第2話 嘆きの炎神
まるで自分の全てが焼き尽くされる様な感覚。このまま死んでしまうのかな?
あの時覚悟はしていたけれど、やっぱり怖かった。熱く、とても熱くただ叫ぶしか出来なかった。
けど、聞こえたんだ――私を焼く業火の中から
「・・・・やめろ・・・・!もうあんな思いは嫌だ・・!・・・やめてくれ・・・!」って――
病院の一室で儀式で起きた恐怖の中で聞こえた、悲痛にも似た叫びが少女はずっと気になっていた。自分ではない誰かの声、でもはっきりと思い出せない。 今日もそんな事を考えながら動けないベッドの中で眠りにつくのだった。
*
「・・・・儀式失敗の原因はやはり、彼女にはまだ早いと言う事です。」
先の儀式失敗で、最早袋小路に陥った草薙宗家の臨時召集会議。自分の姪がそのために心身的なダメージを負った事を、儀式強行を迫った宗家外当主反対派に強く非難する現当主炎羅。
「だからと言って手をこまねいている訳にはいかん!ローマ・ヴァチカンや米軍対魔戦線でも、大量の野良魔族を確認・討伐したと報告されている!」
「そもそも我が国が発端の大災害が原因なのだぞ、あれは!」
世界は古代オーバーテクノロジー、通称【
それは詰まる所、
さらに言えば現在【
「皆の意見は最もであります。ですがせめて、桜花の容態が安定するまで儀式継続を見送って頂きたい!」
宗家会議は収穫の無いままいったん終了とされた。しかし現状手段がそれしか無い以上ただの時間稼ぎでしかないのは明白であった。
「界吏・・・、シエラ・・・・。すまない、桜花の身を危険に晒してしまっているな・・・。これでは何のために当主になったのか分からないよ・・。」
界吏、シエラとは桜花の実の両親であり、現在月面の施設で惑星間の防衛拠点維持に当たっており、当主として桜花を預かっている状態なのだ。そして界吏、は草薙界吏として本来裏門当主に就くべき人間なのだが、月面の施設がその妻シエラと共に適合しており、二人なくしては設備運用もままならないといった事情がある。
それらを踏まえ、草薙桜花が時期当主となる事は炎羅も想定していた。が、あまりにもそれが早急すぎたのだ。
会議後準備もそこそこに、炎羅は日課となった桜花の見舞いへと向かう。宗家裏門とまではいかないが、表門においても危険が付きまとうため当主が護衛も付けずに出歩くのは問題がある所だが、炎羅の信念でもあった。
自らが単身出向き多くの人脈を築いてきた功績は、彼を慕う宗家の者達より広く伝えられ、彼のような当主を求めていたと言う声は非常に多いのである。そのため当主が重要案件に関する移動手段として、自らの愛車で駆け巡るのは日常となっている。
その当主炎羅は桜花が入院する総合病院まで程なくの距離にいた。その炎羅の愛車は桜花が病室から駐車場を遠目に分かる程に異質である。真っ白な車体に4人乗り前提とされたスポーツクーペで低く構えた車高にワイドエアロを纏う。その車が病院に着くと駐車場に停車した後、改造されたドアを斜め上方に跳ね上げ降車する。病棟でおとなしくしている日々の姪っ子にとっても一つの楽しみであった。
炎羅はいつもの様に駐車場に停車すると大切な姪のいる病棟を見上げる。が、いつもなら愛車の排気音にも反応する少女が、珍しく顔を出さない。
「どうしたんだ?桜花は・・。」
ここは宗家管轄の総合病院、万が一にも侵入者や事件は無いはずだが少しの警戒を持っていつもどおりに病室へ向かった。
少女がいるはずの病棟に差し掛かる炎羅に見慣れぬ声が届く。姪っ子の病室からだ。とっさに警戒レベルを上げた炎羅だが、当の姪っ子から微かに楽しそうな笑い声が聞こえ、落ち着きながら様子を覗い病室前で待機した。
「びっくりしたよ・・。もっと怖い姿かと思ったもの・・。」
「いや、もっと怖くもできるぞ・・?」
「・・・う~ん、今のままで・・。」
桜花に来客の予定はなかったはずだが、ずいぶんと親しげに話す声の主。声質からは少年の様だが、なおそれならここに存在出来る説明がつかない。
しかし、炎羅は宗家きっての観察眼の持ち主としても知られ、他人では不可能とされる事象の対処や人材に対する卓越した判断で、次々と有能な者を見つけて育て多くの難題を解決に導く、宗家内でも数少ない文官資質の当主との名を馳せている。
聞きなれない声の主から非常に強い霊力波が漏れ出しているのを逃さなかった。
(・・・これは・・・、まさか神霊が具現化しているのか・・・?)
あり得ない話どころか、むしろ合点のいった草薙家当主はそのまま事の顛末を聞き届ける事にした。危険と判断すればいつでも飛び込める様、警戒は怠らず。
少女がいつもの様に目覚め、入院生活で一つの楽しみである朝食を終えた頃、何かの気配を感じた。――いや感じたどころかダダ漏れだったため、気付かない方が無理であった。
そこで少女は警戒しつつも、まるで自分の分身の様な安心感を同時に感じていたため、思い切って声を掛けた。
そして臆する事なく堂々と現れたそれは、灼熱の太陽を彷彿とさせる髪と、どこか古風な趣の装束で、同年代の少年の姿をしていた。
「でも神霊ヒノカグツチさんが、どうしてこんな所に具現化したの?」
眼前のそれは正真正銘まごう事なき天津神の霊神、炎の破壊神ヒノカグツチである。だが、臆していないのは少女も同じか神霊を前にして、まるで親しい友達の様に話しかける。
「怖く出来るとは言ったが、君は本当に今の私が怖くないのか?」
「何で?怖い神様なら私みたいな数えきれない内の一人、その人間とおしゃべりなんてしてくれないでしょ?」
「・・・うむ、一理ある・・・。」
神をも疑問視させる対応に、少女は笑顔のままぐうの音も出ない回答で返した。
「やはり私の目に狂いはなかったようだ・・・。」
その少女の姿からは想像も出来ぬ懐の深さと、凜とした態度を目の当たりにした炎の破壊神は少女――その破壊神にとってマスターとなる時期当主へ語り始める。
その世界を焼き尽くす炎を持ちながら幾数億の時の中、決して忘れられぬ己の悲しき胸の内を。
このマスターなら全てを曝け出せるとの決意と共に――
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