そして待ちに待った、金曜夜―――。

 超有名焼肉店での合同歓迎会は、今のところ大きな問題もなく、各部署和気あいあいと進んでいた。

 合同ではあるが、一応、営業部と人事部ごとに席は区別されており、沙耶の傍に壮司の姿はない。

 現在、沙耶の隣に陣取っているのは、安定の柴崎である。



(はぁー。お肉、美味しー)



 同年代だけのテーブルとは違い、上司のいるテーブルでは食べ物の争奪戦などそうそう起きない。そのため、誰にも邪魔されることなく、肉の味を堪能する沙耶の顔は、とても幸せそうだ。



(ただ、お酒が飲めないのだけは残念……)



 自分の周りで美味しそうにビールを飲む同僚をチラリと見やる。自分の招いた失態が元でこうなっているため、文句は言えないが、なかなかに辛い仕打ちである。

 すると、隣でこれまたビールを飲んでいた柴崎が、沙耶の飲み物を見てボソッと一言。



「ウーロンハイ……」

「………烏龍茶ですよ。ソフトドリンクの」

「聞こえたか?」

「聞こえます。この距離ですよ……」

「悪かったよ。そう睨むな」



 お酒のせいか、柴崎の表情はいつもより緩く、楽しげに笑う。

 この間の、【実池悪酔い事件】で被害にあったせいか、少し警戒していたようだ。



「当分、お酒はお休みする予定です。いろいろと迷惑をおかけしたので……」



 肉を食べながらモゴモゴとそう言えば、安心したように柴崎が頷く。

 沙耶としても、前回のことは深く反省しているため、当分は人前でお酒を飲むのは控えることにしたらしい。



「いい歳して説教もされたので我慢します。どうしても飲みたくなったら家飲みですね」

「それがいいな。俺らも安心だ」



 そう言って笑う柴崎に、沙耶は少し複雑な気持ちだ。なぜなら、これから先の飲み会で、周りが美味しそうに飲んでいるのを見ていることしかできないのだから……。



(ノンアルグループに入会しようかな……)



 遠い目をした沙耶が心の中でそう呟く。

 ちなみに、ノンアルグループとは、人事部でお酒を飲まない人達が結成したもの。飲み会で、「高額の料理は我々に譲ってください」と真顔で言える猛者達である。

 ひたすらに美味しい高級な肉を食べながら、それも悪くないなと真剣に検討していると、柴崎に声をかけられる。



「昔からああなのか?」

「何がですか?」

「あそこ」

「? ………あぁ、あれですか」



 沙耶と柴崎の見つめる先には、営業部の派手め女子達に囲まれている壮司の姿。その中には果敢にも新入女子社員の姿も確認できるが、やはり派手女子だ。

 そして、その団体を見た沙耶は「相変わらずだなぁ」と呆れたように鼻で笑った。



「昔から派手な女子には好かれやすいんですよ」

「派手限定か」

「そうですね。清楚というか、大人しいタイプはまず寄ってこないです。高校も大学も、化粧バリバリで服の露出も高めな女子がほとんどでしたよ。一緒にいると、よく睨まれて居心地悪かったなー」



 懐かしむようにそう言いながら、網の上の肉をひっくり返す。



「気にならねぇのか?」

「特には」

「そうか。―――まぁ、適当にあしらってるとこ見ると、好きなタイプではねぇんだろうな」

「……………」



 そう言われてふと、壮司の好きな女の子のタイプを知らないことに気が付く。

 一応、壮司が今まで付き合ってきた人達は知っているため、比較することはできるが、見た目だけの話だ。

 派手めな女子ばかり寄ってきていたが、壮司が実際に付き合っていたのは、ナチュラル系の綺麗めな人が多かった。

 しかし、沙耶はその人達の誰とも関わりがなかったため、性格的な部分はわからない。そのため、好きなタイプを考えてもピンとくるものがないのだ。



(おっぱいが好きなのは知ってるけど……。さすがにおっぱいでは選んでないでしょ)



 そうなってくると、いよいよわからない。

 沙耶は、うーん……と唸りながら首を傾げる。

 すると、隣でもぐもぐと肉を食べていた柴崎が笑いながら、



「まぁ、あいつの好きなタイプは少し変わってるわな」



 と言った。

 その言葉に、唸っていた沙耶は驚いたように目を見開く。



「え。わかるんですか……。壮司の好きなタイプ」

「え。お前、わかんねぇの?」

「わかりません……」



 生まれた時から今に至るまで共にいる沙耶でさえ、壮司の好きなタイプなんて一つも思い浮かばない。それなのに、なぜ柴崎にそれがわかるのか。沙耶には不思議でならない。



「俺の勘違いでなければ、ちょっと一癖ひとくせあるようなタイプが好きなんじゃねぇか」

「一癖、ですか」

「あぁ。たとえば、人を遠ざけるわりに寂しがり屋。お礼一つなかなか言えない。相手の気持ちにも自分の気持ちにも鈍感。そんな感じだな」

「それって……」



 もしかしてわかったのか? と柴崎が驚きの表情を浮かべると―――。



「一癖どころじゃないですよ。すっごい面倒くさい人じゃないですか」

「……………そうだな」



 怪訝な表情を浮かべ、まるで他人事のように言う沙耶に、柴崎は心の中で「お前のことだよ」とツッコミを入れる。

 しかし、それが自分のことだと夢にも思っていない沙耶は、「趣味が悪い」とまで言う始末。

 それにはさすがの柴崎も苦笑いを浮かべている。



「………まぁ、あくまで俺の推測だから、実際にはちげぇかもな」

「うーん……。そうですかねぇ……」

「気になるんなら、本人に聞け」

「別に気になってませんて……」

「……………」

「な、なんですか……」

「甲斐谷は苦労するな」

「………どういう意味ですか?」

「さぁ?」



 意味深な言葉を呟くも、それ以上何も語る気はないのか、ビールを煽る柴崎。

 そして、半強制的に会話を切られた沙耶はというと。



(なんで私の周りの人達は、壮司にばっかり肩入れするんだろ……。面白くないな)



 まったく別の意味で、壮司に対してヤキモチを焼いているのであった。



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