第3話 お部屋探索と少女の謎。

 少年はひとり考える。

 能力とは、人間の身体能力の一部を極限まで進化させたものを指すのか。

 あるいは、非現実である魔法の事を指すのか。

 どちらにせよ、今の彼とってそれは未知の存在でしかなかった。

 カグラから話を聞いた後、少年は少し状況を整理する為、少女とは少し離れた窓側の席で肘をついていた。

 自分がここにいる意味。

 そして、これからどうするのか。

 あるいは、どうなるのか。

 あーダメだ。全然わからん…。

 考えたところで無駄なことは理解していたが、それでも少しでも状況を整理したかった。

 心地よい風に当たりながら外を眺める。

 ここがどれだけ非日常だとしても、窓の外の風景はどれも普段と何も変わらない。

 手を伸ばせば届きそうな程近くに、日常は存在していた。

 車や人混みの雑音がやけに懐かしく感じる。

 大声で助けを呼べば、誰かしら気付いてくれるんじゃないだろうか。

 一か八か、大きく息を吸った瞬間。

 まるで少年の考えを読んでいたかのように少女はそれを妨げる。


「助けを呼んでも無駄よ。あちら側の人間には何も聞こえないわ」

「そんなの、やってみないとわからないじゃないか」

「それは…もう私で経験済みだからよ」


 少年の反論など軽く見通していたかのように少女は声を漏らす。しかしその声に力は無く、まるで自分に言い聞かせているようだった。

 遥か彼方を見つめる彼女に、掛ける言葉も見つからない。

 思えばこの数時間、様々な事があったが俺は彼女の事を何ひとつ知らないのだ。

 そう考えると、自然と興味が湧いてくる。

 いや、健全な意味で。


「なぁ、そういえばカグラの能力ってなんなんだ?」


 知り得た情報の中で未だ謎に包まれた言葉。

 同時にここにいる理由でもある。

 現に能力とは何を指しているのかすらわからなかった。

 しかし、彼の期待とは裏腹に少女は口を開こうとはしない。


「…秘密よ」


 暫くの沈黙の後、少年の心は見事に砕かれた。思わず胸に手を当ててしまう。

 謎多き少女…。

 結局何も情報は得られないまま、時間だけが経過していった。

 こうして風に当たっているのもいいが、こんな事していても不安は風で飛んではいかない。

 少年にできることといえば、この部屋を物色すること。

 しかし、見れば見るほど、調べれば調べるほどただの教室だった。一体ここまで再現して何がしたいんだろうか。どうせ物色するならイケナイ物とか発見したかった…。

 しかし得たものはある。それはこの教室じみた部屋に本来ならば必須とも言える"あるモノ"が欠けていることだ。

 そもそも学校とは、子供達が己のスキルを高めるために嫌々ながらも講義を受け学ぶ場。

 勿論一日中休憩もなく講義を受ければ、誰だろうと集中力は切れ効率良く学ぶ事などできない。

 そう、この部屋にはそれを示す物がないのだ。


「なぁ、今って何時だ?」

「え?そんなの知らないわよ。第一この部屋には時計なんて無いし、今となっては時間という概念すらないわ」


 やっぱり。この部屋には時計が何処にも無いのだ。よって時間という概念が無いことも納得でき…え?


「ここって時間の概念ないの?なんか大事なもの失ってない??」

「はぁ…。ソラ、あなたが起きてから今まで大分時間が経ったと思うけど、太陽はどの位移動したかしら」


 時間って概念がなかったら矛盾することが山ほどある。そんな非現実的なことあるわけがないのだ。

 彼が脱出しようと最初に外へ出た時の太陽の位置は確か真上あたり。ならばと窓から身を乗り出すが、少年の予想は外れてしまう。


「うそ…だろ…?」


 太陽は依然として真上のまま。そういえば目が覚めてから今まで一度たりとも雲を見ていない。


「お気付きかしら、この空間だけ時間が全く経過していない事に」

「そんな事ありえ…」

「…るのよ」

「そ、そんな…じゃあ雲が一つもないのも?」

「そのせいね」

「じゃあ向こうに見える街並みとか、音だって聞こえるぞ?」

「あれは無限ループされているだけよ」

「じゃあそのカバンから永遠お菓子が出てくるのも?」

「それも…あっ、それは関係ないわ」

「……」

「と、とにかく!この空間内に時間という概念はないのよ!」


 明らかに誤魔化した。赤面を隠そうと必死に誤魔化した。

 少女は赤面がバレないように男に背を向け必死に顔を冷やしているが、彼はジト目でその背中を眺める。

  きっと自分を少しでも大人っぽく見せようと努力していたのだろう。素の彼女も別に悪くはないんだがなぁ。

 しかしここでじーっと見てるのも悪いと察した少年は、この空気から脱しようと立ち上がる。


「ちょっくら外を散歩してくるわ」


 少女から返事の声は返ってこなかったが、構わず少年は出口の方へ向かった。

 ガラガラ…。

 やけにドアが簡単に開いた。

 さっきより明らかに軽い…。

 そのまま半分くらいドアを開けたところで謎は解けた。

 目の前には少年より少し背の低い女性が立っていて、女性もまたドアを開けていたのだ。


「うわっ!?」


 反射的に後ずさる少年はを他所に、彼女はニコッと笑うと元気よく挨拶をする。


「やっほー!!!」

「や、やっほー…?」


 腰まで伸びた白髪の彼女は、藍色の瞳をキラキラと輝かせている。

 見た目は元気な高校生といったところか。

 しかし彼女には一ヶ所だけ不自然な点があった。

 それは髪と同じくらい長いマフラー。


 季節はまだ、夏だというのに。

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