1-5
現代の海村家による雄吉への歓迎会もお開きになり、雄吉は雄大と一緒に雄大の居室へ向かった。
雄大「さっき、戦時中のこと話した時にさ。」
居室に戻るなり、雄大は口を開いていた。
雄大「いろいろ、当時のことを批判的に話してしまって、すまなかったな。」
雄吉「うん。大丈夫だよ、悪く思っていないから。あのときとこの時代とでは、たぶんものの考え方や思想がだいぶ違っているんだろうし、負けた戦争のことを、未来の人たちが何でもかんでも肯定的に受け取っているなんて、思ってはいなかったからさ。」
雄大「・・・雄吉。」
なんとなく、雄大はあの当時天皇万歳とお国の為にと働いてこられた人が、そのまま現代に生きることは、かなり酷なことなのではないかと感じた。
戦争の前後でその思想が全く異なった物へと変わってしまっていた。一度それが正しいと思って信じ続けてきたものが、あるきっかけを境に突然否定されたら、人は簡単にその変化を許容することは出来ないだろうと思う。
雄吉はその辺りのことは、なんとなく予想していたのだろうか。
当時少数であった大学卒業生であった訳だ。頭はとてもいい人なのだろう。だからこの時代のことについても、戦争に関する史観についての外観をなんとなく捉えていたのかもしれない。
雄吉「それよりも嬉しかったよ。」
雄大「え?」
ニコニコと穏やかな笑みを浮かべながら、雄吉は囁くように言ってきた。
雄吉「僕たちが戦ったこと、あの戦争の事、この時代の人たちが真剣に話してくれているってことに。僕たちが居た頃と考え方は違くなっていても、それでも、あの時のことが70年経っても忘れられていないってこと、それを知れて、なんか嬉しくなった。」
そうだな。風化させてはいけないことだな。
朗らかな表情を浮かべた雄吉と話し、雄大はそう痛感していた。
それから間もなく、雄大は雄吉のために布団を用意し、寝る支度を始めた。
まだ時刻は23時を過ぎた頃であったが、なんとなく雄吉は眠たそうだったのだ。
夏場だったため、普段雄大は居室の窓を開けて寝ていた。この日もいつものように窓を開けた。
夜になると日中のムシムシとした暑さは無くなり、心地よい涼風が室内を満たしていく。
窓を開けて見える自宅の二階からの景色をひと時眺める。これも雄大にとってはいつものことだった。
そんな雄大の後ろに来て、雄吉も窓の外を眺め出す。
家の前辺りは僅かな斜面を上がったところにあったため、ここからの景色は広くこの街のことを遠くまで見渡すことができた。夜だから暗闇だが、街灯や大きなマンションなどの灯りなどが、黒いキャンバスにオレンジや白の絵具でいたずら書きしたかのように点々と浮かび上がっている。
雄吉「すごく、この街にも家が増えたんだね。」
雄大「あぁ。」
雄吉「なんだかすごく大きな建物も見えるね。」
雄大「あぁ。最近になってマンションとかがたくさん建設されたんだ。」
雄吉「あの大きな建物のこと、マンションって言うの?」
遠くに見えるマンションを指差して雄吉は聞いてきた。
雄大「そう。一個の建物に何世帯もの住宅が入っている家のことを、マンションって言うんだ。」
雄吉「ふ~ん。家の形も、あれからだいぶ変わったんだなぁ。」
雄大「あそこのマンションは、まだ出来てから15年くらいしか経ってなかったと思うけどな。本当、最近のこの辺りは、丘まで削り出してマンションや住宅を建てているぜ。ちょっとは自然を残しておいてくれって感じだけどな。」
窓の外を見渡していた雄吉が、どこか心配そうな表情をさせて雄大のことを見てきた。
雄吉「そんなに自然がなくなってしまってるの?」
雄大「俺が知っている間だけでも、それなりに減った気がするけどな。」
雄吉「僕が居た頃には、近くに農園があって、そこに牛が飼われていたから、よく牛乳を貰いに遊び行ったこともあったけど。」
雄大「農園なんてあったのかよ? この街に。」
雄吉「うん。川を渡った向こう側の丘の斜面に広がっていたんだ。」
雄大「そうだったのかぁ。たしか、あそこは数年前までゴルフの打ちっ放しとかがあったと思ったけど。そういえば、農園ゴルフ場とか言ってたっけ。」
雄吉「きっと、そこだね。」
雄大「やれやれ、俺も農園があった頃のようなのどかな街に住んでみたかったぜ。」
言って、雄大は窓から離れて自分の布団の上に寝転んだ。
雄大「明日は、どうするかな。」
雄吉「うん。」
雄吉も自分の布団の上に座り込んだ。
雄大「何かしたいこととかある? どこか行ってみたいとか。」
寝転がりながら、雄大は雄吉の顔を見上げながら話した。
雄吉「そうだなぁ。」
腕を組みながらも、朗らかな面持ちで周囲を見渡す雄吉だった。そして、雄吉は再び雄大のことを見上げてくる。
雄吉「うん、近所を歩いてみたいな。」
雄大「近所を?」
雄吉「うん。」
楽しそうなことでもしているような、良い笑顔を雄吉は見せてきていた。
雄吉「故郷がどうなったのか、この目でしっかりと見てみたいんだ。」
まぁ自分の故郷が70年後にどうなっているのか見てみたいのは、よくわかるわな。俺が70年後の世界に迷い込んだとしたら、やっぱり同じこと望むだろうしな。
雄大「オッケー。それじゃ、この街を歩いてみよう。案内するよ。」
雄吉「うん。頼むよ。でも、なんか変な感じするな。」
雄大「何が?」
雄吉「だってさ、仮にも70年経っているって言っても、ここは僕にとって故郷であるのは変わらないのに、案内をお願いするなんてなって思って。」
雄大「それはそうだけど。けど、70年のブランクは思った以上に大きいぜ。」
雄吉「だよね~。」
笑ってやる。雄吉も笑ってくれている。
雄吉「それじゃ、明日はお願いするよ。」
雄大「あぁ。」
明日はこの街のことを雄吉に案内する。70年後の故郷を、きっと雄吉が暮らしていた頃とは大きく変わってしまっているこの街を、案内してやるのだ。
まもなく雄吉はスヤスヤと安らかな寝息を立てながら眠ってしまっていた。
雄吉の寝息を聞きながら、雄大は雄吉と会ってからの半日を思い返していた。
全く、なんと不可思議な一日なのだろう。
朝、だらしなくも10時頃まで寝ており、だらだらと12時過ぎに家を出て大学へ行き、講義を一コマ受けたら友達と他愛もないことで雑談し、友達の一人がバイトが始まるからと言ったのをきっかけにお開きにして、そのまま自宅へと帰った。そこで自宅の前に居た雄吉と出会い、ずっと雄吉と一緒に居て話をしたり遊んだり酒を飲みあったりして過ごしていた。
そんな面白可笑しい不思議な一日も、終わろうとしていた。
明日はどんなことがあるのだろうか。
そんな期待と不安を抱きながら、雄大も少し早いが眠ることにした。
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