地獄帰還会の翌日。

 壮司のベッドで目を覚ました沙耶は、眉間を押さえ厳しい表情のまま固まっていた。今の状況への混乱と、二日酔いで頭が回らないせいだ。

 壮司は、昨日からここに至るまでの経緯を話す前に、二日酔い用の薬と水を渡す。

 そして、軽く一息ついたであろうところで、沙耶に正座をさせたのだった。



「今から話すこと、よーく聞け」

「はい……」



 いつもよりも強めの口調だからか、沙耶は背筋を伸ばす。

 そして壮司は、状況を把握できていない沙耶に、やけ酒を始めた後からの経緯を話した。

 すると、話を進めれば進めるほど、二日酔いで悪い顔色が更に悪くなっていく。特に、自分を起こそうとした柴崎の手を弾いたという話では、目に涙が浮かぶほどに……。



「月曜日、ちゃんと謝れよ」

「はい……」



 しゅん……という文字が見えそうなほど落ち込んでいる様子に、かなり反省しているらしい。

 とりあえず、言うべきことを言い終えた壮司は説教を切り上げ、ひどい顔色の沙耶をベッドに寝かせる。



「具合よくなるまで寝とけ。俺も寝るから」



 そう言って、少し間隔をあけて隣に寝転ぶ壮司。すると、何か言いたそうな顔をした沙耶が、ジッと壮司を見つめている。



「どうした?」



 気になって尋ねると、視線をそらしながら小さい声で、



「壮司にも、何かした……?」

「……………」



 と、ぼそり。

 その言葉を聞いた壮司は、まるで頭をハリセンで叩かれたかのような衝撃を受けた。



(………いや。わかってただろ、俺……)



 たぶん、話の流れ的に昨日の出来事を覚えていないと、わかってはいた。

 しかし、後半の方は少し意識があったように感じていたため、覚えているかと少し期待していたのだが……。



「あーあ……。わかってた。わかってはいた。でもなー……。はぁぁぁ……」

「え? 何? 壮司?」



 沙耶の方から初めて距離を縮めてきた。それがまさか、あの瞬間も酔っ払っていただけだったとは……。

 少し期待があっただけに、壮司の落ち込みようは半端ではない。



「………本当になんも覚えてねぇの?」

「え、えっと……」



 バツの悪そうな表情を浮かべて、沙耶は目を泳がす。つまりこれは、『覚えていない』ということ。

 少し浮かれていただけに、恥ずかしい思いをした壮司は、両手で顔を覆って沙耶に背中を向ける。とても泣きたい気分である。



「ね、ねぇ」

「……………」

「ねぇってば」



 つんつん、と沙耶が壮司の背中をつつく。

 酔っていた自分が壮司に何をしたのか教えてほしいのだろう。

 しかし、昨日のことを沙耶に教えたところで信じるわけがない。一〇〇パーセントありえない。いつものように、ツンケンして終わるのが目に見えている。



(言うだけ無駄だ)



 と、無言を貫こうとして―――ふと、悪戯心が顔を出す。



(どうせ覚えてねぇし、それをネタに少しくらいからかったって問題ねぇだろ)



 ニヤける悪い顔を消して、壮司は沙耶の方へと振り返る。そして―――。



「沙耶」

「な、何……?」

「眠たくなると無防備になる癖、どうにかした方がいいんじゃねぇの?」

「………え?」

「また押しつけてきたんだよ」

「え? 何?」

「おっぱい」

「……………」

「俺の体にグイグイッと」

「……………」

「心配だな、俺は」

「……………はあ!!?」



 キョトン…とした後、驚きに見開かれる目。

 しかし、壮司の悪戯心は止まらない。



「おぶって帰ってきた時、また俺の背中におっぱい押し付け「てない! それは絶対ない!!」



 沙耶は首を左右に激しく振り、全力で否定する。しかし、覚えていないことを指摘すれば、反論できずに口ごもる。



「人のこと、おっぱい星人って言う前に、自分が人におっぱい押し付けるのやめろよ」

「だからっ!」

「手で揉んでやろうか?」

「バッカじゃないの!!!」



 顔を真っ赤にした沙耶が、近くにあった枕を手に取りぶん投げるが、壮司はそれを軽々とキャッチ。その後、更に言葉を続ける。



「遠慮すんな。胸も大きくなるし、一石二鳥だろ」

「バッカじゃないの!!」

「昔から、もう少し胸が大きければ、って言ってたろ」

「バッカじゃないの!!」

「さっきから同じ言葉しか言ってねぇな」

「バッ…………もう…っ……アホ! あっち行け!!! アホ!!!」



 勝ち目がないとわかったのか、沙耶は布団を頭まで被って壮司に背中を向けた。その姿を見て少し気が晴れた壮司は、とても満足げだ。

 すると、負けを認めて布団を頭から被っていた沙耶が、隙間から少しだけ顔を覗かせる。



「なんだよ」

「………だから……」

「?」

「………あんた以外、の人に………おぶらせるなんて、ないんだから……! ………別に、無防備じゃない、のよ……………アホ」



 隙間から少しだけ見えた顔は、まるでゆでダコのように赤い。そのことを口にしようとすれば、すぐさま背中を向けて、芋虫のように布団にくるまってしまう。



「………なぁ、沙耶」

「何よっ!」

「昨日のこと、覚えてるんじゃ「うるさい!! 覚えてない!!」



 沙耶の反応はあからさまだ。



「………してやられたな」



 沙耶の様子を見ながらそう呟く壮司。しかしその顔は、とても嬉しそうに笑っていた。



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