小話

三毛猫のかまい方


 それは、ある日の残業中にあったお話―――。


 残業をしているらしい沙耶の元へ、差し入れを持っていくことにした壮司。

 差し入れ袋を片手に人事部を覗けば、一人で黙々と仕事をしている沙耶の姿を見つける。



「よぉ。お疲れ」

「……………」



 人事部の入り口から声をかければ、振り返りはするものの、こちらを見るその目は冷たい。これは相当疲れているな……と判断して、壮司は持ってきた袋を沙耶の机の上に置く。



「………何よ。これ」

「差し入れ」

「へぇ。あっそ」



 疲れもあってか、いつも以上に素っ気ない態度の沙耶ではあるが。一応、差し入れ袋の中身は確認してくれるらしい。そして―――。



「!!!」



 中身を確認した瞬間。

 さっきまで不機嫌そうだった沙耶の顔が、まるで花開いたように輝く。凄まじい違いだ。



「食べていいの?」



 キラキラと輝く目で見つめられ、さっきまでとの違いに、壮司は笑いを堪えながら頷く。すると、ますますほころぶ沙耶の顔。

 差し入れして正解だったと、壮司は満足したように笑みをこぼし、



「頑張れよ」



 と、沙耶に声をかけて人事部を出て行こうする。

 しかし―――。

 沙耶に背を向けた瞬間に、ガシッ! と腰ベルトを掴まれる感覚。

 突然のことに驚いて振り返れば、なぜか沙耶が顔を赤く染めながら、何か言いたげな目をして睨み付けてくる。



「どうした?」

「………二つ、入ってるんだから………食べて、いきなさいよ……!」

「……………」



 上から目線は若干気になるが……。細かいことを気にしてはいけないと、壮司は素直に沙耶の隣の席に腰を下ろす。



「どっち食う?」



 袋の中から出てきたのは、ミルク味といちご味のプリン。実はこれ、沙耶の大好物である。



「ミルク味!」



 少しハイテンション気味にパッと手を上げる沙耶。その珍しい姿に、壮司は少し笑いながらミルクプリンを手渡す。



「おーいしーい」



 壮司が少し目を離した隙に、すでにプリンを食べ始めている沙耶。その顔には、ゆるい笑顔が浮かんでおり、いつもの警戒心はまるでない。



(でも、ここでかまいすぎるのはダメなんだよな……)



 ふと、痛い目に遭った昔のことを思い出しながら、いちごプリンに手をつける。なかなか美味いなと思い、何口か食べたところで………感じた視線。相手はもちろん、沙耶だ。

 どうしたのだろうと、何気なく沙耶の手元を見ると。直接舐めたのかと見間違うほど綺麗になった空の容器。

 そして、その沙耶の視線は、壮司のいちごプリンへと向いている。



「……………」

「………食いたいのか?」

「え!!」



 キラッと輝いた目が、壮司に向けられる。

 普段ならありえない態度に、調子のいい奴だなと思いながら、自分の食べていたプリンを容器ごと渡そうとして―――



「一口だけちょうだい」



 にこっと上機嫌に笑った沙耶が、あーんと口を開ける。



「……………」



 罠である。

 ここで油断して流れに乗ることは、自爆行為そのもの。

 確かに目の前にいる沙耶は、デレているかもしれないが……。しかし、そこでいい気になってアレコレかまいすぎると、確実に噛み付かれる。それはもう、立ち直れないほどに。

 それをきちんと理解している壮司は、口を開けて待つ沙耶を前に、一瞬だけ迷い―――すぐ我に返る。



「遠慮しないで全部食っていいぞ」



 あーん、するのではなく、残り全部を渡す選択をした。



「いいの?」

「どうぞ」

「………ありがと」



 少し頬を染めて、ゆるく微笑む沙耶。

 差し出されたいちごプリンを受け取り、それはもう美味しそうに食べている。そんな沙耶の様子を見ながら、壮司はホッと一息。



(はぁ……。危なかった……)



 デレたからといって、調子に乗ってはいけない。寄り添ってきても、それはその時の気分。ただの気まぐれに違いない―――。


 美味しいものを食べて、可愛い笑顔を浮かべる沙耶を眺めながら、疲れたように溜め息を吐く壮司なのであった。



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