10-5

 雄吉の想いを受け取った雄大は、他の展示室を観覧してから、知覧特攻平和会館を出た。

 ロビーで家族で集合した時、母も弟も目頭を赤くしていた。父の表情も重たくなっていた。みんなそれぞれ、雄吉や他の特攻隊員たちの想いに胸を打たれ、思うことや考えさせられることが多々あったのだろう。

 

 雄大たちは、知覧特攻平和会館の隣に鎮座する特攻観音へ足を運ぶ。知覧や近隣の飛行場から飛び立っていき、散華していった特攻隊員たちを慰霊し、供養するために、まさに隊員たちが飛び立った知覧飛行場跡に建立されたという。

 もしかしたら、雄吉がこの時代へやってくるときに見たという天女は、ここの観音様だったのかもしれない。

 観音堂へ入り、温かく包み込まれそうな眼差しの観音様に手を合わせて黙祷する。自分の国のため、愛する家族のため、命を捧げた特攻隊員たちの想いに思いを馳せながら。

そして、願い事があるとしたら、ただ一つ。

 雄吉のことを、どうかよろしくお願いします。

 雄吉の魂を安らかに眠らせてあげて下さい。

 もし雄吉が成仏して、新しい人生を始めたいと願ったら、是非その願いを叶えてあげて下さい。

 よろしくお願いします。

両目をゆっくりと開けて、もう一度観音様を見上げる。一つ呼吸をしてから、雄大は姿勢を正して、深々と頭を下げた。まるで雄吉がやっていたような、お手本みたいな礼だ。


 振り返ると、雄亮に美恵子、雄翔が雄大のことを待つかのように見ていた。

雄大「何だよ?」

雄亮「いや、何というかな。彼らが居たということ、忘れてはならんと思ってな。」

美恵子「そうね。今の平穏な日々があるのも、雄吉くんみたいな方たちがあって成り立っているってこと、私たちがちゃんと憶えていないといけないって感じたわね。」

ここへやってきた、二人の率直な感想なのだろう。

雄大「憶えておいてあげないとな。雄吉のこと。」

雄亮が豪快に頷いてくる。

雄亮「雄吉くんに出会えたお陰で、大切なことを気付かせてもらえた。彼らのように命を懸けて戦ってくれた人たちや、あの戦争の時代を懸命に生き抜いた人たちが繋いでくれたから、今の俺たちがあるんだということをな。もしも雄吉くんと出会っていなかったら、俺はただのうのうと生きてただけだっただろうしな。」

雄大は雄亮の言葉に頷いてから、もう一度振り返って観音様を見上げる。

美恵子「ここへ来たのは正解だったと思うわ。」

視線を美恵子へと移す。そこには、穏やかさを持った表情があった。

美恵子「横浜帰ったら、雄吉くんの好物をたくさん作ってあげて、供えてあげないとね。」

雄大「そうしてやってよ。雄吉アイツ、きっと喜ぶからさ。」

美恵子「少しは手伝いなさいよ~。」

雄大「ええ・・・?」

雄大が困惑しているのを笑ってくる美恵子だった。

そういえばと、気が付く。

雄翔のことだ。父の隣に立ったまま、一言もしゃべってこない。気分でも悪いのだろうか。それとも、特攻隊員たちの手紙に心を打たれ、まだその衝撃に立ち直れていないのだろうか。

 雄亮が出口へと歩き出したのをきっかけに、一同も観音堂を出ることにした。


 観音堂を出たとき、雄大は立ち止まって空を見上げて深呼吸する。何故そうしたくなったのかは、よくわからない。ただ、なんとなく空を見上げてみたくなったのだ。

そんなときだった。後ろに居た雄翔が声を掛けてくる。

雄翔「大兄だいにい。」

振り返り、雄翔のことを見る。

雄翔の表情は、どこか高揚しているかのように興奮を物語るものになっていたのには、雄大はかなり驚いた。

雄翔「オレさ、大学出たら、自衛隊行こうと思う。」

突然何を言ってくるのかと思った雄大だったが、なんとなく今の雄翔の言葉の裏に雄吉が居るのを感じ取り、納得した。

雄翔「雄吉兄のようなさ、国の為に尽くせる隊員になって、自分の家族や大切な友だちみんなが安心して暮らせる世の中を、ずっと守っていきたいと、思ってさ。」

雄大「そうか。よく、決心したな。」

照れくさそうに笑ってくる雄翔。こういうときの雄翔はやたら幼く見えて愛くるしいと、毎度毎度雄大は感じていた。

雄翔「陸上自衛隊入って、航空隊に所属したいと思うんだ。」

雄大「航空隊に?」

雄翔「うん。オレも雄吉兄みたいに強い人間になりたいし、雄吉兄が見ていたものが、なんとなく見えたりするかもしれないって、思ってさ。」

腕に力を込めてガッツポーズみたいな格好で思いの丈を示してくる雄翔。雄大はそんな弟の様子を穏やかな気持ちで見守り、二度三度頷いてやる。

ただ、思うところがあった。

 雄翔。雄吉は強い人間だったんじゃない。弱さに打ちひしがれて、特攻隊に入ってからはずっと苦悩していたんだ。出撃前夜の晩は声を殺して泣いて、枕がすぶ濡れになったんだぞ。

 でも、雄吉アイツは真っ直ぐに、自分の人生を生き抜こうとしてた。どんな事が起ころうとも、全力で挑んでいたんだ。だから、強く見えるんだ。雄吉アイツのことが。

そう思いながらも、笑顔で激励してやる。

雄大「きっと実現したら、雄吉の奴、喜ぶな。」

雄翔「そうだと、良いな。」

雄大「けど、高いとこ苦手なのと、飛行機苦手なのはどうするんだ?」

雄翔「あっ!」

全く気にしていませんでした!と言わんばかりの驚き様で、雄大は思わず噴き出して笑ってやる。

雄翔「克服してみせるよ。絶対に大空駆け巡るんだ!」

笑ってやる。

 そうか。それくらい強い意志があるなら、大丈夫だな。

そう思う。

雄大「頑張れよな。期待してんぞ!」

元気よく、力いっぱい雄翔の肩を叩いてやる。

雄翔「おぅ!」

無邪気に笑いながら応えてきた雄翔。そして、雄翔は自分の人生の道を駆け上がるかのように、出口へ向かって走って行く。そんな弟の後ろ姿を、雄大は優しく見守る。

 雄翔アイツも、雄吉からいろんなものをもらっていたんだな。

そう思いながら、空を見上げる。

夕焼け色を滲ませた、水青色と鮮やかなオレンジ色が混じり合った知覧の空だった。

 雄吉アイツも、70年前、同じ空を眺めていたんだな。

 雄吉アイツは、この空を見上げながら、何を思ったんだ?

 残すことになる家族たちの未来か? 日本の将来か? 戦争の虚しさか? それとも、自分の運命を呪ってたんか? 特攻出撃することへの恐怖に怯えてたこともあったかもしれないな。

こんなにきれいな空だけど、ひょっとしたら溢れんばかりの涙で歪んだ空だったかもしれない。だけど、確かなことがある。

 雄吉アイツは、あのとき、この空を見上げながら、何かを思ったに違いない。きっと。

 もしも何か思っていたなら、希望であって欲しいな。未来への希望を、見ていて欲しいな。

そう雄吉へ語り掛けるように思っていると、視界に広がる空の端から、隊列を組んだように横に整列した飛行機が飛んでくる。

よく見ると、飛行機はどうやら自衛隊のもののような黒っぽい深緑色をしている。自衛隊の訓練飛行だろうか。

 しかし、雄大にはその飛行機が、雄吉が特攻出撃の際にも搭乗した三式戦闘機 飛燕に見えた。

 もしかして、雄吉たち特攻隊員たちが、冥土から帰還してきたんじゃないか?

そう思えた雄大は、大空を駆け抜けるように飛び去っていく飛行機群に向かって両手を大きく振った。

雄大「雄吉!」

 俺には、お前みたいに自分の命を差し出してまでして、日本を守る盾になろうとすることができるかどうかは、よくわからない。

 けど、これだけははっきりとわかる。

 雄吉は確かにこの世に生きて、俺たちみたいに青春時代を全うして、特攻隊として命張って戦って、そして、日本に戦争の無い平和な時代を築く礎になったことは。


雄吉と共に過ごした日々の記憶が、一気に蘇ってくる。


 それから、もう一つ。

 雄吉たちが命懸けで築いたこの平和な日本を守るのは、今を生きる俺たちだってこと。

 こんな大それたこと、ちっぽけな若造の俺が言うにはおこがましいかもしれないけど、出撃直前のお前らみたいに、敢えて胸張って言わせてもらうぞ。


飛燕が向かう、夕焼け色の空へ向かって立つ。

大きく深呼吸して、覚悟を決める。

雄大「雄吉! あとは、俺たちに任せてくれ! お前らが願って叶ったこの平和な日本を、任せてくれ!」

一歩前に出て、両腕を振る。

雄大「ありがとう! 雄吉! みんな!」

自分でも出したことの無いほどの大声だったように思えてくる。全力で400メートルトラックを走り切ったような爽快感があり、そして、息が上がる。

 飛燕の飛んでいく姿を見詰める。

雄大「あ?!」

飛行機の窓から、雄吉が笑顔でサインを送ってくれたように雄大には見えたのだ。

 過ぎ去っていった飛行機群のあとには、幾筋もの飛行機雲が、まるで自分たちの軌跡を忘れさせないかのように健気に浮かんでいた。



[完]

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