1-4
雄吉を伴ってリビングへ行き、ダイニングテーブルの前まで来る。
雄吉「わあ、なんかすごい!」
テーブルの上には、焼き魚に天ぷら、つみれ団子の味噌汁、お浸しなどが並んでいた。どちらかというと、野菜と魚を中心に調理された料理が多かった。
すでに雄大の父である雄亮も帰宅しており、雄吉との最初の顔合わせとなった。
雄亮「おぅ。」
雄大「お帰り。」
雄吉「もしかして、雄大のお父さん?」
呟くような声量で雄吉は雄大に聞いてきた。
雄大「そういうこと。」
雄吉はそれを聞くと、雄亮に向かって背筋を伸ばして気を付けをした。そんな雄吉のことを、雄亮は温かな眼差しで見上げてきた。
雄亮「キミが、特攻隊だった親父のお兄さんの蘇りだな。」
どこか楽しそうに雄亮は話しかけてきた。既に美恵子から事情は聴いていたようで、雄吉のことをまるで雄大の友達と対面したときのような雰囲気で見ているようだった。
雄吉「はい! 海村雄吉であります! 九日間、お世話になります!」
傍から見ているとまあ見事な会釈であった。背筋がピシッと伸びたまま、しっかりと45度くらいまで頭を下げている。
雄亮「おう。こちらこそ、よろしくなぁ。」
雄吉「はい! よろしくおねがいします!」
美恵子「さぁさぁ、席に座って、始めましょう!」
指定された場所へと案内され、雄吉は席に着いて座った。
雄亮「さ、ビールで良いかな?」
言いながら、雄亮は大瓶のビールを雄吉へ向けてきた。
雄吉「ビール? はい! お願いします!」
嬉しそうな表情でグラスを手に取り、雄亮からのお酌を受けようとする雄吉だった。
美恵子「お酒、大丈夫?」
雄吉「あんまり飲む機会はなかったですけど、大丈夫です!」
雄吉のグラスに並々とビールが注がれていく。
雄吉のグラスに注ぎ終えると、雄亮は雄大のグラスにもビールを注いだ。再び、自分のグラスにも注いでから、グラスを手に取って掲げる。雄吉と雄大、美恵子もそれに倣って自分のグラスを掲げた。
雄亮「さてと、雄吉くんの来訪と、キミの戦功を讃えて、乾杯!」
雄大&美恵子「乾杯!」
雄吉「乾杯! どうも、ありがとうございます。」
4人のグラスがキーンと透き通った音を響かせた。
そして各々、そんな祝杯を口に通した。
雄吉「美味い!!」
目をキラキラと輝かせながら手にしていたビールグラスに入った黄金の酒を見詰める雄吉だった。
雄大「どうした?」
ハッと我に返るように、雄吉は雄大の方を真面目な表情を見せながら見てきた。
雄吉「いや、なんか、僕が知っているビールの味よりもおいしく感じて。」
美恵子「戦時中も、お酒なんて飲めたの?」
雄吉「飲むには飲めましたけど、そんなに多くはなかったです。時々あるくらいでした。」
雄亮「それなら、ここにいる間は好きなだけ味わっていくと良いな。」
雄吉「あ、はい。ありがとうございます。では、あまり酔っぱらわない程度に。」
雄大「別に遠慮することはないんだぜ。酔って楽しくなりたけりゃそれもいいんだぜ。」
雄吉「え?」
そんなときだった。
玄関の戸が開く音が聞こえ、すぐに「ただいま~」という声が聞こえてきた。
雄大の弟の雄翔の声だった。
雄大「雄翔が帰ってきたみたいだな。」
雄吉「弟さん?」
雄大「そう。」
まもなく高校の制服の濃紺色のブレザー姿の雄翔がリビングへとやってきた。
美恵子「おかえりなさい。」
すでに食事を始めている一同を眺めて、雄翔は少々緊張した面持ちになって会釈していた。雄吉のことを見つけたからだろう。雄吉もそれに応えるように会釈していた。
美恵子「食べるでしょ?」
雄翔「お、おぅ。」
美恵子は一度席を立って、台所へ消えた。雄翔のために取っておいた料理を用意してやるのだろう。
モジモジしながら、雄翔はテーブルに着いていた。
雄亮「雄翔。こちらは海村雄吉くんだ。」
雄吉「よろしく。」
雄翔「はい、よろしくおねがいします。」
ぎこちない挨拶だったので、雄大は笑いそうになっていた。それもそのはずだ。自分と同じ苗字の人物との初対面なのだ。親戚にそんな人がいただろうか? それともただ同姓の知り合いが来ているだけなのだろうか? そんな疑問でいっぱいになっているのだろう。
雄亮「雄吉くんはすごいぞ。なんたって、特攻に往った雄造じいさんのお兄さんなんだからなぁ。」
冗談でけしかけるような口調で、雄亮は雄翔に話していた。雄翔はさらに混乱し始めた様子で、父と雄吉の顔を交互に見ていた。
雄翔「じいちゃんのお兄さん? なんで? 特攻隊往ったってことは、とっくに死んでるはずじゃん? てか、どうしてじいちゃんのお兄さんが
雄吉と最初に会った時と全く同じ疑問を、弟も抱いていた。それはもっともであり、当然誰もが疑問に思うことでもあった。むしろこの弟が、「そうなんですね! お勤めご苦労さまでした。ようこそ2015年の海村家へ。」と、雄吉が現代に存在することを納得してこられたら、それはそれで小気味が悪い話でもあるが。
雄大「理由は聞くな。ただ、雄吉は九日間だけこの世界に生きることが許されたんだ。だから特攻隊として任務を全うされた後に、俺たちのところへ寄ってくれたんだ。な?」
雄吉「あ、う、うん。そういうことなんだ。僕も深い事情はよくわからないけど、九日間だけ未来の日本を見て行くことができそうなんだ。」
全く理解不能な様子の雄翔だった。夕方、玄関先で雄吉と出会ったばかりの母と同じ顔をさせていたのを見て、雄大は思わず笑いが零れてしまった。
雄翔「訳わかんねぇなぁ。」
雄亮「そう、父さんも全く理解できん。」
豪快な性格の父だ。雄吉と会ってから心よりの歓迎の気持ちを見せておきながら、やはり実際は雄吉が甦ったことについては理解不能だったようだ。
雄亮「でもな、どうして現代に蘇ったかなんてどうでもいいんだ。ただ、特攻に往ったと聞いていた叔父にあたるお方が、仮に蘇ったとして、よくぞこの時代を選んでくれたと、嬉しく思うぞ。」
昔から豪快で快活な性格だったという父だった。それは御年54になっても変わらずに健在で、ときにその豪快さに家族が付いていけなくなることもあるくらいなのだが、そんな父のことを雄大は嫌いでなかった。
雄吉「あ、ありがとうございます。」
雄亮「さ、もう一杯。」
ビール瓶を片手にしながら雄亮が言うと、雄吉はすかさずグラスを空にしてから差し出した。
雄吉「ありがとうございます。」
雄亮「親父がまだ生きていたら、きっと喜んだだろうなぁ。」
雄吉のグラスにビールを注ぎながら、しみじみと雄亮は言っていた。
雄吉「けど、驚かせるだけかもしれませんよ。雄造はしっかり年を取っているのに、僕だけはあの時のままなんで。」
ゆっくりとグラスに注がれるビールの黄金色を見詰めながら、雄吉はどこか切なそうに言っていた。
雄亮「それは俺たちもみんな同じだろうよ。けど、驚く以上に喜んだと思うぞ。」
雄吉のグラスにビールを注ぎ終えた雄亮は、今度は自分のグラスにもビールを注ぎ始めた。
雄吉「それならいいんですが。けど、僕が特攻に往ってしまったことで、雄造を始め家族には重い悲しみを残してしまったことでしょう。それがとても、悔やまれます。」
自分のグラスにビールを注ぎ終え、ビール瓶から自分のグラスへと握る物を交換させてから、雄亮はグラスを持ち上げた。
雄亮「それはそうだろうがな。ある日突然、戦死したことを告げる通知が来て、もう会うことも話すこともできません、この世には既に居りませんと言われる訳だからな。哀しくないはずがあるまいよ。それでも、きっと親父にとって、キミは誇りだったんじゃないか? 親父はよく、キミのことを俺や雄大たちに聞かせてくれていたからなぁ。」
言い終えると、雄亮はビールをグビグビと旨そうに飲み出した。
雄吉「はい・・・。」
美恵子が雄翔の分の料理を運んでくると、改めて雄亮はグラスを掲げ始め、炭酸飲料を入れた雄翔のグラスを含めた5つのグラスで乾杯をした。
雄亮「う~ん。なんとなく、親父の若い頃の雰囲気に似ているな。」
雄吉の顔を少しの間じっくり眺めた雄亮が零した言葉だった。
雄翔「それはそうじゃない? だって兄弟なら、似ていて当然じゃん。」
雄亮「それもそうだな!」
ガハハハハと豪快に笑う雄亮だ。そんな雄亮に対し、雄吉は少々照れ顔であった。
美恵子「でも、なんかお義父さんよりも優しい顔をしているわよ。」
雄亮「そうか?」
美恵子「うん。なんかお義父さんよりも愛らしい感じ。とても戦争に行って特攻隊にいた人だなんて思えないわ。」
雄吉「は、はぁ・・・。」
どう返事していいのか困惑する雄吉だった。それはそうだろう。当時としては戦争に行きたくなくても動員される時代な訳だ。とても戦いなんて想起させないような愛らしい好青年であったとしても、行けと言われれば行かざるを得ないのだから。
雄大「それを言うなよ。行きたくなくても戦争に出された時代なんだし。なぁ?」
雄吉「まぁ、そうですね。僕は学徒出陣でしたし、最初のうちは徴兵を延期されてましたし。」
雄翔「学徒出陣って?」
雄吉「大学生とか、高等教育を受ける機関に身を置く者が徴兵を延期してもらえる制度があったのを変更して、文科系の学生については延期を撤廃するってことになって徴兵された学生のことだよ。」
信じられ無そうな顔をして、雄翔が話しだす。
雄翔「そんな理不尽なことがあったの?」
雄吉「え?」
雄翔「だってさ、始めは延期しますって言ってたのに、状況変わったからって国の都合で延期することを撤廃したんだろ? そんなひどいことって無くね?」
美恵子「そうよね。」
雄亮「だが、それは致し方が無いことでもあったんだろうよ。次第に戦況が悪化して追い詰められていくうちに、損害が大きくなって兵力が枯渇して、それでも兵士を動員しないといけない訳だ。まだ徴兵していないところから集めなければ、必要な戦力を確保できないくらい切羽詰まっていたってことだろう。」
美恵子「でも、そこまできたら、普通はもう戦うことをやめるでしょ。だって戦力がなくなったのに、どうやって勝とうっていうの?」
雄大「それができなかったから、雄吉は徴兵された訳だろ? 止めようにもやめられない、もうどうしようもない事態にまでなってたってことなんじゃないのか?」
美恵子が肩を落とすのが見えた。
雄亮「結局は、もう暴走して制御を失った政治が、多くの若者の命を散らしてしまったことには変わりないだろう。その制裁は、当時の指揮官を中心に処罰されていった訳だしな。」
美恵子「おかしいわよ。」
確かに現代の視点に立って当時のことを考えてしまうと、何もかもがおかしなことばかりであったように感じる。国の都合で個人の尊厳や人権が侵害され、こともあろうに国民の命は国のもの、天皇のものと言わんばかりの教育が浸透していた訳だ。その教育の下では、国民は国にとっての兵器そのものであり、そこに個人の完全なる自由など存在しないのだ。
ただ、そこで生きていた人々にとっては、現代人のような自由と個人の人権を尊重した気風など考え至るに難しい訳であり、現代の考え方を一方的に押し付けるようなことをしてはならないような気が、雄大には芽生えてきていた。
雄大「なぁ、ちょっとやめよう。雄吉の前で、あの頃のことを批判するのは気の毒だよ。あの頃それが正しいと思って生きていた人を前にして、そういうこと言うのは失礼じゃないか?」
沈黙がその場を襲う。
そして、雄亮をはじめとする現代を生きる海村家の4人から雄吉へ視線が向けられた。
雄吉「え? いえ。」
美恵子「ごめんね、おかしいとか言ってしまって。」
雄吉「いえ、いいんです。」
笑顔のまま、雄吉は答えていた。
雄亮「この話はここまでだ。それより、雄吉くん、もう一度乾杯してくれないかな? キミが成した任務について、よく頑張ったと褒め称えたいんだ。」
また雄亮はビールの瓶を雄吉に差し出しながら話していた。もう新しい瓶になっていた。
雄吉「ありがとうございます。こちらこそ、お願いします!」
雄吉も雄亮の厚意をしっかりと受け取って、グラスを差し出していた。
また雄亮は雄吉と乾杯していた。
それからは、もう戦争には関係ない話題で盛り上がり始めた。
生前の雄造に関する思い出話や、雄吉が憶えている雄造との思い出話。雄亮の子どもの頃の話に、雄大や雄翔が幼い頃の話。最近の近所や横浜の事情。戦時中には存在しなかった文明の髄について。
そんな話で笑い合ったり、議論が白熱したりして、酒を酌み交わしながら
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