2-2

 久々に7時過ぎに朝食を食べている気がする。

そう雄大は感じていた。

大学生になってからというもの、1年次を終えてからはほとんど朝早く出掛けるようなことはなかった。受講している講義は大方2限目や午後になってから始められるものばかりにしていたため、朝早く起きて朝食を摂ると言う機会が無くなっていたのだ。

だから、この時間に父と弟の雄翔ゆうとと共に同じテーブルを囲むことも懐かしさを感じる。

この日の朝食は、雄吉が居ることを母が考慮して作られたのだろうか。

珍しく一人ひとつ、アジの開きが出されていたし、卵焼きもしっかり作られており、お新香もきゅうりだけではなく、ナスや白菜など種類も豊富で、さらに海苔の佃煮まで出されていたのだ。

味噌汁の具はシンプルに豆腐だけという感じだったが、かなり凝った感じだったのだ。

雄吉「朝からすごく豪華ですね。」

美恵子がお茶を煎れているときに雄吉が言っていた。

美恵子「そんなことないわよ。平凡なものしか用意できなかったから、こんなんで良かったかしらって思っていたところなのよ。」

マジかよ! いつもよりも品数が多いぞ。魚も一人一尾あるし。

腹の中で雄大は毒づいていた。

雄吉「こんなにたくさんのおかずが乗ってる朝ごはんは、すごく久しぶりな気がします。だから嬉しいです。」

美恵子「食べたいだけ食べてね。」

雄吉「ありがとうございます。」

なぁ雄吉。本当はさ、毎朝こんなにたくさんおかずが食卓に乗ることは滅多に無いんだからな。だから現代の日本人の朝飯が、こんなにたくさんの品が出てくるのが普通だなんて、誤解はしないでくれな。

母と雄吉のやり取りを伺いながら、雄大はそう苦笑いしながら思っていた。


 朝食を終えると、一旦雄大と雄吉は雄大の居室へ引き上げた。

雄吉の遺書があるかどうか確認するのは、さすがに仕事へ出掛ける前の忙しい父に聞いてみるのは気が引けたため、夜に父が仕事から帰ってきてから試みることにした。

雄大「じゃ、出掛ける支度するか。」

雄吉「うん、そうだね。」

雄大「出掛けるための服も貸さないとな。」

言いながら、雄大は押し入れを開けて服をしまっている引き出しを開けた。

雄吉「あ、うん。すまないな。」

雄大「気にするなって。まさか軍の服着て街に出る訳にもいかないだろ。」

雄吉「うん・・・、まぁ、そうだね。」

ずっと着用していた航空兵の服などの道具は、どうやら朝一で美恵子が洗濯してくれていたらしく、すでに庭の物干し竿に吊るされながら、夏空の下を揺ら揺らと泳ぐ鯉のぼりのようになっていた。

雄大「適当に出すから、気に入ったのあったら着てみてくれよ。」

雄吉「わかった。」

引き出しから適当に服を、敷きっぱなしにしていた雄大の布団の上に並べていく。

この日も暑くなると、テレビの中の天気予報のおねえさんが言っていた。

となると、比較的薄着でも十分だった。

間もなく雄吉は白地に茶色で文字が描かれたTシャツを選び、そしてカーキ色の短パンを選んでいた。

なんとなく、地味目ではあるが、これはむしろ、雄吉が居た頃の質素な服装がそのまま反映されているのではないかと、雄大は思った。戦時中は物が思うように得られなかったと聞いている。それ故に、派手な物や洒落た造りの服など着れなかっただろうから、慣れた感覚で選ぼうとしてしまうと地味な組み合わせに落ち着いてしまうのも当然といえばその通りであったことだろう。

早速雄吉は選んだ服を着てみた。

無難な雰囲気だった。

雄大「なんだか、やたら落ち着いた雰囲気だな。」

雄大の言葉を聞いて、雄吉は自分の着ている服装を下から上へと眺め出した。

雄吉「そうかな? このシャツの英語の文字が派手な気がするけど。」

そうなのか。これは今では取り立てて派手でもないデザインなんだがな。

そう思いながらも、雄大は口を開いた。

雄大「それを見てもなんとなく落ち着いた感じするんだって。そうだなぁ。」

雄大は引き出しから野球帽を取り出すと、それを雄吉へ寄越した。

雄大「せっかくだから帽子も使ったらどうかと思ってさ。」

雄吉「あ、ありがとう。」

受け取った野球帽を手に取り、ゆっくりと眺める雄吉。紺色の野球帽で、正面にはとあるスポーツブランドのロゴが刺繍されている、普通の野球帽だった。雄大が好むブランドのロゴ入りということで、使い方はさておき、とりあえず購入してみようかと思って買ってきた新品同様の品だった。

雄大「それ、まだほとんど使ってないから、雄吉が好きに使うと良いよ。」

雄吉「いいの?」

受け取った帽子を雄吉は頭に被せた。

雄大「様になってるな。似合うよ。」

雄吉「そう? それなら良かったけど。それじゃ、この帽子、借りてくね。」

なんだかんだ嬉しそうな表情で帽子を取ったり被せたりを繰り返す雄吉だった。

雄大「おう。せっかくだし、この街の案内を一通り終えたら服でも買いに行くか?」

雄吉「そんな、悪いよ。」

帽子をしっかりと頭に被せた雄吉が遠慮気味に言ってきた。

雄大「せっかく70年後の日本に来たんだし、70年後のスタイルに挑戦するのも悪くないと思うけどな。」

雄吉「まぁ、それはそうだね。」

腕を組みながら話した雄吉だった。70年後のスタイルに挑戦ということに関しては、拒否するつもりはなさそうで、むしろどこか興味がありそうな感じだ。

案外雄吉は、物事を柔軟に考えられる人間で、何でも興味関心をもって取っ付き易い性格なのかもしれないな。

そう雄大は思った。

雄大「それじゃ、服を買いに行ってみよう。」

雄吉「うん。」

雄大「そしたら、次は俺の準備だな。」

雄大も外行きの服装に着替え、準備を終えた。

これで出撃の準備は完了だ!

そんな冗談を胸の内で呟きながら、雄大は雄吉の方を見た。

雄大「行くか!」

雄吉「おう。」

居室を出て、玄関を出た。

まずはどこへ行くか・・・。

むしろ、コイツが行ってみたいところとかあったら先に聞いておいた方が良いかな。

雄大「雄吉。」

雄吉「うん?」

雄大「どこか行きたいところとか、見てみたいところとかあったら聞いておこうか?」

雄吉「そうだなぁ。」

腕を組みながら、雄吉は考えていた。

すぐに雄吉は閃いたみたいで、興奮気味になって雄大のことを見上げてきた。

雄吉「そうだ! 近くに神社なかった?」

雄大「あるにはあるぜ。八幡神社っていう神社。」

この町内にある唯一の神社だったから、この近くの神社と言われればそこしか思い当たらなかった。

雄吉「そう! そこには最初に行ってみたい!」

興奮して、楽しいことでもこれからするかのような雰囲気を出しながら雄吉は言っていた。

雄大「良いぜ。でも、すぐそこだぞ。」

雄吉「子どもの頃、よく神社の境内で遊んでいたんだ。」

雄大「なるほど。」

この町で住んでいた頃の、一番思い出深い場所が、子どもの頃に遊んでいた場所だということについては、雄大にもわかる気がした。子どもの頃の記憶は、どこか尊いのだ。あの頃、無邪気に遊ぶことに一生懸命になっていた子ども時代。そこで得た記憶は、いつも今を生きる自分にとっては最大の癒しにもなるし、励ましにもなるし、元気を出すための原動力にもなるような気がするのだ。だから、もし自分がこの先独立して家を出て、この町や横浜から出て別の街で暮らすようになったとしても、子どもの頃に遊んだ場所や馴染みのある場所はしっかりと見ておきたくなるだろうし、ずっとその場所が存続していてほしいと願うだろうと思ったのだ。

雄大「じゃ、行って見るか。」

雄吉「おう!」

玄関の前から歩き出し、公道へと出る。

家の前は大通りなどのような主要な道路ではなく、脇に入っていく枝道のはずれに位置していたため、車の通りも人の通りもほとんど皆無であった。

家の敷地を出てからというもの、雄吉は辺りの家や玄関先を忙しなくキョロキョロと見渡し続けた。

やっぱり、珍しいよな。70年後の家の様子も全然違うだろうからなぁ。

雄吉「すげぇ。どこの家にも車がある。」

各戸の庭や玄関前、ガレージなどに収まっている自家用車を眺めていた雄吉からの言葉だった。軽自動車からワゴン車まで、白やシルバーや黒、青や赤の色に染まった車が、通りを歩く者に挨拶でもするように、そのフロント部分をこちらに向けて並んでいた。

雄大「あぁ、まぁだいたいはな。今はもう車社会だから、ほとんどの家は一台は持っているんじゃねぇかな。」

雄吉「すごいなぁ。70年ものあいだに、車はみんなが買える道具になったんだな。」

雄大「確かに、そうかもしれないな。」

戦時中にも自動車はあったはずだ。だがそれは、よほど偉い人物だったり、それこそ軍用だったり、一般の市民が自由に使えるような道具ではなかった。

戦後70年の間に、それまでは限られた人や職の人だけしか使えなかった乗り物が、当たり前のように手に届く物へと変わり、車を持つことは今や当たり前のような社会に至っている。

雄吉が生きていた時代との大きな違いの一つだ。

雄吉「それに、どこまでもちゃんと舗装された道が続いてるのもすごいな。」

足元に広がるアスファルトを見渡しながら、雄吉は話していた。

雄大「この辺じゃ舗装されていない道を探す方が苦労するよ。」

雄吉「そうなのかぁ!」

道の先を望みながら、目を丸くしながら雄吉は聞いていた。

そして、今度は周りに林立する住宅を眺めながら歩く雄吉だった。

雄吉「家の数もこんなにたくさんあるし。僕が居た頃には、この裏はほとんど田んぼと畑ばかりだったよ。」

この裏と雄吉が言った方を見てみたが、ただただ一戸建てが密にひしめくようにして並んでいるだけで、とても田んぼや畑があった場所とは思えない。

それでも、この辺りは比較的閑静な場所であった。

雄大「この辺はまだ静かな方だよ。駅の方行くともっとマンションとかも増えるしな。人もたくさん歩いてるし。」

雄吉「駅?」

“駅”という単語に敏感に反応を示した雄吉だった。

そんなに“駅”が気になるのだろうか。

雄大「そう。電車の駅。」

雄吉「その、雄大の言ってる電車の駅って、京浜電鉄の?」

雄大「京浜電鉄?」

またまた雄大の想定外の発言を雄吉はしてきた。

京浜電鉄って、つまりは・・・。

雄大「京急のことかな?」

京急と呼ばれる私鉄が、歩いて行ける範囲内にあるのは確かだった。この鉄道会社の名称は、京浜急行電鉄だった。だから、京浜電鉄と言われてすぐに想像が付くのは京急線のことだった。確かに、路線は東京の品川から横浜を経由して三浦半島の方へ続いているため、京浜間を走っていて、尚且つ京浜の名を冠する私鉄という意味ではこれだけである。

雄吉「この時代の京浜電鉄って、けいきゅうって呼ばれてるの?」

雄大「あ、まぁそうだな。京浜急行って、今は名乗ってるしな。だから略して京急だ。」

雄吉「ふ~ん、そうなのかぁ。」

感慨深そうに、雄吉は頷いていた。

雄大「でも、だとしたら俺が言ってる駅とは違うよ。たしかに京急の駅も歩いて行ける距離にあるけど、すぐそこ走ってるJR線、つまり国鉄の駅があるんだ。」

雄吉「そうなの?」

雄吉はさらに目を丸くさせながら聞いてきた。

雄吉「僕が居た頃にはそこの省線しょうせん※に駅なんて無かったよ。それこそ、東海道線の線路がある方まで行かないと。京浜電鉄の駅まで行かないと電車には乗れなかったし。」

(※・・・国鉄、現在のJR線のこと。終戦前の当時は国が所有して鉄道省管轄の鉄道を省線や省鉄と呼ぶことがあった)

雄大「ってことは何だ? この街に駅が出来たのは、戦後ってことなのかな。」

雄大も驚いていた。まさか、この街に駅がなかったなんて。雄吉の話から、線路自体は戦前からこの街を貫くようにして敷設されていたようであるが、まさか自分たちの街を見向きもせずに通り過ぎるだけだったなんて。電車に乗るために、わざわざ海側まで歩いて行って、そこから現在の京急線に乗らなければ横浜の中心街にも出られないと思うと、戦前のこの地域はなかなか不便な場所であったとさえ感じる。

雄吉「たしかに、地元の有力な地権者の人が省鉄に駅を作れって、嘆願してたのは知ってるけど。本当にその嘆願が叶ったのかぁ。」

昔の人々が鉄道会社へ駅を開設してほしいと切に願ってくれたお陰で、今はわざわざ海側の別の路線の駅にも、山を越えて隣の駅にもいかずに済んだ訳だった。

この街に駅があることも、昔の人に感謝しないとな・・・。そのおかげでだいぶのんびり家を出ることが出来てる訳だしな。

そんな思いが雄大の心の内に涌いてきていた。

雄吉「人はそれなりに住んでいたし、農場や日本大学の中学校や商業学校とかもあるからね。駅があればそれなりに便利だったと思うよ。」

またまた雄吉は雄大の想定を超えたことを話してきた。

雄大「日大の中学校がこの街にもあったの?」

そんなこと知らなかった。どこにそんな敷地があったと言うのだ?

まさかとは思うが、現在は別の学校の敷地になっているのだろうか。それとも、何か別の建物に置き換わっているのだろうか?

もしくはかつては一つの敷地だったところが細かく分割されて、それぞれに建物が建ったために、かつて学校があったということを彷彿とさせる遺構が何もないのだろうか?

雄吉「え?」

今度は、雄吉の方が驚いていた。

雄大「今は、日大はこんなとこに無いぞ。中学と高校なら日吉ひよしにあるけど。」

雄吉「そうなの? 日吉って、綱島つなしま温泉の先の日吉だよね?」

雄大「あぁ。」

この街から日吉へ行く場合、途中にかつて温泉街として賑わいを見せたと伝わる綱島を通ることになる。しかし、雄吉が知ってる綱島には温泉街としての風情があったのだろうが、雄大の知っている綱島にはそんなものはこれっぽちも感じられなかった。ただのゴミゴミとした住宅街。そんなイメージだった。確かに綱島駅を出て街道の向かい側には古くから営業している日帰り温泉施設があったが、むしろそれくらいしか綱島が昔は温泉街だったということを伝える物が残されていないようにも感じる。

この街だけではなく、きっと周りの街並みもこの70年の間に大きく変わっているのは確かだ。

雄大「どこにあったんだ? この街にあった日大の中学って。」

雄吉「えっと、省線の線路をずっと海側へ行ったところだよ。東海道と交差する手前辺りだよ。」

東海道とはつまるところ、現在の国道一号線のことだろうな。

そう考えながら、雄吉の話を聞いていた。

雄大「そんなとこにあったのか・・・。けど、その辺に今は駅が出来てるぞ。」

雄吉「そうなのかぁ。」

まさかとは思うが、日大が撤退した跡地を使って駅の建設用地を確保したのだろうか。終戦の前にはこの街にも空襲があったことを考えると、もしかしたら日大中学の校舎も空襲の被害に遭い、それを機に現在の日吉へ移転してしまったのかもしれない。どういう理由かは雄大には定かにできなかったが、日大の中学校がこの街から移転することになり、空いた土地を有効的に利用しようとするのは至極当然のことと思えた。

雄大「日大がここから出て行った跡地に駅を作ったのかな?」

雄吉「70年も経ってしまうと、いろいろ町の形も全然違くなってしまっているんだね。」

雄大「全くだぜ。」

自分の住んでいる街の70年前の様子を雄吉から聞いていると、本当にこの戦後の時間が過ぎる過程でいろんな物がその姿を常に変えているのだと感じた。

人が年老いていくのが時間の経過を意味するのは自明の解であるが、同時にそれは街並みにも当てはまるのではないか。

住んでる町の姿も、70年の時が過ぎ、その間には当初存在していたものがいろいろな理由によって消えてしまったり、あるいは無かった物が出現したり、形を変えたり姿を変えたり、目まぐるしくその全容を変えている、生きているのだろう。

自分の住んでる町の歴史を追っていくのも、なかなか興味深いかもしれないな。

そう思いながら住宅に挟まれた狭い道を歩く。

前方に、かつて省線だった路線を行く電車が走り去っていく様子が見え始めた。

そんなときだった。また雄吉が驚愕の念を口にした。

雄吉「今のって、電車、だよね?」

雄大「そうだけど。」

雄吉の顔を見ると、驚きの表情の中にかなりの興奮を見せていた。まるで小さな子どもが興味を感じるおもちゃを見つけたときのような、キラキラした瞳をしていたのである。

雄吉「すごいな! とっても早く走ってるし、すごい長いし、それに銀ピカの車体で、すごく恰好良くなってる!」

いったいどこの田舎者だよと、そう言いたくなるほどだった。

横浜を始め、首都圏各地では当たり前に見られる銀ピカの車体の長い編成の電車。

それも現代において一般的な光景である訳だから、70年前の世界を生きてきた人間には目新しく映るのは当然だったろう。

雄大「格好いいかどうかは知らねぇけど、今はもうどこの電車もほとんど銀色だぜ。」

雄吉「塗装とかしなくても錆びないの?」

そんなこと知らんわ。

けど、全部塗装した電車なんて、俺はあんまり見たことなかったような・・・。少なくともあの路線では知らない。

ってことは、錆びたりするなんてことは無いってわかっているから無塗装なんだろうな。

そう自分の頭の中で結論を出した。

雄大「大丈夫だから、そのままなんじゃないか? 言われてみたら、ステンレスってそうそう錆びることはないだろうし。」

雄吉「そういえば、そういう鋼材があるってことは聞いたことがあるよ。」

相変わらず、雄吉は物知りだなぁ。ステンレスのことも話には聞いていたってかい。てか、こいつは本当に何でもかんでもいろんなことに興味を持つんだなぁ。仮に俺が雄吉の生きてた時代に生きていて、ステンレスが世の中にあるなんて聞かされても、そんなこと記憶に残らねぇよ。

そう思いながら、雄大は電車が走り去ったあとの線路の方を眺める雄吉を見詰めていた。

雄吉「そうかぁ。この時代では、その錆びない鋼材を使って電車も作られているんだね。」

しみじみと感じ入りながら、雄吉は感想を述べていた。それは、自分の生きていた時代には完遂し得なかったほどの技術水準へと、日本の技術力が進歩していたことを知って安堵し、喜んでいるかのようであった。

雄大「だから全部塗装されてる電車なんて、この辺じゃあまり見かけないぜ。それこそ、京急の赤い電車くらいじゃないか?」

雄吉「そうなんだぁ。それに加えて、車両が長いな。あんなに長い電車が走ってるなんて。」

先ほど颯爽と走り抜けて行った、銀ピカの電車には8両の車両が連結されていた。ただ、横浜に住んでいるとさらに長い、巨大な蛇のような車両数を編成した電車なんてざらに見ることができた。だから、雄大はここの路線を走る電車について、長い編成だなんて思ったこともなかった。むしろ、朝晩のラッシュ時はかなり混雑するので、もっと車両を連結してくれと思うほどであった。

雄大「これでもここの路線は少ない方じゃないか? 他には10両編成なんて当たり前に走ってるし、中には15両とかいうのもある。」

雄吉「すげぇなぁ! 電車が15両も繋がってるなんて。」

かなり興奮しているのか、雄吉の声量が上がっていた。

雄大「そんなにすごいか?」

何でそんなに興奮するのかと思うほど、雄吉は一つ一つの見聞について驚愕していた。

雄吉「だって、僕が知ってる電車って、1両や2両くらいで走る印象しかなかったし。車体だって、茶色とかだし。」

言われてみると、雄吉が生きていた頃の電車は現在に比べたら圧倒的に少数の車両しか連結されていなかったように思う。イメージだが、1両で地味な色の電車がのんびりと走るというものである。

それが、銀色を基調とした車体に路線カラーの帯を巻いて、たくさん車両を連結させた蛇のような格好で颯爽と線路の上を滑っていくようになった訳だ。70年前の様子からしてみたら圧巻だろう。

雄大「まぁ70年も経っていれば、それだけ技術も進歩しているってことだろうな。」

雄吉「そうだね。すごいなぁ。その技術って、日本だけの力で進歩したのかな?」

雄大「そうなんじゃねぇか? 友達に鉄道好きな奴が居るけど、そいつの話じゃ日本の電車が海外に輸出されて走ってるんだとか。」

雄吉は、これまでにないくらいの鋭敏な反応で雄大のことを見上げてきた。

雄吉「すげぇ!」

雄大「え?」

頬を紅潮させながら、雄吉はかなり興奮した様子で話し出した。

雄吉「元々外国から輸入した技術を発展させて、それが世界で通用する技術になって、逆に海外に輸出する。そんな技術を日本が身に付けていくなんて。」

雄吉はとても嬉しそうであった。

70年前に世界と対戦して、あのときは技術も兵力も資源も劣って敗戦に屈するしかなかった日本が立ち直り、世界に技術レベルで追いつき先端を行くようになってくれたこと。

きっとアメリカを始め世界と実際に戦った雄吉にとっては、日本が世界の先端を行く力を持ったという事実に、日本の国力が優れていることを感じえる、これ以上の無い喜びを感じていたのだろう。

雄吉「それだけ知れただけでも良かったよ!」

両腕に作った拳に力を込めながら、雄吉は勝ち誇ったような優越感を滲ませた笑顔でそう言ってきた。

雄大「大袈裟だなぁ。もっとたくさん、世界に誇れることがあるはずだぜ。」

雄吉「そうなの?」

雄大「あぁ。」

興奮の熱が冷めない雄吉に対し、雄大は冷静になって、いったい何が日本が世界に誇れるものなのだろうか考えてみた。しかし、なかなかそういった類のものが思い浮かばない。

雄大「・・・パっとすぐには浮かばないけど、たくさんあるぜ。」

雄吉「そうなんだ。なんか、嬉しいな、日本人として。」

雄吉は愉快に笑っていた。

そんな雄吉を見ていると、雄大も自然に嬉しくなってきた。

なんか、嬉しいな、日本人として。

その言葉を聞いて、雄大も自分が日本人であることに誇りを感じるような気がしたのだ。

案外今を生きていると、どんなに周りがすごいと言ってくれることに対しても、それが当たり前のように溢れているがゆえに、なかなか実感としてすごいんだと自信を持って認識することが出来ていないのではないか。

雄大は雄吉の電車を見て喜ぶ姿に、そんな感想を抱いていた。

コイツと居ると、普段普通に見ている物が実はすごい物だった、世界に誇れる物だったってこと、いろいろと気付いていけるかもしれないな。

そう雄大は思った。

また、視線の先には銀ピカの電車が、今度は反対の方へと風のように走り抜ける様子が見えた。

雄吉「わぁ! また来た!」

本当に、コイツは無邪気な奴だな。

電車が通る度に喜ぶ雄吉を見て、雄大は和んでいた。


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