2-6
自宅に帰宅してからは、雄大は忙しなく行動していた。
14時頃に帰宅したため、帰ってからすぐに、半日夏空の下を歩いて汗まみれになった身体をシャワーで流し、身体の火照りを取ってからバイトへ出掛ける支度を始めていた。
家には、雄大と雄吉の他には誰も居なかった。
シャワーから出てきた雄大は、雄吉にもシャワーに入って汗を流したらどうかと勧めてきたので、雄吉もシャワーを借りることにした。
雄大から着替えを借り、風呂場へ行く。
汗に濡れたシャツを脱ぎ去り、短パンも脱ぎ去る。そして、慣れないボクサーパンツも脱いで、風呂場へ行く。
ふと、雄吉には風呂桶の湯が気になった。
冷たくなってるなら、風呂入ってみても、良いかな?
蓋を外し、片手だけ湯船に浸す。
冷たいと言うほどではないが、温くもないほどにまで冷めた湯だった。
よし!
軽く掛け湯してから水風呂の中へ入り込む。
「わぁ~」と、思わず声が出てしまう。
やっぱり夏は水浴びが気持ちいね~。
頭まで水の中に潜らせて、全身の熱を冷まそうとする。
再び水の上に顔を出し、大きく深呼吸する。
水泳したのも、だいぶ前だったかもなぁ。
そんなときだった。
脱衣場の扉が開くのが風呂場のドア越しに見える。
雄大が洗面台の前にある鏡を使っているようだ。
そんな雄大から話し声が聞こえた。
雄大「シャワー、ちゃんと使えてるか?」
きっと、一向にシャワーが流れる音が聞こえないことで、雄吉がシャワーの使い方がわからなくて間誤付いているのではないかと心配してくれての言葉なのだろう。
雄吉「あ、うん。大丈夫だと思うよ。」
雄大「思うって?」
風呂場のドアがゆっくりと開いて、雄大が風呂場を覗いてきた。
すぐに雄大は苦笑いを始める。
雄大「なに水風呂入ってんだよ。」
雄吉「だってさ、暑いからとりあえず水に入ってみようと思って。」
笑って話してやると、雄大も釣られたように笑い出した。
雄大「まぁ良いけど。風邪引かないようにな。」
雄吉「うん、大丈夫。」
右手の親指を立てて突き出しながら、雄吉は言った。
雄大は鼻で笑うと風呂場のドアを閉めて引っ込んだ。
雄吉はもう一度水中に潜った。
息が続く限り水の中に潜り続け、再び水から頭を出して大きく深呼吸する。
顔面の水滴を両手で拭い、天井を見上げる。
そういえば、雄大が出掛けている間、何していようかな。
ぼんやりそんなことを考えているうちに、やがて寒さを感じるようになってきた。
脱衣場に居たはずの雄大もいつの間にか居なくなっており、意外に時間が経過していたことを雄吉は悟った。
シャワーから湯を出し、雄吉は水風呂から上がって
雄大から借りた部屋着に着替え、リビングへ行くと、そこには出発前の雄大が居り、テレビの前のソファーに腰を下ろして出発の準備をしていた。
雄吉「もう行くの?」
雄大「あぁ、そろそろな。留守番、よろしくな。」
雄吉「うん。」
雄大「あと一時間もしたら、母さんが帰ってくると思うから。もし俺が出発したあとに誰か家に来ても、開けなくて良いから。」
雄吉「え? そうなの?」
来客を通さずに居ていいとは、どういう事情なのだろうか?
そんな疑問を雄大に問うてみようとしたとき、そんな雄吉の気持ちが伝わったのか、雄大は答えを話し出した。
雄大「ときどき面倒な勧誘とかが来るんだ。雄吉にそんな面倒な奴らの対応させる訳にもいかないからな。だから母さん帰ってくるまでは誰か来ても開けなくていい。居留守してていいから。」
雄吉「わかったよ。」
なんとなく、納得した。
確かに、この時代の事情も、この家の事情も何も知らない僕が出てしまったら、みんなに迷惑掛けるだけだよな。
そう雄吉は考えた。
雄大「俺の部屋の本とかゲームとかは、自由に使ってくれて構わないからな。あと、何か飲みたいときは冷蔵庫に麦茶があると思うから、好きに飲んでくれ。お菓子も冷蔵庫の横の棚にあるから、適当に摘んでくれ。」
雄吉「うん、ありがと。」
雄大が辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
雄大「他には・・・、大丈夫かな?」
雄吉「・・・・・」
一瞬、沈黙が続く。
大丈夫と判断したのか、雄大が再び口を開いた。
雄大「まぁ平気かな。じゃあ、行ってくる。俺が出たら、玄関の鍵閉めておいてくれ。」
雄吉「おう。」
雄大が鞄を手にしながら立ち上がる。
そのまま玄関の方へと歩き出したので、雄吉もその後から雄大に付いていった。
玄関で雄大を見送る。玄関の横の靴箱の上に置かれていたヘルメットを雄大は掴んだ。
雄大「それじゃ、行ってくる。」
雄吉「行ってらっしゃい。頑張ってこいよ。」
雄大「あぁ。」
扉を開けて雄大が外に出た。そしてまた、扉を閉められる。
雄吉はしばらく閉まったままの玄関の扉の前でじっとしていた。間もなくエンジンが掛かる音がした。オートバイだろうか。すぐに走り出す音がして、そしてまた音が遠ざかっていく。
出発したかぁ。
そう思い、雄吉は玄関の鍵をしっかりと閉めた。
とりあえず、雄吉は二階の雄大の部屋へ行った。
雄大の机に向かい、今日のこれまでのことを思い返してみる。
70年後のこの街は、もう僕が知っているこの街とは全然違う場所になっていたんだな。
そう感じる。
新しい物がたくさん出来ていた。あるはずの物が無くなっていた。知っている物が形を変えて見え方が変わっていた。
驚きの連続だった。
ずっと街の中を歩いていて気になっていたことは、軍人が全くいなくなっていたことだった。
そこら中に軍人や憲兵が立っていたあの頃。
1923年5月10日生まれの雄吉にとっては、物心ついて間もない頃から戦争が身近にあったため、兵隊はよく見かけていた。1931年の満州事変から始まり、1937年の日中戦争を目の当たりにしてきた。もちろん、日本から離れた大陸での出来事で、直接戦争を見ていた訳ではない。だが、それでも日本本土の中は緊迫していた日々がそこに流れていた。そして、1941年、大東亜戦争が開戦し、雄吉自身もその身を投じることとなる日本最大の戦争が始まった。
だから、世の中がなんとなく理解できるようになった年頃からは、しきりに戦争と軍隊と兵隊に囲まれた中を生きていたように感じる。
自分の人生を振り返ってみると、まさに戦争が身近にあって、そして戦争に身を投じ、戦火となって生涯を終えた。
70年後はもう、兵隊が警衛していなくても良い世の中に変わっていたんだな。戦争が日本から消えたことの、何よりの表れかもしれない。
この半日に見てきたことを思い返してみたとき、自分の傍にあれだけあった戦争の面影が、全くもって消えていたように思えた。世の中とは、こんなに変わってしまえるものなのか。そんな疑問さえ感じるほどだ。
ただ、何も変わっていないのは、形は違えど、70年後のこの街にもたくさんの人が暮らしていて、生活している人が大勢居たということだ。きっとそれは、この時代の先も続いていくことだろう。
雄大たちの話では、1945年の5月にこの街にも空襲があったと聞く。きっと大勢の人間の命が消えていったに違いない。それでも、戦争が終結し、焼け野原になったこの地にも人が残り、失った生活を必死に取り戻そうとしてくれた、戦争を生き抜いた人々がそこに居たのだろう。そして、戦争のない世の中がやってきた。
雄造たちは、戦争の消えた日本で生きることが出来たんだな。
みんなが、平和になった日本で暮らすことが出来てくれて、本当に良かったよ。
もちろん、いろいろと細かい苦労はあっただろうけど、それでも、戦の無い日本で生きていくことが出来て、良かった。
つくづく、そう思った。雄吉には、もう戦争のない世の中で残った家族が生き抜いてくれたことを喜ぶことしかできなかった。
それを知ることが出来て、よかったよ。
雄吉は窓に映る雲を見上げながら、そう強く思った。
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