第3話 少女の慈愛に揺さぶられし神
古風な城と遺跡、代々伝わる由緒正しき円卓を囲む騎士達により、今尚守護され続ける大英帝国イギリス。騎士といってもその姿は様々であらゆる面で国家の柱となっている組織、それが【
近年では世界の表舞台での活躍が減少しているが、あくまで表向きである。大英帝国では【
その理由として、神々と共に
「はい、こちらBNOR(騎士会の略称)担当です。・・・はい、ではお取次ぎ致します。」
BNORへ日本より機密AAAの回線連絡が入る。その回線は、高密度の霊力結界を持つ世界有力守護機関による共同出資の人工衛星、アメノトリフネを経由し送られる、世界の通常機関では傍受不可能な国家間連絡設備である。
「アリス代行、お電話です。日本の三神守護宗家より草薙当主殿からです。」
「・・あの~私はアリス様の代行は無理ですよ?せめて私の名を、ブリュンヒルデと呼んで下さいませんか・・?」
「ふぅ・・、大事なお仕事中です。アリス代行とお呼びします。」
「・・・うぅぅぅ~・・・。」
機密AAAの超極秘回線の先で、なんとも気の抜けたやりとりで一人の少女が肩を落とす。その少女は観測者の不在中管理を任された世界で極めて重要な人物である。
・・・会話のやりとりはともかく・・・・。
ブリュンヒルデと名乗った少女は地球の人とは異なりし物にして、観測者アリスより享受するあらゆる事象を啓示として伝える、または実行する調律者を担う霊的ガイノイド【
その少々怠慢気味な性格はともかく・・・。
「はい~、アリス代行です・・・。(うぅ~なんかここが日本国ならお客を車で送迎する人みたいです・・・。)」
実に相手が日本ならば笑いのネタ的な名称だが、【
「はい~、・・・・はい、桜花様が・・?・・・はい、分かりました。それについてはBNORへ・・・・いえ、【
【
「いいですか?桜花様のお命が掛かっています。予定期日までに仕上げますよ?」
「期日通りでは遅いですね。計画を繰り上げます。よろしいですかブリュンヒルデ。」
「はい、お願いします!」
回線の向こうでは桜花の叔父である炎羅が、一抹の望みをかけた回線を祈る様に閉じていた。
*
入院生活はずっと大変です。特に私は今両足が動かない状態です。宗家お付の人は「儀式の余波を受けたが、大丈夫。一時的な物だ。」と言います。
けど、真実は自分が一番よく分かってます。そして何より私に宿った彼がずっと、ずっと理解しています。でなければあんな事は話してはくれません。
きっと、とてつもなく長い時の中で後悔してきたんだと、あの時思いました。
「宗家の人はなんて言ってるんだ?」
「すぐ良くなるって言ってる。」
「(そうか、賢明だな・・・)他には何か言ってたか?」
ひと時を楽しむ会話――には重い話題。だがそこからさらに事態は深刻になって行く。その間神霊の少年は何かに気付き、そちらを意識しながら会話を進めた。
「桜花様はまだ未熟であったため、力を全て受け入れずに瞬間的に流れ込んだ?霊力が暴走しただけ・・・、だったっけ?」
その言葉の後しばらくの間沈黙し、再び神霊の少年は口を開く。桜花と、先ほど気付いた気配の主に向かって・・・。
「草薙桜花、よく聞いてくれ・・・。君は未熟な器ではない、むしろその逆だ・・。」
「逆って・・?」
そう、桜花は一瞬言葉の意味がよく分からなかった。――だがその言葉は、少年が気付いた先の気配の主に届き、その主は理解した。そして少年の話の続きを聞く前に物静かに、しかし極めて逼迫した表情で気配を消していた。
まだ理解しきれていない少女に、少年は言葉を選びつつ、細心の注意を払いながら告げる。
「君は存在した時から神霊の霊体を宿す事が出来る存在・・。【
【
しかし、彼女はそうではない。彼女の両親である【草薙界吏】と【シエラ・シュテンリヒ】は先天後天の違いはあれ、共に【
「そう・・・、なんだ・・・。えへへっ・・。」
神霊の少年はとにかく慎重に言葉を紡いでいた。が・・・、眼前の少女は哀しみや絶望など微塵も感じられぬ飛び切りの笑顔で笑って見せた。
「桜花・・、これは重要なんだ!もし私が力を使えば君と言う器に大量の霊力が・・・!」
その笑顔に慌てたのはむしろ神霊の少年だった。慌てたあまり自ら失言してしまう。
「うん、そんな気がした。・・・・でもね、それと一緒に嬉しくなったんだ~。お父様やお母様と同じだったんだ~って。」
その笑顔を見た少年はまだ少女に話しておかねばならない、話を切り出した。それを語る少年の顔は、後悔の念により歪んでしまう程の哀しみに包まれていた。
「私は・・・神世に生を受けたその日に母を業火で焼き、死に至らしめた・・・。そして父に刃を向けられ、肉体は滅び、根の国でその魂を幽閉された・・・。」
無念の表情で切々と語る少年・・・。それは最早神霊とは言えない程に小さく思えた。
「そして私はまた、主とならんとする君を紅蓮の業火で焼き尽くそうとしている!もう私は・・あんな思いは二度としたくない・・!なのに私は・・・!」
悲痛の叫びで小さく、いと小さく震える少年の言葉をさえぎり、少女は今はまだ動く両手で抱きしめた。強く抱きしめた。
「大丈夫。まだ大丈夫。きっと叔父様がなんとかしてくれる。私の叔父様はすごいんだよ?」
神霊の少年は一瞬何が起きたのか分からなかった。だが今自分が置かれた状況に古き記憶の中たった一度だけ、同じ経験をした事を刹那に思い出す。
最早いくらの年月が流れたか分からぬ、己が業火で母を焼き死に至らしめたあの日全ての神々の殺意が自分に向けられていたあの瞬間、たった一人だけ自分を抱いてくれる者がいた。業火に包まれたこの体を、同じく輝く太陽の様なまばゆい――しかしとても優しい炎で力を抑えながら、すでに父の持つアメノオハバリに切り裂かれた私を抱き、
『大丈夫。生まれ変わればきっとあなたを、あなたの力を大切な人のために使える時が来るから・・・。少しだけ・・・お休みなさい・・。』
その言葉がなければ、きっと世界を後悔により滅ぼすただの悪鬼となっていたはずだ・・・。
あの、アマテラス姉さまの言葉がなければ・・・・。
「カグツチ君・・・、一緒にこの世界で大切な人を守って・・・。悪鬼を屠る草薙の剣として・・。」
ああ――その言葉をどれだけ待ち続けただろう・・・。神霊の少年はこのアマテラスオオミカミの化身の様な少女にその身を全て捧げようと、心に誓うのだった。
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