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 風呂から上がった雄吉は、雄大の所持していた服に着替えたためか、全く現代の人間として違和感の無い印象に変わっていた。丸刈りの好青年。そんな感じだ。とても70年前に特攻出撃してきた青年だなんて思われないだろう。そもそも信じられることでもないのだが。

雄大「なかなか似合うじゃん。」

リビングに戻ってきた雄吉に掛けた第一声だった。

雄吉「へへ、そうかな?」

照れながら、雄吉は言ってきた。

雄大「ちょっと大きかったかとは思ったけど。」

雄大は身長178センチで細身な体型だったが、雄吉はというと背はそれほど高くなく、雄大の視線の高さくらいまでしかなかった。ただ、体格はガッチリとしており、軍隊に居ただけあって筋肉質な身体をしていたのだ。体格が全く異なるので、雄大は自分の衣類が雄吉にサイズの上で合うかどうか、少々心配になっていたのであった。

雄吉「ううん。意外と平気。」

雄大「それなら良かった。」

風呂上がりの雄吉に冷やした麦茶を出してやると、雄吉はありがとうと言って一気に飲み干した。そして、満足そうな笑顔を見せてきた。

雄大「さてと、この後は、俺の部屋来るか?」

夕飯を作っている美恵子の様子を見るに、まだもう少し完成まで時間がありそうな感じであった。だから、夕食が出来上がるまでの時間をどうするか、雄大は雄吉が風呂に入っている間に考えていたのだ。

そして、友達を自宅に誘ったときにやるのは、やはり自分の居室へ通してみることだろう。友達に自分の部屋を見せて、こんな物を持っている、こんなところをこだわっていると、無意識のうちに知らしめたいと感じるものだ。

雄吉「うん! 行ってみたい。」

雄大の誘いに雄吉も乗ってきた。友達の家に誘われたら、やはり友達の自室を一度は覗いてみたいと思うのも、これまた然りだ。

二人で二階にある雄大の居室へ向かう。

雄吉「雄大は、何人兄弟なの?」

これもまた、仲良くなり始めた友達同士ではよく交わす話題だった。

雄吉との距離が縮まっていることを実感する。

雄大「俺のとこは兄貴と弟が一人ずつ。」

雄吉「え? それだけ?」

驚く雄吉とは対照的に、雄大はむしろ雄吉が驚くことだろうと予想していた。

昔は大家族、兄弟も大勢居たということは、祖父や祖母の話を聞いていればよくわかることだったからだ。

雄大「昔と違って、今はこれでも多い方なんだぞ。一人っ子とかも良くいるしな。」

雄吉「そうなのかぁ。僕のところは7人兄弟だったからなぁ。」

しみじみと雄吉が述べてきた。

雄大「じいちゃんから聞いているよ。男3人女4人の兄弟だったって。」

雄吉「そう。僕の上に姉さんが一人と、妹3人と弟二人。」

雄大「そうすると、雄吉は長男だったってこと?」

雄吉「そうだね。」

そこで雄大には疑問が上がった。

家長を継ぐはずの長男は、基本的に徴兵を免除されたはずじゃないのか?

それなのに、雄吉は徴兵されて、よりにもよって特攻隊に配属するなんて・・・。

雄大「長男なのに、徴兵されてしまうのか?」

雄吉「まぁ。僕の場合は、学徒出陣だったから。」

雄大「学徒出陣?」

知らない単語が出てきたので、思わず聞いていた。

雄吉「うん。大学に在学している間は、当初は徴兵延期って形で免除されてたんだ。でも、戦況が悪化してきたんだろうね。大学生とか高等学校生、専門学校生までも、文科系の人は徴兵対象になった。」

雄大「そうだったのか・・・。それに、文科系の人だけって。」

雄吉「理科系の人は、兵器開発とかで重要な人材になるからってことみたい。」

雄大「ひでぇな。文科系の人だって、真面目に勉強したいって思ってた人はいただろうに。」

雄吉「うん・・・。」

少しばかり、雄吉は俯きながら返事していた。

雄大「雄吉も、もっと勉強したかったのか?」

雄吉「まぁ、そうだね。でも、この国の危機を迎えているというときに、のうのうと勉学に打ち込むだけなんてことはできないよ。自分たちにも出来ることがあるなら、敵と戦う。家族や友達、それに、大君を守るために。」

雄大「・・・・・」

雄吉の学徒出陣における決意のほどを聞いたような気がした。だから、それに対して雄大は何も言葉を返せなくなった。

今の学生が、家族や友達や、天皇、日本政府の為に、なんて言って、大学生でいることを放棄してまで国の為になることをやろうとする奴がどれほどいるだろうか。

そんな学徒出陣のような強硬手段を政府が掲げてきたりしたら、真っ向から反対し、何寝ぼけたことを言っているんだと嘲笑い、相手にさえしないことだろう。

それが、戦時中は違った。

国の危機であれば、自分の真にやりたいことなど小さなことになってしまう。皆国の為に死ぬ覚悟で入隊してしまう。

その感性が、雄大にはよく理解できなかった。

やりたいことも、なかなかできない、許されない時代だったのだろうか。

雄吉「ちなみにさ・・・。」

雄大「どうした?」

少々深刻な表情を見せながら、雄吉は雄大のことを見上げてきた。

雄吉「結局、日本は、勝ったの? それとも、・・・負けたの?」

そうだよな。きっとそれは一番気になることだよな。

自分がお国の為にと散華したあと、結局その戦局がどのようになっていったか、一番知りたいのは彼らなのだろうから。

しかし、その結末を話してしまってもいいのだろうか・・・。

雄大は一瞬躊躇われた。だが、命を懸けて戦い抜いてくれた兵士にその結末を告げることは、その結末を知っている者の義務と感じ、雄大は雄吉にとっては衝撃的であろう史実を話す覚悟を決めた。

雄大「結局、日本は敗けたんだ。」

雄吉「・・・・・」

暗い表情をして立ち止まり、両目を瞑りながら俯く雄吉だった。雄大は一旦歩を止めて、雄吉に歩み寄る。

雄大「やっぱり、ショックだよな。」

雄吉「・・・でも、仕方ない。悔しいけど、それが事実なら・・・。あれだけ追い詰められていたことを考えれば、その結末は納得できること、だよ・・・。」

雄大「でも、日本はそこから立ち直って、戦いも無くなって、今ではアメリカとかヨーロッパとかとも渡り合える経済大国に伸し上がったんだ。」

「戦いも無くなって」という雄大の言葉を聞いた瞬間、雄吉ははっとしたように雄大のことを見詰めてきた。

雄大「平和な国に生まれ変わった。」

雄吉「そうだったのか。それなら、良かった。敗けたことはすごく悔しいし、憤りを感じるけど、それでも、その後の日本から戦争が消えてくれたのなら、それで良いよ。」

雄吉は何かに訴えるような迫真の表情を見せながら雄大に告げてきた。


 雄大と雄吉は雄大の居室に入った。

4.5畳の和室で、隅に押入れがあり、廊下とは反対側の壁に窓も設置されている。

勉強机に本棚があるだけの、シンプルな室内だったが、部屋の隅の押入れの手前に敷布団が敷かれたままになっていた。これは雄大にとってはいつものことであった。

雄吉「ここが雄大の部屋なのかぁ。」

雄大「大して広くないけどな。でもこのくらいの広さの方が却って落ち着く。」

雄吉「うん。僕も、下宿先がこんな感じの部屋だったよ。」

雄大「下宿なんてしてたんだ?」

一人暮らしをまだしたことの無い雄大にとっては、とても興味深い話だった。

雄吉「うん。大学の近くに借りてたんだ。」

雄大「ふ~ん。」

またしても、雄吉は室内の様子をキョロキョロと眺め始めた。

やっぱり、コイツにとっては何もかもが珍しい物なのかもしれないな。70年前には無かったものって、結構たくさんありそうだし。

雄吉「あっ!」

何かに気付いたかのように、雄吉は雄大の机の前へと迫った。そして、机の上に飾ってあったプラモデルをじっと見つめ始めた。

雄吉「これって・・・。」

それに気付いたか。ま、戦闘機乗りなら気になるわな。

そう感じながら、雄大は雄吉が凝視しているプラモデルを見詰めた。

雄吉「これ、三式戦闘機、だよね?」

雄大「そう聞いてるよ。たしか、飛燕ひえんとか言う名前だったっけ。」

雄吉「そうそう!」

興奮気味に雄吉は答えてきた。

雄大「じいちゃんが昔買ってくれた物なんだ。」

雄吉「雄造が? じゃあ・・・。」

飛燕と名付けられた戦闘機のプラモデルを見詰めたまま、雄吉は神妙な面持ちに変わっていた。

雄大「どうした? もしかして、実物に乗ったことがあるってかい?」

冗談のつもりでけしかけたのだが、当の雄吉の反応は鋭かった。

雄吉「うん。乗ったことあるっていうか、コイツに乗って、出撃したんだ。」

雄吉の視線が飛燕と呼ばれる戦闘機のプラモデルから逸らされ、そのまま雄大の視線と重なった。

雄大「出撃って、まさか・・・。」

雄吉は頷いていた。そして、もう一度雄吉は視線をプラモデルに戻し、飛燕という名の戦闘機の模型の細部を確認するかのように角度を変えたりしながら見つめ始めた。

雄吉「うん。だから、ちょっとびっくりしたよ。模型でも、まさかこの時代に愛機の姿をみることがあるなんて。」

雄大「そうだったのか・・・。ひょっとしたら、じいちゃん、雄吉が特攻した飛行機を知ってて、それでそばに飾っておきたかったのかな。兄貴が命運を共にした飛行機として。」

雄吉「どうかな。」

遠くのことでも望むような、どこか哀愁を纏った表情で愛機のプラモデルを見詰める雄吉だった。

雄大「見るのがつらいようなら、どこか別の場所に片付けるけど。」

雄吉「あ、いや、大丈夫。まさか見れるとは思わなかったから、ちょっと驚いてしまって。」

雄大「そうかぁ。本物のこの飛行機に乗って、飛び立っていったのかぁ。」

雄吉「うん。」

まさか、このプラモデルの実物に搭乗した人と出会い、会話する日が来ようとは。全く想定しなかったことだった。小学3年生の誕生日に、祖父が買ってきてくれた物だった。元々プラモデルを作ることに興味があった雄大に、祖父が選んで買ってくれたのだ。当時は、ただ昔の日本の軍の飛行機だと、かっこいいなぁと思いながら作り、眺めていただけだった。今では亡き祖父の形見として、大切に飾っていた。そして今、かつて特攻隊員としてアメリカ軍の軍艦に体当たりして撃沈させた親戚が搭乗した模型として、深い繋がりを持った物に変わった。

雄大「そうだ!」

今度は雄大が気付いたように、机の上に置かれていたノートパソコンを開いた。

パソコンを操作する雄大のことを、またまた不思議そうな表情で見つめる雄吉であった。

雄吉「何それ?」

雄大「パソコンっていう道具だよ。」

雄吉「ぱそこん?」

雄大「これさえあれば、いろんなことができるんだ。文字を書いたり表を作ったり絵を描いたり、計算だって簡単にやってくれるし、音楽や映像も視聴することができるんだ。」

雄吉「音楽も映像も?」

目を丸くさせながら話す雄吉だった。

雄大「ほかにも、いろんなことを調べたり見ることもできるんだ。インターネットっていうものを使えば、世界中から情報を手に入れることが出来る。」

雄吉「世界中から? そんなことが、出来てしまうものなのか・・・?」

まだ全く信じられないと言いたそうな顔をさせている雄吉だった。

こうなったら、実際に見せてやるのが早いだろう。言葉で説明して理解してもらうよりも、実物を見てもらった方がわかりやすい。百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。

雄大「例えばさ、ここに四角いの、見えるだろ。」

言いながら、雄大はネットを開いて最初のページにある、検索エンジン名を示す赤や黄色や緑、青色のアルファベットの羅列の下に位置する検索窓を指差した。雄吉がじっとその様子を見詰めて頷いた。

雄大「そこに・・・。」

雄大は検索窓に“特攻隊”と入力した。

雄大「調べたいことを入力して、この検索ボタンを押す。」

言いながら検索ボタンを押してみると、あっという間に“特攻隊”に関するサイトの検索結果が表示された。

雄吉「わっ!」

雄大「ほらな、たくさん特攻隊に関したページが出てきただろ。」

とりあえず、雄大は大規模なウェブ上の百科事典サイトに記載された“特攻隊”に関するページを開いてみることにした。

雄大「例えばこのページ。これ、ネット上の事典のようなサイトだけど、大抵のことならここに載ってるな。」

雄吉「すごい。特攻隊のこと、細かく書かれているみたいだね。」

雄大「書かれている文字が青くなってたりしてると、その言葉の意味についても説明されてるページに行けるんだぜ。それにしても、なかなか説明多くて長いな。」

さらさらとページを下の方へスクロールしていく。

そんなとき、また雄吉が気付いたように声を上げた。

雄吉「あ! ちょっと止めて!」

雄大「どうした?」

雄吉はパソコンの画面に釘付けになっていた。それほどに興味関心があるようだ。

雄吉「あのさ。この青い文字って、説明しているページがあるって言ってたよね?」

雄大「おう、それが?」

雄吉「ここの青い文字のとこ、もっと説明してるページ、見たい。」

指差しながら、雄吉は話してきた。雄吉が指し示した文字が表していること、それは、“振武隊”であった。

雄大「わかった。」

振武隊をクリックした。

すると・・・。

『1945年(昭和20年)3月26日から始まった沖縄戦における陸軍第6航空軍隷下の特別攻撃隊たる飛行部隊の総称。』

と始まっていた。

雄大「沖縄へ、飛び立った特攻隊のこと?」

雄吉「うん。」

ドキドキしていた。雄吉が所属していた隊のことについて説明されているページだったのだ。雄吉が飛び立ったときのこととかも、書かれているかもしれない。

目次には、特攻出撃した振武隊の各隊のことについて記されていた。

雄吉「165・・・。」

遠慮気味に掠れたような声で雄吉が呟く。

雄大「うん?」

雄吉「165振武隊って、無いかな?」

今度ははっきりと聞こえるように雄大に伝えてきた。

雄大「165・・・。」

ゆっくりスクロールしていく。

すると、第165振武隊という記述が見つかった。

雄吉「あった・・・。」

雄大「押すよ?」

雄吉「うん・・・。」

雄吉が唾を飲み込むのがわかった。当事者である自分が見てしまっても良いものなのだろうかということを気にしてなのか、それともそこに書かれている事実を見ることに恐れを抱いているからなのか、いずれにしても、雄吉にとってこのページを開く行為そのものが大変大きな覚悟を要することなのは相違なさそうである。

雄吉の気持ちを考えたら、クリックすることを躊躇う雄大であったが、意を決して第165振武隊と記載された場所をクリックした。

すぐに第165振武隊に関する情報が表示された。

雄大「これが、雄吉が所属していた隊の仲間たちなのか。」

『第165振武隊(知覧飛行場より出撃)』という題目の中に、出撃した隊員たちの名前と階級、出身地が記されていた。

『中山克己大尉(昭和20年6月6日出撃 以下同じ)(特操2期)東京都出身

 杉谷陽大尉(特操2期)京都府出身

 井田昭志大尉(特操2期)長野県出身

 渡井芳少尉(特操2期)長野県出身

 枝島幹夫少尉(特操2期)富山県出身

 海村雄吉少尉(特操2期)神奈川県出身

 園田正明少尉(57期)(発動機不調のため不時着)』

雄大「雄吉の名前も、載ってるな・・・。」

雄吉「う、うん・・・。」

雄大「6月6日、出撃・・・。」

雄吉「うん。間違いないよ。本当は5日に出撃するはずでさ。知覧基地は良く晴れていたんだけど、風が強くて中止になって。まだ6月なのにセミが鳴いていて、隊長ともうセミが鳴いているって話したりして、出撃までの間は、のんびり過ごしていた。」

昨日のことのように、はっきりした言葉で雄吉は話してきていた。それはまるで、自分自身が出撃までの時間を忘れんとするために、はっきりと話して頭の中に叩き込もうとしているかのようでもあった。

雄大「隊長って、どの人?」

雄吉「この人だよ。枝島隊長。本当は園田少尉が隊長だったけど、九州へ向かうときに不時着してしまったんだ。だから枝島隊長が代理として隊長になったんだ。」

雄大「枝島幹夫少尉。」

雄吉「隊の仲間からすごく慕われてた人だった。隊の仲間だけじゃない。年下の少年飛行兵たちにもすごく優しく接していたし。本を読むのがすごく好きな人だったから、よく詩とかを詠んでたなぁ。」

話している雄吉を見てみると、懐かしんでいるというよりも、必死で思い出しているという方が近いような気にさせる、無表情な顔をしていた。

雄大「常にみんなと一緒だったのか?」

雄吉「特攻に往くことが決まってからは、ずっとね。165振武隊が結成されてから出撃するまで、ずっと一緒だった。」

雄大「そうなのかぁ。」

雄吉「僕たちの隊は、他の隊に比べて団結力では負けないくらい強くて、みんなでよくワイワイギャアギャアと笑っていたよ。ボールがあればどこからともなくキャッチボールが始まるし、夜には兵舎の中でよくトランプとかして遊んでたしね。」

ようやく、雄吉の顔が緩みだした。温かさが戻ってきたような感じだ。

雄大「なんだかそういうこと聞くと、今の俺たちが友達とつるんで遊んでるのと変わらない感じだな。」

雄吉「それは、そうだろうよ。」

雄大「え?」

思わず雄大は雄吉のことを見詰めた。

雄吉は穏やかそうな表情のまま、ゆっくりと雄大に視線を移してきた。

雄吉「僕たちだって、雄大と同じ、21歳や22歳なんだしさ。」

雄大「ま、まぁそれはそうだけど・・・。」

雄大の中には、特攻隊の隊員たちはどこか神懸った基質の持ち主たちだという先入観があった。それは、自ら爆弾を背負って自分の命諸共敵艦隊に体当たり攻撃を敢行して爆死できる人は、常に自らの気持ちや欲望に対して律することができる、謂わば遊びの部分がまるでないきっちりとした大人な人物が多いものだと思わせるものだった。そんな重たい仕事を背負って、立派にそのお役目を果たす人々だ。そう感じると、同じ年代の人でもどこか現代を生きる自分たち若者とはそもそもの人間としての出来栄えが違うように感じてしまうのだ。

雄大「けど、これから特攻しに行こうとしている訳だろ。死にに行こうとしている訳だろ。そういう重いもの背負っていることって、今の俺たちにはなかなかないことだから、なんというか、俺たちも同じにしていられるのかどうなのか、よくわからねぇし。」

雄吉「・・・それは、どうだか、はっきりとはわからないよ。僕は軍に入隊して、特攻隊に入った人生しか知らないし。もし特攻隊にも軍にも入らなかったら、いったいどういうふうに過ごしていたかなんて、僕にもわからない。でも、間違いないのは、僕は雄大と同じくらいの時間しか過ごしていないってことだよ。だから、なんとなく見えてる世界は、同じなんじゃないかなって、思う。もちろん、生きている時代が全然違うから、いろいろ違うこともあるだろうけどね。」

“僕は雄大と同じくらいの時間しか過ごしていない”という雄吉の言葉には、なんとなく共感を示せた。だから同じようにこの世界が映って見えるはずだ。確かに、そうかもしれない。そうだと信じたい。

雄大「それはそうだな。」

納得していた。

それに、もしも雄吉が特攻隊に往かなければ、また違った人生になっていたのだろうか?

それはよくわからないことだった。案外長生きして、2015年現在でも存命だったかもしれないし、結局は特攻隊に往かなくてもどこかの部隊の戦闘で戦死してしまっていたかもしれない。

雄吉「あぁ~あ。やっぱり僕はもう、死んでしまっているんだね。」

雄大「・・・うん。」

冗談めかしく笑いながら話してきた雄吉であったが、その笑みの奥に、どこか生を失ってしまったという悲しみが込められていたように、雄大には見えた。

雄吉本人は、まだ自分が死んでしまっているものだという自覚はできていないのだろうか? それとも、すでにわかっていて、それでいてネットの情報から確証を得たため、当然のことのように受け入れたのだろうか?

雄大には考えても理解できそうになかった。生きているということを失った状態になど、なったこともなければなりたくもない。いずれは命が消えてしまうのは仕方のないことだとしても、まだそれはずっと先のことであってほしいと思う。だから、雄吉がすでに本来の人生を終えた状態で、まだ生の世界であるこの場に居るということは、いったいどのような心境に至るのか、想像だけでわかることではない気がした。

雄吉「それなら、もう残りの時間はうんと楽しまないと損だね。」

やたら明るく振る舞う雄吉だった。もうこれ以上、特攻隊のことは話したくないということなのだろう。

本当はもうちょっと、いろいろ詳しく聞いてみたかったんだけどな。

出撃が決まった時のことや、出撃する前のときにどんな心境だったのかとか。

でも、これはきっと、雄吉にとっては思い出したくないくらい辛い思い出なのかもしれないな。

それはそうだよな。死にに行くんだぜ。出撃したら、あとは敵の戦艦目掛けて突撃して、爆死するだけ。そんなことをしに行く直前の気持ちなんて、思い出すだけで辛いに決まってるよな。

そう思うと、雄大も明るく振る舞って雄吉の気持ちを尊重してやろうと感じた。

雄大「そうだぜ! せっかく九日間も蘇ることができたんだ。楽しいこといっぱいして、辛いことなんて忘れてしまおうぜ。」

雄吉「うん!」

ニコニコと愛らしい無邪気な笑顔を、雄吉は見せていた。


 それからは、雄大が所持している漫画を見せたり、あるいは雄大が部活で使用していたバドミントンのラケットを出したりして話をしていた。

雄吉が生きていた時代は、まだバドミントンがあまり普及する前の頃だ。だからバドミントンがどのようなスポーツなのか説明するところから入った。

雄吉「つまりさ、このラケットで、この羽根を打ち合うってことだよね?」

雄大「そういうこと。」

雄吉「ふ~ん。なんだかテニスみたいなスポーツだね。」

言いながら、雄吉はラケットの面をじっと眺め出す。

雄大「まぁ似てはいるよ。けど、テニスはボールで、一回はバウンドしても良いけど、バドミントンは羽根で一度も床に落としたらダメだから、似ていて全然違うスポーツだぞ。」

雄吉「そうなのかぁ。そういえば、そんなスポーツがあるって聞いたことがあったかも。」

意外と、雄吉って物知りなのか?

さっきもテレビについて、そんな道具があるってことは聞いたことがあるとか言ってたよな。ただ、実物を知らないだけ。

雄大「今度やってみるか? 来週辺り、高校の時の友達とやりに行こうって計画があるんだ。」

雄吉「うん。やってみたいよ。」

それに、すごい興味関心を抱いてくるやつだ。

なんでも興味持って、やってみようって思うみたいだし。それなら、今の日本のこととかいろいろ話してやっても、楽しんでくれたりするかな。

そう雄大は思った。

雄大「オッケー。なるべく一週間以内にできるように掛け合ってみるぜ。」

雄吉「うん、ありがとう。それにしても、羽根を打つって、まるで羽子板みたいだな。」

雄大「まぁ、羽子板をコートの上で二人とか4人とかで打ち合うみたいな恰好だけどな。」

雄吉がラケットを雄大に返すと、バドミントンの話はそこで終わった。

雄吉「そういえば、雄大って、今何してるの?」

雄大「え? 俺は、普通に大学通ってるよ。」

雄吉「普通に?」

キョトンとしたような顔を見せながら、雄吉は言ってきた。

雄大「あぁ。別にこだわって言うことでもないしな。大したランクの大学行ってる訳でも無いしな。」

雄吉「そうかな。大学なんて、そうそう行けたもんじゃないと思うけど・・・。僕が言うのも、難だけど・・・。」

雄大「そういえば、昔は今ほど大学へ行く人なんていなかったよな。今はだいたいの人は大学まで出てるぜ。そうじゃないと仕事に就けたもんじゃない。」

雄吉「そうなの? なんだか、大変な世の中になってしまったんだなぁ。」

大学に行く人が当たり前という世の中と、そこまでしなければまともに職に就けない状況に、雄吉は複雑な心境になっているようだ。

雄大「ま、最後は大学のランクによってある程度行ける会社決まってくるけどな。」

雄吉「そうなのかぁ。70年後の日本は大学に行かないと仕事もできないのかぁ。」

恐ろしいことでも聞いたような表情をさせて、雄吉は話していた。

雄大「雄吉が居た頃は、どんな感じだったんだ? 大学の数だって、今ほどたくさんはないだろうし。」

雄吉「僕たちの時代だと、大学へ行く人は少なかったよ。お金が掛かるってこともあるけど、専門的に勉強して、それなりの仕事に就きたいと志す人じゃないと行こうともしなかったし。」

雄大「そうだったのか。」

雄吉「だから、当初は大学へ行った人とか、高等学校に入った人、専門学校に入った人は、徴兵を延期してもらえたんだ。」

ごく一部の人しか門を叩くことのない学問の聖域、それが大学や専門学校だったのだろう。

雄大「それが、日本が追い詰められてきて。」

そんな学問の聖域にも、戦争という魔の手が忍び寄ってきた。

雄吉「うん。20歳のときだった。突然、学徒出陣の令が下って、徴兵されることになったんだ。」

そして、雄吉は戦争に連れて行かれた。

本来ならば、ただ学問をすることに没頭し、学ぶことの醍醐味を得るはずだったのに。

雄吉「僕が居た第165振武隊の仲間の多くが、学徒出陣で入隊した人たちだった。だからみんな同じような境遇で、同い年くらいで。だからかな、すぐに仲良くなれて、団結力が持てたのは。」

雄大「ふ~ん。それで、特攻隊へ?」

雄吉「ううん。始めは、特別操縦見習士官になって戦闘機の操縦士になった方がすぐに少尉になれるから楽だって、勧められて。普通に戦闘機乗りになるつもりでいたよ。飛行機を操縦できるなんてすごいことだと思ったし、自由に空を飛べるなんて素晴らしいし、戦闘機に乗って戦えるようになれたら、かっこいいなって思ってさ。」

自分の戦闘機乗りを志した気持ちを話して照れくさいのか、割と穏やかな雰囲気で雄吉は語ってくれた。

雄大「単純に、空を飛び回ることに憧れを持ったから、操縦士の訓練を受けることにしたってことか?」

雄吉「うん。でも、あるとき特攻隊に志願したい者はいないかって、教官殿からおっしゃられて、それで・・・。」

大学在学中の学生に戦争へ行けと言われ、嫌とも言わせずに入隊させられ、さらに人によっては特攻隊へ入れさせられる。大学で勉学に勤しむつもりでキツイ入試を突破してようやく念願叶って学問に身を投じる機会を得たというのに、それが命を差し出して敵艦を沈めに行かされることになるなんて。

人の人生とは、なんと不憫なものなのだろうか。雄吉が生きていた時代のなんと無情なこととやら。

そんなことを雄大は思っていた。

雄吉「周りのみんなも、みんな挙手していた。みんな敵の艦隊を自分の攻撃で沈めてやって、家族やお国の為に働けるって、意気揚々としていたよ。」

雄大「もしかして、それで雄吉も手を上げちゃったのか?」

苦笑いしてくる雄吉だった。

雄吉「最初は、ちょっと迷ったけどね。でも、手を上げたときはこれで良いんだって思ってたよ。」

雄大「なんていうか、“赤信号、みんなで渡れば怖くない”って感じだな。」

雄吉「・・・・・」

雄吉の表情が曇った。気分を害してしまう、軽率な言葉を言ってしまったと、言い切った雄大は咄嗟に思った。

雄大「悪い。かなりひどいこと言って。」

申し訳ない気持ちでいっぱいになってる雄大を気遣ってか、雄吉は首を横に振ってきた。

雄吉「いや、いいんだ。冷静に考えたら、やっぱりどこか可笑しな状況だったのかもって思うから。大学に居た頃は、何度も友達とこの戦争は敗けるかもしれないって、議論することもたくさんあったし、それでも大本営からは自分たちの優勢だと言って、みんなを活気づけてた。どこもかしこも、きっと必死だったんだろうと、今となってはなんとなくそんなことを思うよ。」

雄大「・・・・・」

驚いていた。

まさか戦時中の大学生が、あの軍事政権下の日本で自国が負けるかもしれないと話し合っていたなんて。そんな話を聞かれたりしたら、きっと憲兵に連れ出されて処罰されるのだろうし、あの時代にそんな冷静に物事を見て考える人たちがいたということに、雄大は驚きを受けていた。

大学生になる人が極端に少なかった時代の大学生だ。

きっと卒業したらエリートとして国を引っ張っていく立場の人物になっていたかもしれない人たちだ。その明晰な頭脳を以てすれば、あの時代のあの状況が如何になっているか、すぐに正確に判断できたのだろう。むしろ、まだ政府や軍隊の圧力や世論の動きを気にする必要がない身分故に、より冷静に物事を分析することが出来たのかもしれない。

そんな貴重な存在でもあった学生たちを、結局は戦争の武器として使用してしまったという現実に、雄大は虚しさと憤りを感じ始めていた。

雄吉「でも、そんなことはどうでもいい。家族を、この日本を、大君を、醜敵しゅうてきから守るためなら、この命、惜しむなんてできない。自分の大切な家族やこの日本が、敵の兵士に殺されて、穢されていく。そんなこと、絶対に許せない。守るべきものを守れなくて、何が日本男児だ。だから、僕は特攻隊に志願したんだ。それがそのとき、一番敵を止める最善の方法だと思ったから。」

特攻出撃に行くことを決めた雄吉の覚悟を聞くと、雄大はもう何も言えなくなってしまった。

たしかに、自分の家族を敵が殺そうとしているという場面を想像してみたら、もし自分の力でそれを止めることの一助になれるのだとしたら、自分が盾になって家族を守りたいという気持ちが涌かないでもなかったのだ。

方法がどうであれ、守るべくものを守りたいという気持ちをしっかり持てるということを、雄大はこれまであまり深く考えたことが無かったようにも感じた。

人って、守りたいものがはっきりしていると、自分の命のことを投げうってでも守ろうとする、強さを持つようになるのかな?

そこには、自分の欲望や感情とかは、干渉してこないのかな?

雄吉は、そういうこと全部押し殺して、家族や日本や天皇を守るということだけを思って、全うし続けたのかな?

いや、全うできたのだろう。だから敵の戦艦に突っ込むことができたんだ。

雄吉の話を聞いているうちに思うことが溢れてきて、その上で雄大が思ったことであった。

こんなこと、今の俺たちにできるかな?

俺は、自信ないな。

そう強く感じる。

コイツは、すげぇな。本当にすげぇ。俺とほとんど同い年なのに、そんなことをやってしまえたのか・・・。

そう感じながら、雄吉を見る。そんな雄吉はというと、それまでの真面目な表情を一変させて、穏やかな笑みを見せてきた。

雄吉「この話はここでおしまい!」

また朗らかな表情で雄吉は話に区切りをつけていた。まるで、雄大に自分が生きていた時代のことについて否定的になって欲しくないと、無意識のうちに伝えてきているようであった。

雄吉「ねぇねぇ、もっとこの時代のこと、教えてほしいな。未来の日本がどうなっているのか、知りたいしいろいろ見てみたい。」

愉快そうに話してくる雄吉を見ているうちに、雄大はひとまず感情的になることだけは避けようと感じ始めた。

雄大「おう、いいぜ。それじゃあ、ゲームでもしてみるか?」

雄吉「ゲーム?」

雄大「ちょっと待ってな。」

言って、雄大は机の引き出しに入れておいた携帯ゲーム機を取り出して、雄吉にそれを渡した。

雄吉「これが、ゲームっていう物なの?」

雄大「そうさ。その画面になっているところにいろいろ映し出されて、その中にある自分を動かして遊ぶんだ。例えば、そうだな・・・。」

雄大はゲーム機に入れていたレースゲームを起動させ、ゲームの説明をして雄吉に操作方法とルールについて説明した。

雄大「それじゃ、やってみん。」

雄吉「お、おう!」

雄吉の後ろから、雄吉が操作するレーサーカーが動く様子を眺める。まもなく最初の右に曲がるコーナーに差し掛かる。

そんなとき、雄吉はゲーム機ごと右回転させ、まるで実際に車のハンドルを右に回してしまったような恰好になっていた。そんな雄吉を見て、雄大は思わず笑いだしてしまった。

雄大「ゲーム機回してどうするんだよ。」

雄吉「だ、だって! 右に曲がるって思ったら、つい!」

雄大「ほら、次は左曲がんぞ。」

雄吉「?!!」

今度は左にゲーム機を回していた。

また雄大は声を上げて笑う。

結局、雄吉はゴールするまでのコース上にあったカーブというカーブを、その曲がるべき方向へゲーム機ごと回しながら運転していた。

ゴールしてゲームが終了した途端、雄吉は疲れたようにヘロヘロになっていた。

雄吉「なんか、すごく疲れた・・・。普通に飛行機操縦するよりも疲れたぞ。」

雄大「そりゃ、毎回カーブの度にあんなに両腕を回してんだもんな。」

雄吉「・・・・・」

そんなとき、リビングから夕飯が完成した旨を知らせる美恵子の声を聞いたので、ゲームは一旦お開きとなった。


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