自分が食べようと取っておいたプリンを一個、沙耶の前に置く。

 すると、これ何? と言いたげに見つめてくる。そんな沙耶に、壮司が「それも食っていいぞ」とそう言うと、ぱぁぁぁと効果音が鳴りそうなほど、明るい表情に。平常時だとなかなか見られない顔だなと、壮司が笑っていると―――。



「はい」

「ん?」

「一口あげる」

「……………」



 目の前には、スプーンに乗った一口分のプリン。そしてそれを『はい、あーん』と自分に向けてくる沙耶。

 壮司は………疑った。

 これは何かの罠ではないかと。沙耶が自分を試そうとしているのではないかと。

 だって、普通に考えてこれはありえない状況だから―――。



「………ねぇ。食べないの?」



 ちょっと恥ずかしいんですけど……と、顔を赤くしながら、沙耶の口がへの字に曲がる。

 どうやら、これはただの親切心。もしくは、自分だけバクバクと食べることに罪悪感が湧いたのかもしれない。

 一瞬の内にそう理解して、壮司はすぐさま目の前のプリンをぱくり。



「うん。美味い」



 そう口にすれば、沙耶は嬉しそうに笑い、



「静夏姉ちゃんと結婚したらこのプリン、一生作ってもらえるんだろうなぁ」



 と羨ましそうにそんなことを言うので、壮司は冗談混じりにこう返す。



「俺と結婚しても貰えるんじゃねぇか?」



 きっと、一瞬で否定されるんだろう。冗談混じりとはいえ、少しは傷つくなと苦笑いしながら、沙耶に視線を向ける。



「……………」

「沙耶?」



 するとなぜか、沙耶は真剣な表情でプリンを凝視。

 沙耶の前には、おかわり用のプリンが三個も並んでいる。


(もしかして、食べきれなさそうとか? ………普通に考えたら多いか)


 喜ぶだろうともう一個渡したが、さすがの沙耶でも食べきる自信がないのかもしれない。

 そう思った壮司は、無理に食べる必要がないことを伝えようと、口を開こうとして―――



「………そっか。壮司でいいんだ」



 という沙耶の呟きに、思わずその口を閉じた。その意味がわかっているのかと尋ねたいが、たぶんその必要はない。

 なぜなら、我に返った沙耶が顔を真っ赤にしながら、



「ち、違うっ! そうじゃないっ! そうじゃないからっ! 違うからっ!!」



 と、全力で否定しているからだ。

 そこまで全力で否定しなくても……と、壮司は少し悲しくなる。しかし―――。



「ほ、ほら、もう一口あげる! はい、あーんっ」



 と、必死に自分の発言を誤魔化そうと沙耶が何度もプリンを食べさせてくれたので、ある意味、結果オーライなのであった。



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