10-3

 鹿児島の空気は、なんとなく慣れたものより暑く感じる。地元横浜よりも南に位置する九州地方の中でも南にあるため、気温が少々高いためだろう。もしかしたら、ただ横浜よりも南の地域に来たという思い込み故に、横浜よりも暑く感じているだけかもしれない。

 南国気風の趣ある空港の中、雄大は雄亮と一緒に観光案内のカウンターへ出向いていた。鹿児島空港から知覧ちらんへ向かうための交通手段について問い合わせているのだ。

案内人の話では、空港から空港連絡バスで鹿児島中央駅まで出て、そこで知覧方面へ行くバスに乗り換える必要があるらしい。知覧行きのバスは、どうやら知覧特攻平和会館の入り口まで行ってくれるようなので、移動手段については都合良さそうだった。しかし、鹿児島中央での乗り継ぎはあまりよろしくなく、すぐに空港を出発するバスで鹿児島中央駅まで行ってしまうと1時間近く待ち時間が出来てしまうらしいのだ。

雄亮「ちょうど昼時だし、何か食ってから鹿児島中央へ出るか。13時過ぎのバスで向かっても知覧行きのバスには間に合うしな。今のうちに腹拵えしても良いだろう。」

父の提案に賛成だった。腕時計を見ると“12:31”となっており、この後知覧までずっと移動し続けることを考えると、ここで昼ごはんにするには最適な時間だった。

雄大「そしたら、母さんと雄翔にも伝えないとな。」

美恵子と雄翔の二人は、空港ビルの外にある足湯で待機させていた。高所恐怖症で飛行機が苦手な雄翔は、飛行機が鹿児島空港に接近して着陸態勢に入った頃に目を覚まし、下降して身体が浮き上がるような感覚と着陸の衝撃に気分を悪くしてしまい、空港に到着してからも青い顔をさせていたのだ。そのため、気分転換のためにいち早く建物の外へ出してやり、母を介抱のために付き添わせ、父と自分とでこの先の交通手段について聞き込みに向かったのであった。

雄亮「そうだな。雄翔の奴は、もう善くなっているかな?」

雄大「さぁ、どうかな。」

歩き出し、建物の外へと向かう。羽田空港ほど混雑はしていないものの、それでもお盆シーズンだけに、空港内には至る所に大きな荷物を持った旅行客や帰省客で溢れていた。真っ直ぐ歩くのが難しく感じるほどだ。

雄亮「まったく、雄翔は情けないなぁ。飛行機乗ったくらいで気分悪くしてな。」

ガハハと笑いながら話す父だった。普段から気軽に乗れる乗り物とは違う。高い所が苦手となれば、更に苦痛を伴うのは仕方の無いことじゃないか。

雄亮「雄吉くんを見てみろ。大空を駆け巡っていたじゃないか。」

雄大「雄吉アイツと一緒にされても、雄翔が気の毒だぜ。雄吉はパイロットだったんだから、飛行機酔いなんかしてたら務まらないっての。」

雄亮「それもそうだな。」

ガハハハハと笑う雄亮。自分たちのことを頓珍漢な比較をされて話してくるのは時々あったことだが、まさか雄吉と一緒にされてしまうとは。

 雄吉アイツと一緒にされたら、厳しい訓練にも耐えないといけないし、飛行機を操縦して大空を縦横無尽に飛び回れなければならない。何より、自分の命よりも家族や国のために、爆弾搭載の戦闘機に搭乗して特攻出撃して、アメリカ軍の軍艦に体当たりする、堅い精神力と強い勇気がなければいけない。

 とても、俺には真似出来ねぇよ。

雄吉の最期のとき、八幡神社の境内で笑顔で敬礼してきた雄吉の姿を映しながら、そんなことを思う。


 空港ビルの外に出て、路線バスや観光バスなどが発着するバスターミナルの横を歩いていくと、温泉を使った足湯が設けられた場所に出た。さすが、背後に霧島連山を抱える空港だと思えるおもてなしだ。

そんな足湯で腰を下ろし、ホッと寛ぐ観光客たちの中に、よく知る面々がある。美恵子と雄翔の二人だった。美恵子が雄翔に何か語っているようだが、雄翔はぼんやりとした表情のままやや俯いて、足下の湯船を見詰めているようである。顔色はだいぶ善くなっているように見られるのだが、これはむしろ、温泉効果で身体が温められて紅潮しているだけなのではとも感じられる。

美恵子「あら。」

雄大と雄亮の二人が近づいてきたことに美恵子は気付いたようだ。

雄亮「雄翔の調子はどうだ?」

雄亮の問いかけに、美恵子は一度雄翔の顔色をうかがう。自分で何か言うだろうかと、確認を取ったつもりらしい。

美恵子「見ての通りね。」

雄翔「・・・・・。」

雄亮「そうかぁ。とりあえず、13時過ぎのバスで鹿児島中央駅まで出ようと思う。それまでに、軽く昼飯でも食べようと思うんだが、どうだろう?」

美恵子はもう一度雄翔の顔を見る。雄翔の調子次第で答えを決めるということか。

それを察してなのか、雄翔は自ら頭を上げて雄亮のことを見上げてきた。

雄翔「行こうよ。オレはもう、平気だから。」

美恵子「本当に、もう大丈夫なの?」

そこは平気だって言ってきている雄翔の意思を汲み取ってやれよ。大丈夫じゃなくても大丈夫って言わなかったらみんなに迷惑掛けるのははっきりしている中で、いつまでも調子悪いなんて言ってじっとしてるなんて出来ないじゃないか。ましては、時間も押してるこんな旅行中に。

そう心の内で呟いていると、雄翔は黙ったまま頷いてきた。そんな雄翔の返事を見守っていた雄亮が、号令を掛けるように話し出す。

雄亮「よし。それなら、もう一度空港ビルの中に入ろう。三階にレストランが並ぶ場所があるみたいだったぞ。」

雄亮の言葉に、雄翔はヨイコラせと言うような感じの、まるで腰を悪くしたお爺さんみたいな動作で腰を上げる。

 こんな状態で飯なんて出されても旨いはず無いと思うけど・・・。

そんなことを思いながら、雄大は再び雄亮と並びながら先頭を歩いて空港ビル内へと向かった。

 

 山肌に食いつくように延びている高速道路を気持ち良く快走する。一部で平地を走った所もあったが、ほとんどが堀割に作られた道で、景色を楽しむことはあまり出来なかった。そんな高速道路を下りていくと、やがて車窓には住宅やビルなどの建物が多数映るようになってくる。いよいよ鹿児島市街に入ったという訳だ。

間もなく九州新幹線の終着駅でもある鹿児島中央駅に到着した。

 ここから新幹線の線路をずっと辿っていけば、やがて新横浜も通るのかぁ。

運営する会社は異なり、鹿児島中央まで直通してくる列車も無いが、線路自体はこの先の新大阪や新横浜を経て、東京まで繋がっている。東京駅で乗り換えれば、その先も大宮を経由して仙台、新青森まで通じており、もうすぐ青函トンネルを越えて北海道へと繋がろうとしている。もちろん、鹿児島中央から本州を跨いで北海道の函館や札幌まで直通する新幹線なんて作られないだろうが、たくさんある島の日本が一つであることを象徴するような存在に、雄大は思えた。

 そんなことを考えつつ、鹿児島中央駅という駅看板を見詰めながら、知覧行きのバスが発着するバス停へと歩く。


 14時過ぎに鹿児島中央駅を発車したバスに揺られながら、薩摩半島を南下する。今度は完全に地域の路線バスといった印象で、市電の路面電車が一緒に走る幹線道路をのんびりと進みながら鹿児島市街地を抜けていく。もう高速道路のような快走感は感じられない。途中までは、一緒に乗り込んだ乗客で混雑していた車内も、市街地を抜ける頃には立ち客はほとんど居なくなるくらいにまで空き始めてきた。1時間以上も乗り続ける路線バスに乗る機会など、横浜で暮らしているとなかなか無い。万が一途中でトイレに行きたくなったらどうすればいいのだろうか? 一度途中のバス停で降りて、運良くトイレが見つかって難を逃れたとしても、目的のバスの次の便がすぐに来るとは限らない。むしろしばらく来ない事の方が多いだろう。そうなると、万が一が起こらないように、あらかじめ対策を練っていくしか無いのだろうか。

 こういう場所で生まれ育っていたら、いろいろ自分の知らない苦労を乗り越えていくことが必要なんだろうな。

遠くにぼんやりと浮かぶ桜島を左手に望みながら、そんなことをのんびりと考えてみる。

 そういえば、鹿児島に来てやっと桜島を見ることが出来たな。

今も活動を続ける火山である桜島。時折ニュースで桜島が噴火して、火山灰が鹿児島の市街地に降り注ぎ、濃霧にまみれたような情景が映し出されているのを見掛けることもあった。そんなニュースの映像でしか知らなかった景色が、目の前に広がっている。テレビで見ていたよりもよりゴツゴツと厳つい山容をしており、険しい表情のままどっしりと空に向かって伸び上がっているように見える。ある意味、九州男児の武骨なイメージそのもののような造形で、九州・薩摩に相応しい山だと、雄大は感じ入った。

 本当に、鹿児島に来たんだな。

 雄吉アイツも、知覧へ到着する前に、上空から桜島の様子を眺めたのかな。

と、雄吉へ思いを馳せる。

何度も噴火を繰り返す山だ。もしかしたら、雄吉が見ていた桜島は、今見ている桜島の形とは幾分違った形状だったかもしれない。

 博識ある雄吉アイツのことだから、例え鹿児島に来たことがなくても桜島のことは知っていただろう。

 どんな気持ちであの山を見詰めたんだろうか。最期の地に着陸すると思ったのか。それとも、初めて見る桜島を上空から拝めて興奮してたりしたのだろうか。

今はもう、誰も知る由がない。

 

 錦江湾沿いの国道を南下して、景色を楽しみながらバスに揺られていると、いつしかバスは国道を外れて内陸部へと向かう道路を走り始め、内陸の山を貫く上り坂が続くようになってきた。

 そうかぁ、知覧は内陸の町だったな。海からは離れてたはずだ。

地図で見た限りでは、知覧の町は鹿児島県の南西部に伸びる薩摩半島の真ん中辺りに位置していた。沖縄を目指して飛び立つ本土最南端の飛行場という言葉から、薩摩半島の南端の海沿いやらに位置するものかと勝手に想像していたのだが、予想に反して薩摩半島の真ん中で山に囲まれた場所のようだった。

現在では製茶業が盛んで、茶畑や製茶工場が多いらしい。峠を越えて、麓の町を目指して下っていく。その町こそが知覧だろう。バスが知覧に近付くにつれて、車窓には茶畑が広がり始め、刈り取られた後の背の低い木々が、見るからに渋い深緑色の小さな葉を少しばかり残してお行儀よく並んでいる。

住宅などの建物が増えくる。武家屋敷が並ぶ区域や学校、役所のような建物を横目に、無意識のうちに知覧の町へ来たことを悟る。そして、次のバス停が知覧であることを告げられ、その予想が正しかったとはっきりする。

更に乗り続けること数分で、終点の特攻観音入口というバス停に至った。

特攻観音とはいったい何であろうか。

空港の観光案内カウンターで最初に聞いてからずっと気になっていた。


鹿児島中央から一時間半程度の長い旅路を越えて、バスを降りる。バス通りを少し戻ったところに公園があったが、そこが雄大にとっての目的地である知覧特攻平和会館なのだろうか。

雄亮「さっきの公園の奥に、特攻観音と平和会館がある。さぁ、もう3時半を過ぎてるから、早く入館しよう。」

事前に敷地内を調べてくれていたのだろうか。雄亮の行動に迷いは無い。3時半を過ぎてるから急ごうということは、特攻平和会館の会館時間も調べた上でのことだろう。

 さすが、旅行のときの父は本当に頼りになる。

毎度毎度、家族で旅行したときに父に対して思う尊敬の念であった。


 公園内を歩く。知覧平和公園という名らしく、まさに特攻隊に関わる場所であることがすぐにわかった。一見すると普通の多目的公園で、体育館や野球場などのスポーツ施設も充実した造りになっていて、元々この場所に特攻隊員たちが飛び立っていった飛行場があったとは思えない、それこそ平和的な風景になっている。野球場を正面に見ながら道なりに奥まで来ると、左側に道が続いていて、正面に白い建物が見える。

 あそこに、雄吉の遺志が眠っている。

雄大はしきりにそう感じ、胸の高鳴りを覚えた。

いよいよ雄吉最期の地へ足を踏み入れる。





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