第6話 魔法と能力。

  施設内に鳴り響く轟音。管理者達は皆騒めき始め、やがて一人の男に視線が集まる。


  「おい、花坂!起きろ!」

  「いや〜だから肉か魚かで言ったら絶対魚だって〜。不飽和脂肪酸は魚の方がな……」

  「こいつ、どんな夢見てんだ。おい!花坂!」


  轟音が鳴り響くこの状況で、謎の寝言を呟く男。名は花坂、この男こそがユイ達のクラスを管理する者だ。


  「……ん。おぉ如月。なんだ飯かぁ?」

  「ちげぇよ!またお前んとこの能力者が暴れてんだ!さっさと見てこい!」


  いまいち状況が飲み込めていない花坂に、周囲のきつい視線が更に追い打ちをかける。


  「み、見て来ます!」


  逃げるように管理室を出て行く花坂。実は彼が管理するクラスは、頻繁に能力を使っては施設の物を壊す悪名高いクラスとして有名なのだ。しかも修理代は半額負担。故に花坂は、今晩の食費にすら悩まされるカツカツな人生だった。


  「ったくもういい加減限度ってもんを覚えてくれよ……。これで何回目だと思ってるんだ」


  ぶつくさ文句を垂れながら自らが管理するクラスへ向かう。一階にある管理室から二階のクラスまでは割りかし距離が近い。何故距離が近いかはさすがに察しがつくだろう。

  彼は早々に自らが管理するクラスへと辿り着くが、人の気配はなく静まり返っていた。ならばと花坂は次の目的地へ向かう。

  管理する人間ならば、大体の行動パターンは把握している。ここにいないとなれば、恐らく次に向かったのは一番端の教室。


  「おーいお前らー!もうそろそろ加減ってのを覚えてくれ……って、おぉ少年。ようやく目が覚めたか。オハヨウ」


  子供達を叱るつもりで勢いよく入ったつもりが、予期せぬ展開にそれどころではなくなってしまった。


  「え、あ……おはよう?」


  一方ソラは見知らぬおっさんに挨拶され、思わず反動で返してしまう。彼にとってこの男とは初対面であり、当然ながら警戒の対象だった。

  見るからに怪しい。若干天パのかかったボサボサな髪に無精髭。服装はこれから理科室で実験でも行うかのような長い白衣を纏っている。そして極めつけはメガネの奥にくっきりと映るクマ。年齢はまだ三十代半ばなのだろうが、この見て呉れの所為でプラス十歳は老いて見える。

  こんな明らかに怪しい人物に安心してこの身を任せられるかと言ったら、誰もが首を横に振るだろう。彼をこんな姿にしたのは、彼のすぐ側にいる三人組の所為だとも知らずに。


  「あ!花坂せんせーおはよー!」


  不信がるソラのことなど露知らず、ユイはトコトコと花坂へ向かう。飼い慣らされた犬の如く、尻尾を振っておっさんへタックルをかましていた。それより、今聞き捨てならない単語を聞いてしまったのは果たして気のせいだったのだろうか。


  「お前ら、また部屋で派手に暴れただろ!また俺の給料が修理代で消えちまう……」

  「ところがどっこい!」


  絶望の余り白目を剥きそうなおっさんに対し、ユイは先程まで生えていたリンゴの木の方を指差す。

  その先には、雷の衝撃によってバリバリ割られた窓ガラスが散らばる部屋ーーではなく、どこも損傷していない綺麗な部屋が広がっていた。

  一瞬目を疑うおっさんだったが、すぐにその状況を理解する。そしてソラの方へ視線を移した。


  「そういえば、自己紹介がまだだったな少年。俺の名は花坂、ユイたちのクラスを管理する者だ」

  「俺はソラ……です。っていうか、さっき先生って言葉が聞こえたような……」


  突然現れたおっさんも気になるが、学校でもないのに先生と呼ばれていることの方が更に疑問だ。


  「あぁ、それはこいつらが勝手にそう呼んでるだけだ。まぁこの部屋の構造を見れば察しはつくだろう。ソラ君も呼んでくれて構わんのだぞ」

  「え、遠慮しておきます……」


  金の心配がなくなり若干元気を取り戻した花坂が見せる全力のキレ顔に、若干どころでは無くドン引きする一同。


  「ご、ゴホン。ところでソラ君。君はどんな能力を使えるんだ?いや今、むしろ現在進行形でと言った方が正しいかな」


  いきなり話を振られ、彼は理解に苦しむ。もっとも、自分の能力について認識していなければ、意識的に能力を発動しているわけでもない。

  そう、無意識で発動している場合を除けば、他に思い当たる節など存在しない。しかし、能力すら理解せずに無意識に発動することが、果たして可能なのだろうか。

  冷や汗を垂らし黙秘を続けるソラの背後から、天の声が囁いた。


  「花坂、この人に何を聞いても無駄よ。なんせ記憶を失っているのだから」


  前言撤回。天の声ではなく、悪魔の気紛れだった。しかし悪魔の、いや小悪魔の気紛れとはいえ一先ずは助かったことに変わりはない。

  花坂は天パ頭をポリポリ掻くと、暫く少年を凝視する。男の眼には"疑い"の二文字しか写っていないようだ。


  「そうか。君がこの施設の前で倒れていた頃から、どうも外部との連絡が遮断していてね。てっきり妨害系の能力かと考えていたんだが。どうやら見当違いだったようだ」


  諦めがついたのか、花坂は漸く口を開く。

  こちらとしては、悪気がなくともここまで長く疑いの目で見られるというのはとても心地が良いことではない。今回に限っては全く身に覚えがないのだからこれまた仕方がないのだ。

  そんなことよりも、少年にはずっと気掛かりなことがあった。むしろなぜ今まで疑問に思わなかったのだろうとさえ思う。よくよく考えればカグラも、そしてソウマも同じようなことを口にしていた。

  それはーーソラがこの場所に現れたあたりから、周辺の様子がおかしいということ。妨害壁を張れば外の様子が分からなくなるし、電波を遮断すれば電波時計は時を失う。ならば外部との連絡が遮断されてしまうという事にも納得がいく。もしくはソラをここに連れてきた何者かの仕業、という可能性もある。しかしそれらを今ここで説明したところで、花坂の疑いの目から逃れることは難しいだろう。


  「ま、少年も無事目が覚めたことだし、色々と説明しなきゃだな。早速で申し訳ないが、オリエンテーションだ」


  花坂は教卓に立つと、学校のそれに似た雰囲気になったので、各々適当な席に腰掛けた。全員座ればざっと四十人は入る教室にたった五名しかいないのは些か違和感を覚えるが、それでもどこか懐かしさが漂う。


  「本当はあいつがやるべきなんだがなぁ……。まぁいい。まずはこの施設についてだ。ここはいわば、能力者の保護施設だな。能力に目覚める者は成長期である子供に多い。理由は知らん。だからここの創設者が寂しさを紛らすためだかなんだかでこんな教室見たいな造りにしたらしい。」

  「じゃあ、この施設にはどの位の能力者が居るんだ?」


  ソラは頬杖を付きながら花坂に質問を投げ掛ける。


  「ざっと数十人ってとこかな。だがその殆どがまだ未発達で、ろくに制御もできないんだ。本来ならソラ君もそちら側だったんだが、なんせ気を失っていて能力の測定すらできなかったからな」


  数十人も、それも子供達ばかりとなればここまで静かなのは疑問だ。それにあくまで施設の概要だけで、詳細については何も話す気は

 ない様子。子供達には何かを隠している、この施設には裏があるとソラは感じていた。


  「次に能力についてだがその前に。ソラ君、君は『ウィザード現象』という言葉を聞いたことはあるか?」

  「あぁ、今から丁度半世紀前に起こった現象で、神隠しにあった人間が"魔法"を修得し現代に戻ってきた現象、だろ?」


  『ウィザード現象』ーー突如として神隠しにあった人間が魔法を修得し現代に戻ってくることによって、文字通りウィザードとなる現象の事だ。初めは派手なマジックか何かだと思われていたのだが、次第にその人数も増え研究されるようになった。結果的に文化は大分発達したが、その過程で研究材料にされたり、人種差別があったり、終いにはテロや大量虐殺にまで発展した、人類の黒い歴史である。


  「そうだ。そして今回のこの現象は、ウィザード現象に似ているんだ」

  「似てるって、おいまさか、俺らはウィザードだって言うのか?」


  その言葉を聞いた瞬間、彼の脳裏に死の文字が浮かぶ。


  「まぁそう焦るな。似てると言っただけで、ウィザードだとは言っていない。ウィザードと君達には、決定的な違いが三つある」


  ソラの焦りを先読みしていたかのように、花坂はそっと彼を諭した。


  「ウィザードとの違いの一つ目は、能力の発現過程だ。もっとも、ソラ君には記憶がないからわからないか」

  「過程……神隠し?」


  ボソッと独り言のように呟くソラに向かって、花坂は指を指した。


  「ご名答。君達は神隠しにあわず、突然能力を得たんだ。これが一つ目の違い。そして二つ目の違いはその能力にある」

  「能力?そういえばあっちは魔法なのに、こっちは能力だよな」


  怪訝そうな顔で彼は質問を返す。今まで見てきた能力はどれも、魔法のそれに近い気がしたのだ。


  「鋭いな。ウィザードは皆一様に同じ能力、即ち魔法を使うことができた。魔法とは例えば、ユイ君のようにに何かを凍らせたり、ソウマ君のように雷を出したり。だが君達は違う。今の所、一つの能力しか使えないし、逆に言えば特化しているといっても過言でない。まぁそこが大きな違いだ」


  間髪を入れず、男は話し続ける。


  「そして三つ目、これが決定的な違いだ。君達には、一つに特化した能力を使うことができると言ったが、故にペナルティ……代償が生じるということだ」

  「だ、代償?そんなの聞いてないぞ!

 さっきまでみんな普通に能力使ってたし、大丈夫なのかよ!」


  動揺する彼に対し、苦笑いをし頭を掻く花坂。


  「決して安全という訳ではない。だが能力によってその代償は様々だ。大抵は能力を使わなければある程度回復するし、悪化もしない」

  「ふっ。ここまでオーバーリアクションだったの、あなたが初めてよ」


  花坂が一通り話したのを見計らい、カグラはすかさず冷やかしを入れてくる。それを彼は赤面で睨み返す。


  「ま、ついでだからここにいる人達の代償についても話しておくか。まずユイ君だが、彼女は凍結の能力を持っているが故に、極度の低体温症なんだ。今は夏だからそこまででもないが、それでもマフラーをしていないとすぐダウンしてしまう。彼女の場合能力の使用を問わず、常時その状態だ。所謂先天性ってヤツだな」

  「えへへ、なんだか恥ずかしいなぁ」


  相変わらず能天気な彼女は頬を赤らめてマフラーで顔を隠す。


  「次僕。僕の代償は感電による神経の麻痺だ。まぁ多少使う程度ならそこまで影響ないし、休めばすぐ治るから何て事はないよ」


  花坂が話す前に、ソウマは自らの代償について告げる。


  「なぁところで1番気になってたんだけど、ハヅキの能力の代償ってなんだ?」


  今までの流れからして、能力の影響によるものだと察しはついているのだが、ハヅキの能力『促進』に影響する代償を考えつくまでに至らなかった。

  彼の問いにハヅキは顔を背け、沈黙を続ける。


  「なぁソラ、ハヅキの代償って何だと思う?」


  ソウマの悪戯な問いかけに、「いや、それがさっぱりで……」と答え頭を悩ます。しかし彼はその返答を予想していたかのように不敵な笑みを零した。


  「じゃあ質問を変えよう。ハヅキ、何歳に見える?」

  「何歳に見えるって……見た感じ中学生じゃないのか?」


  彼の問いに答えた瞬間、ハヅキがキッとソラを睨み付けてきた。その眼は見た者を死に追いやるほど鋭く、何か言ってはいけないことを言ってしまったことを瞬時に悟った。

  ソウマは二人の姿を見ては笑いを堪え、涙目で話を続けた。


  「ごめんごめん。彼女、これでも僕達と同い年なんだ。ハヅキは対象を促進させる代わりに自分の成長が抑制されてしまう。それがこの能力の代償だ」

  「ま、マジか……。あっ、ハヅキ……その、さっきはゴメン」


  直様ハヅキに謝罪をしたが、ハヅキは「ソラ君なんて知らない……」とソッポを向かれてしまった。会って早々嫌われてしまうのはとても心が痛い。


  「で、最後にカグラだが……」


  空気を読まずして話を進めようと花坂が口を開いた瞬間、地震のような地鳴りと揺れが周囲を襲った。

  暫くして揺れが治まると、花坂は大きな溜息を漏らす。


  「また始まった……」


  ソラ以外はその状況を理解しているようで、皆同様に嫌な顔をしていた。


  「また暴走だ。毎度すまないがまたよろしく。あぁそうだ、ソラも良い機会だから見てくるといい」


  皆一様にブーイングを垂らすと、廊下の方へ向かう。その後ろ姿をソラはただ見つめていた。


  「ほらソラ君。早く行かないと、置いてかれるぞ?」


  花坂は催促するものの、ソラにその声は届かない。何の説明もなく、物事がどんどん一人走りしていく。彼の頭には"混乱"の二文字で埋もれていた。


  「えっと……どーゆー状況なん」


  彼は小さく呟くが、その問いに答えてくれる者は誰一人として居らず、気付けば独り取り残されていた。

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