4
地獄帰還会の翌日。
壮司のベッドで目を覚ました沙耶は、眉間を押さえ厳しい表情のまま固まっていた。今の状況への混乱と、二日酔いで頭が回らないせいだ。
壮司は、昨日からここに至るまでの経緯を話す前に、二日酔い用の薬と水を渡す。
そして、軽く一息ついたであろうところで、沙耶に正座をさせたのだった。
「今から話すこと、よーく聞け」
「はい……」
いつもよりも強めの口調だからか、沙耶は背筋を伸ばす。
そして壮司は、状況を把握できていない沙耶に、やけ酒を始めた後からの経緯を話した。
すると、話を進めれば進めるほど、二日酔いで悪い顔色が更に悪くなっていく。特に、自分を起こそうとした柴崎の手を弾いたという話では、目に涙が浮かぶほどに……。
「月曜日、ちゃんと謝れよ」
「はい……」
しゅん……という文字が見えそうなほど落ち込んでいる様子に、かなり反省しているらしい。
とりあえず、言うべきことを言い終えた壮司は説教を切り上げ、ひどい顔色の沙耶をベッドに寝かせる。
「具合よくなるまで寝とけ。俺も寝るから」
そう言って、少し間隔をあけて隣に寝転ぶ壮司。すると、何か言いたそうな顔をした沙耶が、ジッと壮司を見つめている。
「どうした?」
気になって尋ねると、視線をそらしながら小さい声で、
「壮司にも、何かした……?」
「……………」
と、ぼそり。
その言葉を聞いた壮司は、まるで頭をハリセンで叩かれたかのような衝撃を受けた。
(………いや。わかってただろ、俺……)
たぶん、話の流れ的に昨日の出来事を覚えていないと、わかってはいた。
しかし、後半の方は少し意識があったように感じていたため、覚えているかと少し期待していたのだが……。
「あーあ……。わかってた。わかってはいた。でもなー……。はぁぁぁ……」
「え? 何? 壮司?」
沙耶の方から初めて距離を縮めてきた。それがまさか、あの瞬間も酔っ払っていただけだったとは……。
少し期待があっただけに、壮司の落ち込みようは半端ではない。
「………本当になんも覚えてねぇの?」
「え、えっと……」
バツの悪そうな表情を浮かべて、沙耶は目を泳がす。つまりこれは、『覚えていない』ということ。
少し浮かれていただけに、恥ずかしい思いをした壮司は、両手で顔を覆って沙耶に背中を向ける。とても泣きたい気分である。
「ね、ねぇ」
「……………」
「ねぇってば」
つんつん、と沙耶が壮司の背中をつつく。
酔っていた自分が壮司に何をしたのか教えてほしいのだろう。
しかし、昨日のことを沙耶に教えたところで信じるわけがない。一〇〇パーセントありえない。いつものように、ツンケンして終わるのが目に見えている。
(言うだけ無駄だ)
と、無言を貫こうとして―――ふと、悪戯心が顔を出す。
(どうせ覚えてねぇし、それをネタに少しくらいからかったって問題ねぇだろ)
ニヤける悪い顔を消して、壮司は沙耶の方へと振り返る。そして―――。
「沙耶」
「な、何……?」
「眠たくなると無防備になる癖、どうにかした方がいいんじゃねぇの?」
「………え?」
「また押しつけてきたんだよ」
「え? 何?」
「おっぱい」
「……………」
「俺の体にグイグイッと」
「……………」
「心配だな、俺は」
「……………はあ!!?」
キョトン…とした後、驚きに見開かれる目。
しかし、壮司の悪戯心は止まらない。
「おぶって帰ってきた時、また俺の背中におっぱい押し付け「てない! それは絶対ない!!」
沙耶は首を左右に激しく振り、全力で否定する。しかし、覚えていないことを指摘すれば、反論できずに口ごもる。
「人のこと、おっぱい星人って言う前に、自分が人におっぱい押し付けるのやめろよ」
「だからっ!」
「手で揉んでやろうか?」
「バッカじゃないの!!!」
顔を真っ赤にした沙耶が、近くにあった枕を手に取りぶん投げるが、壮司はそれを軽々とキャッチ。その後、更に言葉を続ける。
「遠慮すんな。胸も大きくなるし、一石二鳥だろ」
「バッカじゃないの!!」
「昔から、もう少し胸が大きければ、って言ってたろ」
「バッカじゃないの!!」
「さっきから同じ言葉しか言ってねぇな」
「バッ…………もう…っ……アホ! あっち行け!!! アホ!!!」
勝ち目がないとわかったのか、沙耶は布団を頭まで被って壮司に背中を向けた。その姿を見て少し気が晴れた壮司は、とても満足げだ。
すると、負けを認めて布団を頭から被っていた沙耶が、隙間から少しだけ顔を覗かせる。
「なんだよ」
「………だから……」
「?」
「………あんた以外、の人に………おぶらせるなんて、ないんだから……! ………別に、無防備じゃない、のよ……………アホ」
隙間から少しだけ見えた顔は、まるでゆでダコのように赤い。そのことを口にしようとすれば、すぐさま背中を向けて、芋虫のように布団にくるまってしまう。
「………なぁ、沙耶」
「何よっ!」
「昨日のこと、覚えてるんじゃ「うるさい!! 覚えてない!!」
沙耶の反応はあからさまだ。
「………してやられたな」
沙耶の様子を見ながらそう呟く壮司。しかしその顔は、とても嬉しそうに笑っていた。
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