10-4

 知覧特攻平和会館の敷地内に足を踏み入れていた。

 まるで雄吉の遺言のようなメモには、あの建物に雄吉の遺品や手紙が保管され、観覧客に展示されていると書かれていた。

 そこに居る。雄吉はその中に居るんだ。

そんな気持ちにさせられる。

 さぁ、行くぞ!

館内へ入る前に、雄大はドアの直前で大きく深呼吸して、何かに挑むような覚悟を決める。果たし合いでもしに行くような感覚に近いのだろうか。雄吉やその仲間たちの想いに触れるため、心して進まなければと雄大は考えていたため、バスを降りてから身体全体に力が入りっぱなしになっていたのだ。深呼吸したことで、その緊張も少しばかり解れたような気もするが、胸の高鳴りは変わらない。


 美恵子から入館チケットをもらい、閲覧エリア内へと入る。館内には雄大の思った以上に客が居て、特攻隊や戦争に関心のある人が多くいることを感じ取っていた。

 道順に進もうと正面へ歩き出すと、早速人が集まっている場所があった。

 まだ展示室にも入ってないのに、何だ? この人だかりは。

そう訝しみながら、集まっている人たちの視線の先をなぞる。すると・・・。

雄大「これって・・・。」

雄大にはそれがすぐに何かわかった。

そこにあったのは、だった。

一辺が3、4メートルはあるだろうか。大きな壁画がそこにあり、見ている人の中には目元を潤わせている者もいる。

そんな涙を流す観覧客から伝染するかのように、雄大の隣で美恵子が泣き出す。

雄翔「母さん?」

雄大「・・・・・。」

袖で目頭を拭いながら、美恵子は壁画を見上げる。

美恵子「ぶつかるときは、すごく怖かったでしょうに。」

美恵子が鼻を啜る。そしてまた、溢れ出た涙を袖で拭う。

美恵子「そうよね。こうやって、救ってもらえたから、雄吉くんはうちへこれたのよね。」

雄大ももう一度壁画を見詰める。

全体的に赤い印象の絵だが、その描写が赤になるのには理由があった。真ん中に、日の丸印の深緑色の翼を広げる戦闘機が描かれているのだが、これが赤みがかっていて炎を纏っているのだ。そして、背後から煙りのようなものが上がっている様子がある。まさに特攻を仕掛けた瞬間の戦闘機の様子だった。そんな戦闘機からぐったりと力無く俯いているパイロットが6人の天女たちによって抱かれて、天へと上っていく様子を描いた壁画だったのだ。

実際には、天女たちにパイロットが救い出された訳では無いだろうが、こうやって、天女たちの慈愛に包まれ、いだかれながら昇天してくれていたなら、どれだけ良かっただろうと思う。いや、こうやって、穏やかに逝けたからこそ、雄吉は70年後のこの時代へとやってきた。そういうことだと、信じたかった。

雄大は壁画の描写をしっかりと目に焼き付けると、両目を瞑った。

初めて、自宅の前で雄吉と出会ったときの事を思い出すのだ。

あの日、雄吉は所々焦げたような跡がある飛行兵の身なりだった。そして、こんなことを言ってきた。

“夢見ているような感じで、とても大きくてきれいなお寺の中に居て、観音様みたいな御方が、“あなたの俗世での行いは、感服するものがあります。あなたの望みを一つ、見せて差し上げましょう”と、そうおっしゃられて。”

 あのとき雄吉が話していた観音様みたいな御方って、ここに描かれた天女のことだったのかもしれないな。

 だとしたら、雄吉はこの壁画のように救い出されたんだ。天女たちに、爆発した飛行機の中から救い出してもらえたんだ。

そう思うと、どこか安堵の念が広がった。雄吉の魂を救ってくれたのだと思えて、戦争の作戦で特攻戦死して、機体諸共沖縄の海に散っていった訳ではないのだと思えてきたからだろう。

 

 胸の詰まるような感覚を覚えながら、順路を進み、中央展示室へと足を踏み入れた。

ここがメイン会場のようで、第二次世界大戦に至る歴史的過程の解説から、特攻作戦が遂行されるように至った過程についての説明があった。その背後に、多数の顔写真が壁のように並ぶ様子が目に入ってくる。白黒写真で、解像度もまちまちだが、明らかなのは、そこに写る人物はほとんどみんな若い男子だということだ。

 これが、特攻隊員で戦死した人たちの遺影なのか。

どうやら特攻出撃した順番に並んで遺影が設置されているようで、遺影の人物がしたためた手紙や遺書、辞世の句、絶筆などがショーケースの中に納められて展示されているみたいだった。

手紙や遺書の内容は自由に読めるようになっていて、読みやすそうな物を流し流し読んでみる。しかし、読み進めていくうちに、雄大は息を詰まらせるほどの様々な思いが溢れてしまい、呼吸するのもとても苦しくなってきた。それは何故か。

自分と同じくらいの年の青少年が、死を目前に控えた状態でも達筆にして、親への感謝と未来永劫を祈っているのだ。まだまだ未来へ続けさせるに容易な健康な命を所有する若者が、こんな文章を書かなければいけない運命になってしまうなんて。

親への感謝の気持ちは、もちろん自分自身にだってある。ただ、それをしっかりと紙に書いて表現するにはまだまだ時期尚早だと思う。最期の言葉を贈るなんて、ずっと先だと感じる。いや、出来ることならば親へ自分の最期の言葉を託すなどという、そんな親不孝なことはしたくない。そんなとても重くのし掛かる思いを溢れさせる親へ宛てた遺書。この手紙を書いた若者は、一字さえも乱れる事無く、立派に書き上げている。

その事実を知ることが、雄大に苦しさを与えているように感じる。

他にも、遺書はたくさん展示されている。中には、遺書と共にその人の人柄やエピソードなども解説されており、より隊員たちの人間性を知るに容易であった。だからだろうか、胸の中へ直接入ってくる。共感しやすいのだ。


 間もなく結婚するはずだった彼女へ宛てた手紙。自分のことを忘れ、あなた自身の人生をしっかりと全うして欲しいとの願いを記してあった。


 何か細かいことを書くでもなく、家族へ向けて「大元気で」と書いた手紙。


 まだ幼く字も読めない息子や娘に宛てた手紙。子どもがいち早く読めるようにと全文カタカナで書かれており、自分は元気な人だった、お母さんを支えてやって欲しいと願いが込められていた。


 一度は出撃したものの、途中で黒島に不時着してしまい、島民の世話になりながら一旦知覧に帰還して、再出撃した者。黒島上空を飛行中に、島に残る怪我を負った隊員の薬と島民へのお礼の菓子を投下していったらしい。

 

読めや読めや、雄大は胸元を右手でギュッと握り締めていた。そうでもしなければ、泣き崩れてしまいそうだったからだ。

 駄目だ。とても、ここに長く居られる気がしない。苦しい。心が痛くて、苦しい。

 雄吉よぅ、お前は、どんな気持ちで書いたんだ?

 早く、雄吉の言葉を探さないと。

なんとかと前へと進む。

遺影とはまた異なる写真が展示されている場所に出て、辺りを見渡す。どうやら知覧飛行場へやってきてからの隊員たちの日々について紹介されているようだ。


 出撃直前なのだろうか。同じ小隊の仲間みんなで写っている5人の隊員たちの写真。真ん中に写る人物は子犬を抱いている。まだまだ幼さが滲んだその人物は、どうやら当時まだ17歳だったようだ。

 雄翔よりも若い子も、往ったのかよ?!

 大人にさえさせてもらえなかったなんて・・・。

信じられないほど、衝撃的なことだった。


 出撃前夜のことだろうか。仲間同士が無邪気な顔で腕相撲している写真。この写真を見ただけでは、ただの若者のじゃれ合いにしか映らないだろう。この写真が撮られた次の日には、彼らはもうこの世から去ってしまう運命になっていたなんて、誰が想像するだろうか。

 そういえば、雄吉が居なくなる日の前の晩も、ウチの庭で腕相撲大会したよな。同じようなこと、してたのか・・・。

 雄吉アイツ、あの夜、“あのときと同じだ”って言ってたけど、本当にそうだったんだな。


 次の写真も出撃前夜のことだろうか。若い隊員たちが、手製のような人形を持って喜んでいる様子が写る写真。解説には、彼らを世話していた女学生たちが贈ってくれたと書いてあった。

 こんなふうに、女学生たちから餞別をもらってたんだな。雄吉も、女学生から寄せ書き入りのノートをもらっていたし。

 女学生たちは、何度も隊員たちを見送っていたんだろうか。だとしたら、どんな気持ちで、見送り続けたんだろう。


一つ一つの写真に、いろんな思いが募る。

次の写真を見たときだった。雄大は思わず声に出して言ってしまった。

雄大「雄吉!」

まるでそこに本人が居たかのようなはっきりした声量で口から飛び出た言葉に、辺りに居た観覧客が雄大の方を何事かと言わんばかりの表情で見てくる。雄大は肩を縮込ませながら、雄吉が写った写真に近付く。

 雄吉・・・。

心の中で、彼に向けて呟く。

その写真には、よく知る無邪気で楽しそうに笑う雄吉が居た。今の時代の海村家に来てからの雄吉が、ことあるごとに度々見せていたあの笑顔だった。

愛機だろうか。戦闘機の横に立って、遠足の最中に撮影されたかのような楽しそうな印象を与えてくる。

雄大「どうして?」

小言を呟くように小さな声で吐き出す。

雄大「どうして、こんなに良い笑顔で笑えるんだよ?」

写真の中の雄吉に問い掛けるように言ってやる。当たり前だが、笑顔の雄吉が返事を返してくれることはなかった。

自分の気持ちの中で、雄吉が返事をしてくれるのではないかと信じている自分が居るのに気が付く。

 何やっているんだろうな、俺。

そう思いながら項垂れる。

一つ溜め息を吐き出してから、写真の横にある解説に目を通してみる。


「出撃前の隊員たち

出撃前の隊員たちは、出撃の時間まで比較的自由に待機することができました。飛行場の隅の草むらで寝転んで待つ隊員や、仲間たちと談笑する隊員たち、自身の戦闘機の横で煙草を噴かす隊員など、様々でした。この写真には、第165振武隊だった海村 雄吉 少尉(当時)の出撃前の様子が写っています。海村隊員は、出撃当日に知覧飛行場に取材に来た旭新聞のカメラマンに、自ら自分と愛機の雄姿を撮って欲しいと願い出たと、取材に来たカメラマンの日記に記されています。その理由は、自分と相棒が確かにこの世界の空を羽ばたいていたという記憶を残しておきたいというものでした。自分たちが死んでしまったとしても、自分たちがしっかりと生きていたということを忘れてほしくない。そんな海村隊員の強い願いが込められているように思えます。」


ふと、雄大はスマホを取り出して、写真データの中から八幡神社の境内で撮影した、雄吉とのツーショット写真を開いてみた。

あのとき、雄吉はこんなことを言ってきた。

“僕がこの時代にやってきて、元気に楽しい時間を過ごせたってこと、残しておきたいから”

 雄吉アイツは、忘れて欲しくなかったんだ。自分がしっかりと、自分の人生を生きていたということを。

 誰かに、憶えておいて欲しかった。海村雄吉という男が、立派に自らの運命を全うしたということを。

 そうなんだろ? 雄吉。

スマホの画面に映し出されている、八幡神社の本殿を背景にして、飛行兵姿の雄吉の笑顔を見つめる。自分と肩を組み合って、本当に愉快な雰囲気で撮影されていた。

 同じだな。

スマホの画面から視線を正面に掲げられている写真へと移す。どちらも同じ人物を被写体として撮影されており、どちらも同じ笑顔を爽やかに見せつけている。

雄大「忘れるもんかよ。」

そう呟いてから、雄大は雄吉の下を立ち去った。


 再び英霊たちの遺影が並ぶ場所に出る。

遺影に写る自分とあまり変わらないくらいの年の若者たちの顔を見渡したり、展示されている遺書を眺めながら歩く。一つ一つしっかりと目を通してみたい気持ちもあったのだが、今はとてもこれ以上彼らの遺志を受け入れられそうになかった。溢れるばかりの特攻隊員たちへの思いに胸が詰まり、このままでは窒息するのではと思わせるほど息をするのも苦しくなってきていたからだ。

 もう、雄吉のものだけ探そう。

そう雄大は感じていた。

出撃した順番に並んでいることを考えると、そろそろ雄吉も含まれていそうな気もする。

遺影の中に、雄吉が居ないか探す。

 そんなとき、同じように壁のように並ぶ遺影を眺める雄翔と合流する。

雄翔の顔を見ると、少し泣いたのか、目元が薄らと赤く腫れていた。

雄翔「大兄だいにい。」

雄大「どうだ? 雄吉のやつ、あったか?」

雄翔は黙ったまま頷いてくる。

雄大「どこだ?」

雄翔「すぐ隣。」

雄大「隣・・・?」

言葉の少ない弟の様子が気になるところでもあったが、隣にある雄吉の遺書を早く見てみたいという思いも強くあった。だから、雄大は雄翔の横をさっと抜けて先へと進もうとした。

雄翔「大兄。」

背中に向かって声を掛けられた。歩を止めて振り返ると、両目を潤わせた弟が暗い表情でこちらを見ている。

雄翔「オレ、もう、先に出てて良いかな? なんだか、すごく苦しい。」

 雄翔コイツも、俺と同じ気持ちになってたんだな。

そう思い、雄大は優しく頷いてやる。

雄大「あぁ。ロビーの所で待ち合わせよう。」

雄翔「・・・ありがと。」

ゆっくりと翻って歩いて行く雄翔の背をしばらく見守ってから、雄大は再び歩き出した。そして、雄翔に言われた隣の展示場所へ至る。

遺影に写る同年代の青年たちの顔を、一人一人しっかりと見ていく。

 雄吉アイツは確か、昭和20年の6月6日に出撃したって言ってたよな。ここの人たちは、6月6日に出撃した人たちだ。ここに雄吉も居るはずだ。

 雄吉!

 雄吉!

 どこだ?

 雄吉!

 雄吉!

 どこにいる?

 雄吉!

雄大「あっ?!」

見慣れた顔が、そこにあった。

出征する前に撮ったのであろう、軍人の格好で姿勢よく直立し、凛々しい表情で遠くを見ている雄吉が、そこに居た。最近までは、同じ写真が自宅の仏壇に雄吉の遺影として飾られていた。

 きっと、ここの係の人たちに、同じ写真を渡したんだ。だから、この写真がここに飾られている。

すぐ下のショーケースの中を覗き込む。多数展示された紙の中から、雄吉の筆跡を探すのだ。

雄大「あった!」

そこには、長年の刻を経て焼けて色褪せてしまった茶色の紙に、まるで浮き上がっているかのような錯覚を覚える黒いペンで書かれた、雄吉から託されたノートにも書かれていた字と同じ形状の文字の羅列があった。

 間違いない。雄吉の字だ!

 雄吉が最期に書いた思いが、ここにある。

恐る恐る、雄吉の手紙を読んでいく。


「父上様、母上様

先日は突然の帰省に驚かせてしまったこと、お詫び申し上げます。ご家族様の変わらぬ元気そうな様子を見ることができて、安堵致しました。

さて、雄吉、この度特別攻撃隊に任ぜられる栄誉を得ましたので、ご報告させていただきます。

どうぞお喜びください。

ひたすらに飛行機乗りとしての鍛錬に明け暮れた暁に得られたこの誉れ、雄吉は感激のあまり、天にも昇ってしまいそうなくらいであります。

これがきっと、今までで一番のお知らせで、最後の便りになります。

書きたいことばかりが思い浮かび、何から書いてよいのか、雄吉の小さな頭では皆目見当もつきません。

ただ、今一度、ご家族様のことを思い出す度に感ずることは、雄吉のために御父母様には多大なるお世話をお掛け頂いたことだけでございます。病弱だった幼少の頃、お見捨てにならず、懸命に看病して下さった母上様のことは、これまでも、これからも絶対に忘れることはありません。大学にまで快く進学させて下さった父上様には、感謝の気持ちが大き過ぎて、お伝えしたい感謝の言葉すらまともに思い浮かばないほどです。

ありがとうございました。

その言葉だけでは伝えきれないくらいの感謝を感じております。

まだまだ、その御恩に報いていく途上でありながら、それが叶わぬことになるのが、ただただ悔やまれます。

雄吉の命が敵艦隊と共に砕け散ったとしても、家族の皆さんが健やかに暮らせる、戦のない平和な日本国になることが叶いさえすれば、もう他に何も望むものはありません。

きっとまもなく、そんな平和な世が訪れてくれることでしょう。もし一つ思い残すことがあるとしたら、雄吉はそこで、皆さんとともに居られないということですかね。

ですが、悲しんでは居りません。そんな平和な世を導くために、この命が礎にさえなってくれたなら。そう胸に抱きながら、往って参ります。必ずや、敵艦を沈めてみせます。

戦果の報せが届いた際には、どうぞ雄吉を褒めてやってください。哀しまず、どうかお喜びください。

雄吉も笑って出撃します。皆さんも、笑ってやって下さい。

それでは、この辺で失礼します。

お身体を大切に、お元気で、雄吉の分まで長生きしてください。

昭和20年 6月2日  海村雄吉 少尉」


読み終えてから、もう一度始めから読み直して、そして、涙が流れてきた。

 雄吉が最期に送った家族への手紙は、両親への感謝と、残す家族が健やかに暮らせる平和な時代の到来を願ったものであった。

 雄吉だけじゃない。他の特攻隊員たちも、みんな自分の親への感謝をして、平和な日々が訪れることを強く願っていた。自分はそんな平和な日本で健やかに暮らせることは無いのに、それでもこの世に残す家族さえ健康で平和な日本で暮らせたならば。そう思って、機上の人になって、散華していったんだ。

 その本人は、平和な日本で暮らすことが出来なかった。

雄大「もしかして?」

ふと、閃き、遺影の雄吉に向かって呟いていた。

 雄吉が今の時代にやってきたのは、雄吉がずっと願っていた平和になった日本で暮らしたいってことを、天女たちが叶えてくれたからかもしれないな。

 今は、平和だ。戦争なんてやっていない。戦いに血を流して死んでいく若者もいない。そんな日々が、ゆっくりと流れている。

 なぁ、雄吉。こんな平穏な日々を、ずっと、夢見ていたことだったのか? こんな感じの日本になってくれたらって願いながら、アメリカの軍艦に体当たりしたのか?

遺影の雄吉は、何も答えてはくれない。


遺書の隣にも、雄吉が書いた文章が並んでいる。どうやら、辞世の句のようだ。こちらもだいぶ色褪せた紙に文字が乗っていた。


「凶風に

巻かれ散り行く

新緑の

若葉 地に帰し

種子育まん」


どういう意味を含ませた句なのだろう。

凶風とは何だろうか。風に吹かれて若葉が散っていく様子はよくわかる。散った葉もやがて土に還って、新たな命を芽吹かせるということを表現したのだろう。

 もしかしたら、これは雄吉自身を新緑の若葉に例えていて、自分が居なくなったとしても、自分が未来の日本のための礎となっていくことを詠っているのかもしれない。

 そういえば、雄吉アイツは俺に託したノートにも辞世の句を書いていたよな。

雄大は鞄を下ろし、中から雄吉のノートを取り出すと、最後のページに挟み込まれたメモを開く。


いつの世も 雄たる若き 平押しに 

絶えることなく 大和の魂


ここに展示されているのとは違う内容の辞世の句だった。表面的な解読をしてしまうと、こちらの方がなんとなく特攻出撃する直前に書いたような勇ましさを感じるものなのだが、これは雄吉が現代に来てから書いたものだ。

 雄たる若き、平押し・・・。

 雄たるって、俺の名前にもある雄だな。

ぼんやりとそんなことを思う。

そんなときだった。

雄大「まさか?!」

雄大はもう一度、遺影の雄吉を見つめた。

 これは、俺に向けたメッセージだったのか?

 “平押し”と“大和の魂”の字を併せると、平和になる。だから“絶えることなく”ってことと合わせて常に平和であるようにって願いが込められていて、大たち若い者が平和を守ろうとしてくれることを願っている、と解釈できるな。

 “いつの世も”ってのは、きっとこれからもずっとという意味にもなるな。それに、同じの字を名前に持つ吉は、この句の表面的な表現の通りに、かつて日本を守るために、平和への礎を築くために戦って、今は俺たちがその平和を守るために戦っていくっていう、二つの意味の架け橋にもなっているのかもしれない。

雄大「んん? 任された? 俺たちに。」

 雄吉アイツは特攻隊として、戦って、やり抜いた。次は、俺たちの番、か?

黙ったまま凛々しい表情を見せる雄吉に、そう問い掛けてみる。

やはり、何も雄吉は言わない。当たり前だった。これは写真だ。血の通った肉体を持つ本人では無いのだから。ただ、なんとなく、雄大には雄吉が今、語りかけてくれているような気がした。


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