第4話 業火を纏いし者 魔装撫子


『完成まで予定を繰り上げました。ですがそれでもご期待に添える物が出来るでしょう。』


 依頼をしてすでに半月を越えるも届かない望みの品。草薙を率いる現当主には焦りが見え始めていた。

 今までこのような事態に何度も遭遇してきたが、やはり慣れるものではない。だが、そんな焦りを表に見せれば事情をよく飲み込めぬ宗家の者が暴走しかねない。


「ふぅ・・、つくづく当主と言うものに向いていないな・・・オレは・・・。」


 皆にかけられる期待が重い時も数え切れぬ程ある。それでも前に進めるのは、自らが選んだ若者達がこの地球を守る第一人者となり、今も世界で活躍し続けている。そして、草薙の次代当主もその一人。自分の背を見て育った者達の成長こそが、宗家の血筋を持たぬ一般人から選ばれた草薙炎羅の最大の武器でもある。


 しかし、その時は刻一刻とせまり現当主は焦燥し続けていた。




「・・・・くっ・・・・あっっ・・・熱い・・・よ・・・・・!」 


 真夜中の病室、自らの体に異変を感じた少女。睡眠中、その異変に強引に覚醒された体は以前にも増して苦痛を訴える。


 体が焼ける様に熱い――

 喉がチリチリと渇き、水すらも熱く感じる――


 神霊の業火が徐々に少女桜花の体を焼き尽くしていくかの様に・・・。


 ふとその傍らに何も出来ず、ただ見守る事しか出来ない者の姿があった。


「このままではだめだ・・・。主のこんな姿は見ていられない・・・!」


 神霊の少年は主となる少女が口にした叔父さま、即ち草薙表門現当主の草薙炎羅を、その男が自らの声を病室越しに聞き考案したであろう秘策を、ただ祈る様に待つ。神霊である少年が天に万に一つの望みを祈るのだった。




                    *


 

「こちら東首都防衛管轄部!宗家へ緊急入電!」

「10体以上の野良魔族を確認!現在なおも移動中!・・至急対魔行動願います!繰り返す・・・!」


 草薙裏門の当主騒ぎも収まらぬ中、火急の事態が訪れる。状況からすれば最悪のシナリオ、突如発生した野良魔族が東首都の郊外へ向かっていた。その行く手にある物、宗家管轄の総合病院――そう、草薙桜花の入院する病院だった。

 そして、現在この方面を守護する宗家対魔部隊は首都外の野良魔族鎮圧に向かっていた。本来であれば、病院施設を含む様々な宗家関連施設が密集する地帯には、対魔結界である【ヤタノカガミ】が展開されているはずである。


「野良魔族がこちらに・・!?・・ばかな・・【ヤタノカガミ】はどうなっている!」

「それが・・恐らくは【ヒノカグツチ】の霊力干渉により綻びが・・・。」

「・・・当主継承の儀失敗が影響していると言う事か・・・!・・くっ・・!」


 儀式が成功した後の事ばかりが頭にあった宗家の堅物連中は、今になって表門現当主の行き届いた考察に気が付くと言う皮肉の結果となる。だがすでに野良魔族は病院に迫る勢いであり、草薙炎羅も今外出中と報告が入っている。


「何故こんな時に当主まで不在なのだ!?・・・いくら頭が回ったとて、危機の際に居ないのでは意味がないではないか・・!」


 儀式を強行した一派でもある宗家幹部が、自分達が行った事など棚に上げ不在当主に悪態をつく。

 混乱を極める宗家。彼らではこの事象に何の対処も出来ぬのは明白であった。




「急げ・・!魔族が向かっているぞ!重病人を最優先で移動させろ!」

「結界はどうなってる!?なんで魔族が入り込めるんだ!?」


 宗家管轄病院が緊急退避を始めている中、その状況はすぐに入院中の桜花も知る事となる。


「・・・うそ・・、野良魔族が侵入・・!?この辺りは結界が・・・。」


 言葉を発した瞬間、この状況に説明が付く存在がいると直感し、その対象に目をやった。


「そうだ、私の霊力が制御しきれていないのが原因だろう・・。この一帯に張り巡らされた結界に干渉している様だ・・。」

「やっぱりそうなのね・・・。」


 すぐにでも避難しなければ野良魔族の餌食になる。誰もがその考えに至り、すぐに避難を図るだろう――だが、この部屋に居たのは病室住まいの患者ではなかった。


「・・・戦おう・・・!カグツチ君・・・!」


 その決意に満ちた言葉に、神霊の少年すら一瞬言葉を失った。この絶望的な状況で立つ事もままならぬ、とても戦える体ではない少女の意志。神霊の少年は神世で破壊神の異名をとるその名にかけて、己が主となる者の意志に反する事など出来なかった。


「分かった・・!ただその体の君を守りながらは、今の私では充分な力を発揮できない。」

「うん!後衛で結界を何とか維持する事に専念するよ!」


 そして二人は決意のまますでに敷地内に侵入せんとする魔族討伐に向かう。そこには例え車椅子に乗った体でも守るべき者のためなら、襲い来る危機にも立ち向かう次期当主の姿があった。


「ぐるるるぅぅ・・・!」

「・・ぐおおおぉぉぉ!」


 すでに数体の野良魔族が、病院敷地内で目に付く物を破壊しながら侵攻してくる。

 と、その先頭にいる魔族を無数の火柱が襲う。


「ぎゃぉぉぉおおお・・!」

「うおおおおぉぉ!」


 業火を放つヒノカグツチ、そのまま火達磨になる魔族に火線刃の一撃を見舞う。


「あっ・・・く・・ぅぅ・・・。」

「桜花っ!・・・くっ・・・火線放出系は負担が大きい・・・!」


 霊力放出は著しく体に負担をかけるのであろう、桜花が焼ける様な激痛に顔を歪ませる。ならばとヒノカグツチは、霊力消耗を押さえ肉弾戦に移行する。

 

 しかし、いくら神霊とは言え殆ど霊力を抑制した状態では戦える物ではない。今世界で発生している魔族の中でも、日本は災害の中心地であった事もあり、高位クラスの野良魔族発生が後を立たない。それらが群れをなしているのだから。そしてジリジリと後退しながら、少しずつ劣勢度合いも増してゆく。


「・・・桜花・・!頑張ってくれ・・!」

「・・・・くっ・・大丈夫・・・。カグツチ君は・・戦って・・・。」


 追い詰められる神霊と次期当主。宗家の援軍すら来る気配のない二人だけの戦い。もう後が無い程魔族に追い込まれ絶対絶命の危機――そのさなか、神霊の少年の耳に遥か遠くから一つの音が届く。甲高いエキゾーストノート、激しいスキール音。

 その瞬間ヒノカグツチに闘志が舞い戻り、眼前の魔族群をなぎ払う。


「うああああぁぁーー!燃え尽きろーーー!」


ドンッッッ!!!


 弾け飛んだ魔族達、するとそこへ道が開ける。まるで桜花の元へ伸びるかの様に。

 その道に向かって高速で疾走する一台のスポーツクーペ、ドリフトターンから激しいスモークを煙幕にし桜花の元へ現れたのは、桜花が待ち望んだ叔父――草薙炎羅だった。


「・・・おじ・・様・・?」


 その小さな体を盾にして命を守り続けた少女、炎羅は言葉にならぬ思いでいっぱいだった。


「・・・よく・・・耐えたな・・・。それでこそ次期当主・・、よかった間に合って・・・!」


 少女をその苦しみが少しでも癒される様に強く抱きしめ、そしてその手をゆっくりと放し勇ましき次期当主へ出来上がったばかりの贈り物を渡す炎羅。それは小さな、だが精巧に作られた霊力を伴う一振りの短刀。


「もう君はその苦しみに苛まれる事はない・・・。これは君のために生み出した、そして絶大な霊力と心優しき魂を持つ破壊神とを繋ぐ物・・。霊導器【アメノムラクモ】だ・・!」


 煙幕がやがて晴れ、目標を見失い右往左往していた野良魔族が晴れかけた煙幕の先に攻撃対象を再び発見し、数体が同時に襲撃した。


「――草薙流・閃舞闘術・・霊式-双!閃業烈火っっ!!!」


ズ・・ドォォォン!!!


 煙幕が業火の巻き起こす爆風に弾き飛ばされ、襲いかかったはずの野良魔族も上空に跳ね上げられ地面に激突し、絶命する。

 その爆風を巻き起こした先に一人の少女が立っていた――巫女装束を現代調にしつつ凛々しく整えられた装束。防御を担うと思われる軽装甲冑に陰陽紋。赤と白を中心とした色調には高貴さと力強さが称えられている。


 野良魔族の大群は知能と言う物がもし確立されているなら戦慄したであろう、いや本能でそれは感じ取れるかもしれない。

 そう、目の前に立つ少女は、今全てを焼き尽くす炎の神を手中にしたのだから――


「これが・・霊導器【アメノムラクモ】・・。でも私・・立って・・それに歩けてる・・・。」

「我がマスター、それは私が霊力で神経系パルスを補完しているんだ。もともと神経系以外は正状だからな。」


「桜花・・いけるな・・?」


 今草薙桜花の前に恐れる物など無い。二人の支えが彼女に神の如き力を授けてくれている。


「はいっ・・!草薙流裏門当主筆頭・草薙桜花・・!推して参りますっっ!!」

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