第7話 謎の生物と険悪な二者面談。

  澄み渡る空には、未だに雲ひとつ存在していない。相も変わらず遠くでは賑やかな騒音が無限ループしている。もう今が何時かなんて考えることすら忘れていた。

  ソラは独り、部屋の窓から見える景色を眺めながら溜息を溢す。そしてゆっくりと、今のこの状況を整理し始めるのだった。

  まず、花坂から施設のことや能力について説明ーーオリエンテーションを受けていた。すると突然の地鳴りが起こり、一階で暴走しているという"ナニカ"を対処するよう花坂に指示される。勿論、状況を理解していない彼を除く三人、ユイ、ソウマ、ハヅキはブーイングをボヤきつつ廊下へ出て行った。

  ここまではいいのだ。問題はその後、花坂は彼らについて行くことを促し、当然ソラはその声の方向へ身体を向けた。

  しかし既にその声の主は、側にいたカグラと共に姿を消していたのだ。さっきまでボリボリ食べていたお菓子も綺麗さっぱり無くなっている。まるで元からそこに存在していなかったかのように。

  不思議なことに、二人は廊下へ出て行った訳でもなければ窓から飛び降りた様子もない。ここで初めて、ソラのか細い呟きが発せられるのだ。

  ここまで整理をしたところで、ソラには一つの仮説が浮かんでいた。通常であれば一瞬にして姿を消すのは容易ではない。二人のいた位置に落とし穴があって、それに叫び声一つ漏らさず無言で落ちてゆくなら話は別だ。花坂一人ならなんとかなるかもしれないが、雷程度で泣き叫んでいたカグラには到底無理難題だろう。しかも机一杯に広げていたお菓子すらない。よって落とし穴案は却下とすると、他に想定できるとしたら"能力"だろう。

  気になるのは、その能力は一体どんな能力で、カグラと花坂のどちらの能力なのかだ。

  ここまで冷静にに推理をしたものの、この先の展開が全く掴めず考えることを止めたソラは、何事もなかった顔で部屋を後にした。


  「さて、俺はどうすりゃいいんだ?」


  アホみたいに推理をしてした所為で、当然ながら彼ただ一人だけがこの場に取り残されていた。例えるなら、修学旅行で見知らぬ地に赴いた際、集団行動をしていた筈なのに気付けば周りには誰もいなくなっていたパターンだ。実際問題、そんなことが仮にでも起きてしまったら、完璧に絶望するだろう。しかし今回は違う。何故ならーー臭い、何かが焼けるような、溶けるような、吸ったら身体に影響を受けそうな異臭が廊下一面に漂っていたからだ。要はその異臭の元が目的地となり、道標となる。火の無いところに煙は立たないのだ。

  彼は手で鼻と口を押さえつつ、手掛かりを頼りに道を進んだ。一階へ続く階段の手前まで進むと、異臭の勢いが更に増しているのがわかる。

  今直ぐ引き返したい気持ちを抑え、階段を降りていくと、長い廊下の先に微かではあるが、人影が見えた。その人影に安堵しつつゆっくり足を進めると、こちらに気付いた一人が声をかけてくる。


  「あ、そらっちー!遅いよ〜何してたの?」

  「あ、あぁ。まぁちょっと考え事を……」


  歯切れの悪い答えにユイは首を傾げるが、それほど気にも留めなかったようで、「そっか」と返すや否や此方へ手招きをしてきた。

  ソラはその手招きに応じ、現場を確認する。

 そこには、ドロドロとした動く謎の液体が周囲を常に溶かしていた。

  これが、異臭の正体。先程まで無意識に声のボリュームを上げていたが、実は声を張りあげなければ相手に届かないほどの焼き焦げる音が辺りに響いていた。

  本来この場所は、学校の施設で例えるならば体育館だったらしい。しかし今ではその面影すらない、ただの溶岩地帯と化していた。床は陥没し、一歩先は崖になっている。その下一面に広がる溶岩の中に、一箇所だけ隆起した部分が見える。どうやらアレがこの状態を引き起こした犯人であり、これから鎮めるべき対象ということだ。


  「で、あの悍ましい物体は一体どんな災厄なの?」

  「ほら、さっき花坂先生が言ってたやん?アレが能力が暴走した姿ってやつだよ。ウチらはこれからあの災厄を退治……じゃなくて鎮めるってワケ」


  軽々と言ってのける彼女の言葉に、多少の絶望を覚えるソラ。これから彼に、文字通りどんな災厄が起こるかなど知る由もなかった。


  ソラが部屋を後にした頃。突如として姿を消したカグラと花坂は、本来ユイ達が居るべき教室で、ちょっとした二者面談を行っていた。


  「それにしても、君は相変わらずお菓子が大好きだな。しかし貯蔵庫からお菓子だけ盗むのはそろそろ勘弁してくれ……。お菓子も一応備蓄用の大事な食糧なんだ」

  「盗られたくなければ、せいぜい見つからない場所に移す努力をすることね」


  彼女は嘲笑いながら備蓄用の大事な大事なお菓子をまたひとつ口にする。それをただ絶望した目で眺めることしかできない花坂。


  「そういえば目を覚ました彼、ソラと言ったかな。彼は本当に何も覚えていないのか?その、名前以外は」

  「ええ。ここに来る以前、電車に乗ったことくらいしか覚えていなかったわ。勿論能力についても」


  ソラについて情報を得ようと試みるも、その希望をアッサリと打ち砕くカグラ。思わず花坂は額に手を当て考え込む。


  「アンタの能力はとても危険だってことは重々承知だよな?正直、俺らがアンタを抑えられるかどうかすら怪しい。それに、アンタが本気を出せば、こんな所いつでも逃げ出せるだろ?」

  「何が言いたいの?」


 彼女は不機嫌そうに視線も合わせず、淡々とお菓子を頬張る。


  「つまり、それほど危険なアンタがいるこのクラスに彼が現れたんだということ。……あとは何が言いたいかわかるよな?」


  花坂の威圧的な態度に、彼女は手を止め無言の返事を返す。


  「恐らく彼をここへ連れてきたのはアイツだ。記憶を操作できるのはアイツの本分だしな。能力がバレないよう御丁寧に削除しやがったんだ。上は彼の素性を必死に探ってはいるものの、個人情報も何もかも綺麗さっぱり消えてやがる。今後彼が自分の能力を思い出し、この施設にとって脅威になってしまってからでは遅い。だから彼に不審な点を見つけたら、逐一俺に報告をして欲しい」

  「あら、あなたに報告する義理なんて無いわ」


  清々しいまでにその頼みを断り、軽く嘲笑ってみせる。しかしその返答を予測していたかのように彼は笑みを零した。


  「相変わらず可愛くない子だな。ならこれでどうだ?アンタは彼のことを俺に報告する。その代わり俺が知り得た範囲でだが、お前の弟についての情報をくれてやる。もっとも、お前がここに留まっている理由はこの事なんだろ?」


  『弟』


  その単語を耳にした瞬間、彼女の顔から先ほどまでの嘲笑の笑みは消え、驚愕へと一変していた。あまりのショックに口は開くが声が出ず、悔し紛れに唇を噛み締める。そして何も言い返すことができない自分に怒りを覚えながら、教室を後にするのであった。

  教室には、憎たらしい笑みを零す花坂と食べかけのお菓子だけが残されていた。

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