9-2

 重たい雲に空が覆われて、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。直ちに雨が降ってくるような感じではないが、見る者の気持ちをどこかナーバスなものにさせてくるのには変わりない。あまりの重厚さ故に、まるで空が自分たちを押し潰そうとしているのではないかと錯覚するほどに、暑く蒸し返した空間がそこに広がっている。

そんな苦しささえ感じる地元の街の中を、雄大はのんびりと歩く。二、三歩先には、一つ一つの景色をしっかりと脳裏に焼き付けるかのように、じっくりと街並みを眺めながら歩く雄吉の後ろ姿があった。

 雄大が見渡す限り、特段記憶にしっかりと残そうと思えるほどの光景があるようには感じられない。だが、これがもし、今日を最後にこの街、いや、この世から去らなければならないという状況になっていたら、何の変哲もない故郷のいつものままの様子が、電柱一本にさえ愛おしく、そして切なく映るのかもしれない。

 散歩に出掛けてもいいかな?

会社へ出掛ける雄亮を見送った直後に、雄吉が言ってきた言葉だった。朝食を終えて身支度を整えてから、雄大と雄吉は自宅を出て、特に目的地も定めず彷徨うようにこの街を歩き続けたのだ。

 きっと、この散歩は、雄吉が故郷とお別れするためのものなんだな。

一緒に歩き出してからしばらく雄吉の様子を眺めていた雄大が悟ったことだった。あまり言葉は交わさず、ひたすら街並みを眺めながら歩くだけの雄吉だったのだが、時々立ち止まっては、一点だけ集中的に見つめて、どこか柔和な表情を見せていたり、微笑んでいたりしたのだ。きっと、あの場所にあった雄吉の思い出が、彼の頭の中で蘇って再生されていたに違いない。そういう諸々の雄吉の行動を見て、雄大は雄吉が散歩に行きたいと申し出た理由がなんとなく理解できたのだ。

 自宅を出て、しばらく近所の住宅街の中を歩いてきたと思ったら、今度は通りに出て駅前まで歩き、その先の商店街を通り、国道へと抜ける。

この駅前から商店街にかけての領域は、かつて雄吉が通っていた日大の中学校があった場所らしく、彼にとってはとても思い出深い場所なはずだ。雄吉がこの時代にやってきて二日目にこの街を案内したときも、雄吉はかつて日大中学があった辺りに来たら、とても生き生きとした嬉しそうな顔を見せていた。そんな雄吉の喜ぶ姿も昨日のことのように雄大は思い出せるのに、あれから一週間も時は経ってしまっていて、ついに雄吉との別れの日がやってきてしまうとは。

雄吉「楽しかったなぁ、中学生だった頃。」

商店街を歩いているとき、ふと雄吉が呟いた言葉だ。

雄大「なんか印象的な思い出話とか、あるのか?」

雄吉の背中に話しかけてやる。すると、雄吉は少し歩く速さを落とし、雄大と並ぶようにして歩き出し、ニコニコ笑いながら話をしてくれた。

雄吉「いろいろあったよ。けど、一番の思い出は、やっぱり身体が一気に丈夫になって、体育大会のときの持久走で学年一位になれたことかな。」

雄大「マジかよ?!」

普通に驚いていた。確かに雄吉は、バドミントンをやらせれば中学高校と部活で鍛えられた奴とほとんど互角に戦えて、サッカーをやらせれば絶妙なところへと入ってボールを回せる頼もしい存在だったことから、運動能力については優れていると思ったものだったが、まさか学年一の持久力の持ち主だったとは。

雄大「たしかに、並々ならぬ体力があるようには感じていたが・・・。」

雄吉「僕も、一位になったのは信じられなかったよ。元々僕は身体が弱くて、小さい頃はしょっちゅう病気して寝込んでいたし、小学校に通っていたときも病気がちで、あまり活発に運動できなかったから。自分でも運動はあまり得意じゃないって思っていたし。」

今の雄吉を知っていると、とても幼少の頃病気がちで寝込んでばかりで、運動があまりできなかったなんて想像し難いものだ。

雄大「今の雄吉おまえを知っていると、とても信じ難いことだな。てっきり元から運動神経が良かったのかと思っていたぜ。」

少し照れくさそうなはにかんだ笑顔で見上げてくる雄吉。

雄吉「中学校入って最初に出来た友達が、丘を越えた隣町に住んでたんだ。だから彼と遊ぶために丘を走って越えたり、夏休みには夜中、よく二人で訳もなくこの町を走って回ったりしていたから、それで急に丈夫になって、走り続けることだけはよく出来るようになったんだ。」

雄大「なるほどなぁ。それで、雄吉に眠っていた運動能力が開花したってか。それで学年一位とはね。」

エヘヘと自信あり気に笑ってくる雄吉だった。

だが、なんとなく雄大にも理解できる中学時代の思い出話だ。似たような思い出が、雄大にも無い訳ではなかったからだ。

雄大「あのくらいの時期って、身体が一気に成長するから、いろいろ出来なかったことが出来るようになれた時期だったよな。」

雄吉「うん、僕もそう思うよ。」

雄吉にも、ちゃんと中学時代の青春を味わう時があったんだ。俺たちと同じように。

 開店前の忙しさが至る所から伝わってくる商店街の中を歩く最中、そんな会話があった。


 国道沿いに歩き、JR線の高架線をくぐり抜けて川を渡ると、大通りとの交差点がある。この交差点を、迷うことなく左折した雄吉に付いて歩く。

 次は、どんな思い出の場所なのだろうか。

きっと雄吉は、彼の中の思い出深い場所を順番に巡るつもりなのだろうから、雄吉に付いていけばその先に必ず何かしらのエピソードがあるはずなのだ。

 大通りには車の通行も多く、忙しなくカラフルな自家用車が行き交い、二本の流れを作り出している。その規則正しい流れを縫うように無機質なトラックが舞い込み、横浜らしい青色が眩しい車体のバスがせっせと客を運んでいる。歩道にも人は多く、この街にも多くの人が暮らしていることがはっきりとわかるものだ。

そんな自動車も人も多く行き交う道を歩いているとき、雄吉がそっと呟くように話し始める。

雄吉「道ってさ。」

雄大「うん?」

突然の雄吉の言葉に、雄大はしっかりと聞き取ることが出来なかった。今度は、雄吉が雄大のことをちゃんと見ながら話してきた。

雄吉「道ってさ、時が経っても、時代が変わっても、ずっと同じように、使われ続けて、人々が通り続けるんだね。」

雄大「・・・あぁ、そう、だな。」

どういうことなのか、明白な意図はわからない。返答に困った顔をしてしまったからなのか、雄吉は苦笑いしながら申し訳なさそうに言う。

雄吉「ごめんごめん。ちょっと、そんなことを思っただけ。」

雄大「あ、いや、別に悪く思っちゃいないって。」

雄吉「うん。この道は、僕が生きてた頃も、ずっとこんな感じだった。海の方からずっと真っ直ぐ、他の通りよりも広くて、農園の丘が遠くからでも見渡せる。周りに建ってる建物とか、車道を走る車は違うけど、昔と同じだって、すごく感じたんだ。」

 そういう意味か! 理解した。

 確かに、道は変わらないかもしれない。まだ21年しか生きていないが、生まれてからずっとこの街で育ってきた雄大の中の道についての記憶は、基本的に何も変わっていない気がする。いつも同じ場所に同じ所を結ぶ道がある。だから今、この地元の街を何も不安に思うことなく、特に地図などを気にすることもなく自由に歩き回ることができるのだ。

そう思えて、昔と変わらないことに納得したとき、無意識にある言葉を吐いてしまった。

雄大「そうなのかぁ。」

言い切ると、急に雄吉が笑い出す。

雄大「どうした? 何か可笑しかったかよ?」

雄吉「いや、なんだか、いつも僕が言ってたことを雄大が言ってきたから。」

雄大「・・・・・・」

言われてみれば、そんな気もする。

雄大がこの時代について雄吉に話してやると、雄吉は感慨深い表情で頷きながら、「そうなのかぁ。」と溜め息でも吐くように言っていたのだ。

雄大「雄吉おまえがよく零してたから、移っちまったんだよ。」

雄吉がまた笑い出す。

 穏やかな時間だ。

このままこんな穏やかな時間がずっと続いてくれれば良いのにとさえ感じてしまう。

この後に待っていることがわかっているから、時間が経ってしまうのが惜しく感じる。

隣で無邪気に笑う雄吉はどうなのだろう?

同じように、時間の経過を惜しみ、恐れてはいないのだろうか?

聞いてみたくても、聞けなかった。


 大通りを内陸側へずっと進むと、貨物線のガードを潜る所がある。そこがこの真っ直ぐ進んできた道の終点で、この先は片側一車線ずつの道路に変わる。歩道も無くなり、建物が車線ギリギリにまで迫る狭い通りを行く。ごちゃごちゃと建物が限界まで詰めて通りを覆っている狭隘な車線を、それでも何も遠慮することなく大型トラックが雄叫びを轟かせながら走り抜けていく。そんなトラックのすぐ横を行かなければならない。もはや横に二人並んで歩くことは適わず、雄吉を先頭に縦列に身体を小さくさせながら遠慮がちに歩く。狭い通りを歩き出して間もなく、すれすれのところを大型トラックが歩行者を嘲笑うかのように爆音を発しながら駆け抜けていった。

雄吉「この通りに、あんな大きなトラックが走るようになるなんてなぁ。」

排気ガスの煙を吐き出しながら小さくなっていくトラックの後ろ姿を見詰めながら、雄吉が呟いてきた。雄大は黙ったまま頷く。実のところ、雄大もこの通りを大型トラックが颯爽と走り抜けることに思うところがあったのだ。

 こんな狭い道を大型トラックが走るなんて危ない。

そう思っていたのだ。

 まだトラックがたくさん走り出す前の時代を生きていた雄吉からしてみたら、こんな狭い道を大型トラックが走ること自体信じられないことかもしれないな。

そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると交差点に差し掛かり、前を歩く雄吉が右へ曲がっていった。狭い道でも交通量の多いこの通りを歩くことが危ないと、雄吉が考えてのことなのかもしれない。

生活道路になったおかげで再び横に並んで雄吉と歩く。

この付近はあまり来たことが無い場所だったので、同じ街の中なのに新鮮味がある。まるで初めて訪れる遠くの街へやってきたように錯覚するほどだ。

 雄吉は、このままどこへ行くつもりなのだろうか。

この道の先に何があるのか、雄大は知らなかった。

いつの間にか左側には丘の斜面が迫ってきており、この街を囲う丘の一角に接近していたことに気がつく。

 そういえば、この辺に中学のときの友達が住んでいたよな。アイツ、元気にしてるかな?

ぼんやりとそんなことを考えながら、雄大も際に並ぶ民家を眺めて歩く。

雄吉「ここを左に曲がって、丘の上に出たいんだけど、坂道行ってもいいかな?」

何度目かわからない十字路に差し掛かったとき、雄吉は迷うことなくピタッと立ち止まって話してきた。雄吉が行ってみたいと言う左に伸びる道の先を見てみると、少し先に右に曲がりながら上る坂道が見える。きっと、この丘を一気に上がる道なのだろう。この街にはそういう場所がそこら中にあるから、すぐに察しがつく。

雄大「もちろん、構わないぞ。」

そう言ってやると、雄吉は「うん」と言って頷いてきた。

 坂道を、それほど歩くペースを落とさずに上っていく。ここのところあまりしっかりした運動をしていなかった雄大だったが、中学高校とバドミントン部で鍛えた体力はまだまだ健在のようだった。隣を歩く雄吉も、特に疲れた様子は見られない。さすが、陸軍に徴兵されて鍛え上げられただけのことがある。訓練中は、きっと自分が経験してきたバドミントン部の練習以上に苦しいことをさせられてきたのだろう。見た目以上に体力がある雄吉ならば、横浜の街に特有の丘と急坂もへっちゃらだろう。


 坂道を上り切ると足に少し重みが残っていたが、それを疲労と捉えるほどのことでもなかった。だが、真夏の日光を浴びながらの登坂は発汗が激しく促されて、二人共頭から水を被ったかのようにダラダラと汗が滴り落ちる。

 坂道を上り切った先にも十字路があるが、雄吉は迷わず左側の道端へと、何か楽しいことでもあるようにニコニコしながら歩いていく。そんな雄吉の後ろ姿を目で追うと、すぐに雄吉が道端に設置された自動販売機に向かっているのだとわかった。

 坂を上って身体も火照ったことだし、何か飲み物でも買うのだろう。

そう感じ、雄大も自販機の前に立つ雄吉の横に並ぶ。

雄吉「この自動販売機で、一昨日初めて飲み物を買ったんだ。」

雄大「へぇ~、自販機で飲み物を。」

雄吉「面白い機械だよね、これ。」

まだ歳端いかぬ子どもが初めて与えられた遊具に夢中になっているかのような、無邪気な笑顔を湛えて雄吉は話してくる。

雄大「まぁ、便利だよ。どこでも飲み物買えるしな。」

雄吉「欲しい飲み物のボタン押したら、現物が出てくるって、なんだかすごくワクワクするよ!」

雄大「あぁ、確かに。」

雄吉「まだお母さんからもらった小遣い残ってるし、また買ってみよう。」

楽しそうに笑いながらサイダーを買っている雄吉。そんな彼を眺めていると、雄大も愉快な気分になってくる。

 これから、へ逝ってしまう人だとは思えない様子だよな。

楽しそうに、愉快そうに、無邪気に笑う雄吉を見れば見るほど、雄大の気持ちは驚きと苦しみに苛まれるのだ。

 雄吉と、別れたくない。

これからもずっと、同年代の友達(親戚)として、一緒に時を刻んで生きていけたらと切に思う。だけど、そもそも雄吉は70年ほど前の戦前の時代を生きてきた人間で、70年前の6月に特攻出撃して戦死してしまっているのだ。既に歴史的に決められた人生を全うし尽くした存在だった。歴史上の人物を示すとき、名前の横の()内に誕生年と終末年を記す箇所があるが、もし海村雄吉という人物が歴史書に載るのならば、『海村雄吉(1923~1945)』と記されてしまうのだ。

そんな人物と、2015年以降の世界を共に生きていくなど有り得ないことなのだから。


 自販機のあった場所から更に先へ進み、木々が並ぶ木立の中を歩いていく。やがて丘の斜面に築かれた廃業したゴルフの打ちっ放し場の横を通り過ぎ、丘の上に建てられたマンション群を過ぎる。

雄吉「ここへ来ようと思ってたんだ。」

そう言って、雄吉は三角を左折していく。左に伸びる道は左に曲がる下り坂になっており、正面には眼下にこの街の様子と、遠くに横浜みなとみらいのビル群などの沿岸部が望める絶好の眺望が広がっていたのだ。

雄吉が「ここへ来ようと思ってた」という意図を、雄大は察知する。

雄吉「ここからの眺めを見たかったんだ。」

道の真ん中で立ち止まって、景色を見ながら話す雄吉。雄大も雄吉を真似て、目の前に広がる地元の街の眺めを見てみる。

 丁度駅の方がきれいに開けているんだな。家がある方はちょっと見えにくいけど・・・。

視線を奥の方へ移すと、靄で霞んだ先に浮かぶようにランドマークタワーとクイーンズスクエアのビル群、それからヨットの帆の形を模したパシフィコ横浜の白い半円形のビルが見える。

雄大「この街の眺めを、最期にしっかりと見たかったと?」

雄吉の言葉から汲み取ったこの散歩の意図を問うてみる。

すると、雄吉は景色を眺めたまま黙って頷いてきた。

雄吉「故郷を・・・、僕が生まれ育った町の姿を、特攻隊が組成されたときからずっと思い出してた。それでいつも、最後にもう一度、故郷を目に焼き付けておきたいと思ってた。」

そう言ってから、雄吉はすっと深呼吸する。

谷間の方から、電車の警笛が微かに響いてくる。踏切を通過するときに鳴らす警笛だろう。

雄吉「この町は、本当に良い所だね。」

雄大「そうかぁ?」

あまりこれまでの人生で、この地元の町が良い所だと感じたことはなかったように雄大は思う。特に町を象徴するシンボルがある訳でもなく、名産品や名物がある訳でもない。古くからある町で、高級感漂わせるお洒落な街並みなど皆無で、古めかしい物から目新しい物の人家が所狭しと並び、中小規模の町工場が散りばめられ、居酒屋やスナックが建ち並ぶ飲み屋通りが至る所に点在する、混沌とした町だ。町を南北に貫くJR線には駅もあるのだが、この路線を走る快速電車は遠慮なく高速のまま通過してしまうほどだ。

そんな町を良い所だと感じる方が難しく思う。

それでも、雄吉はこの町を良い所だと言ってきた。

雄吉「良い所だよ。丘に囲まれて、眺めの良い所もたくさんあって、自然もまだまだ残されてる。海にだって近いし、横浜の繁華街へもすぐ行ける。子どもたちが公園とか学校で楽しそうに遊んでる。町に人がたくさん行き交っている。」

この町を、雄吉の故郷であるこの町の様々な場所や場面を映しているのだろうか。雄吉は両目を優しく瞑って話していた。そして、ゆっくりと見開いてから、もう一度実際の風景を見下ろす。そんな雄吉の横顔を、雄大はじっと見つめてしまう。

雄吉「良い所だよ、この町は。」

にこやかに笑いながら、雄吉は雄大の眼を見ながらそう言った。そんな彼の眼は、どこか満足したような、充足感溢れるような、幸せそうな輝きを纏っていたように雄大は感じる。

 もしかしたら、雄吉は本当に幸せなのかもしれないな。

ふと、雄大はそう感じた。

 ずっと最後にもう一度見てみたかった生まれ故郷の街並み。そこに住まう家族や親戚、友達や近所の人々が営む何でもない様が、美しい絵画のように目に映るのだ。

 何でもない故郷の情景。特段自慢できる名物や名所が無くても、まもなく往こうとしている人にとってそれは、もっとも美しくて尊い場所なのだ。

だから、雄吉はこの何の変哲もない下町かぶれのこの町が良い町だと言ったのだろう。それも、とても幸せそうな顔を見せながら。

そんなことを考えながら、再び幸福感に満ちた笑顔を惜しげもなく見せながら故郷の風景を眺める雄吉の横顔を、雄大はじっと眼に焼き付けようとした。

 雄吉、お前がここで、70年後の故郷の景色を眺めていたこと、忘れないからな。

口から言葉として発すことはしなかったが、雄大は雄吉にそう誓ってやった。

もう一度、自分たちが暮らす町並みを望む。

 確かに、いい場所かもしれないよ。だって、日本全国の知名度を誇る横浜ランドマークタワーをこんなに近くで見られる場所なんだぜ。この向きだったら山下公園でやる花火だって綺麗に見れるし、夜になったら夜景だって素敵な場所だ。そういう絶景がたくさん見られるのが、この町の名物、かもしれないな。

 雄吉とは違った見え方なんだろうけど、俺も、そう思うよ。この町は、良い所だって。

雄大「良い所だぜ。」

雄吉「ん?!」

急に雄大が言葉を発したからか、雄吉がニコニコしたまま雄大のことを見上げてきた。

雄大「良い所だぜ、この町は。な?」

雄吉「う、うん。」

訳も分からず頷く雄吉の苦笑いを見て、雄大は途端に面白くなってくる。

雄大「俺たちの故郷は、良い所だぜ。そうだろ、雄吉。」

雄吉の眼をしっかりと見つめて言ってやる。すると、雄吉も雄大の勢いに乗ってきたのか、力に満ちた笑みを見せてきた。

雄吉「もちろんだとも! 最高だ!」

雄大「だな!」

きっと、雄吉の眼にはこの現代の横浜の下町の様子ではなく、70年前の頃の町の情景が見えていたに違いない。だが、そんなことは関係ない。今、雄大は雄吉と同じ故郷に生まれ育ったことを、雄吉と同じように誇りに感じていたのだから。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る