初日 ~70年目の里帰り~

1-1

 終戦から70年が経過した年の2015年。

 間もなく終戦から70年が経過しようとしている7月の、まだ梅雨明け直後のじめじめとした町中を歩く青年の姿があった。

夏らしい半袖のシャツに短パンという、とてもラフな格好でブランド名が派手に刺繍された小型のリュックサックを右肩にだけ担がせながら、晴れ間が覗く空の下を、汗を拭いながら歩いていた。

見慣れた街並みだった。

 生まれて此の方、すでに20年間もこの街で暮らし、目を瞑っていても最寄りの駅から自宅まで歩いて行けるとさえ自負しているほど、街の様子に馴染んでいた。

この日もまた、駅からひたすら道を歩き出し、住宅街の中を通り抜けて自宅へと向かっていた。駅から10分も掛からない道程を歩けば自宅だった。

横浜市の中心街からそれほど離れている訳でも無いこの街は、栄えて華々しい街並みとは違い、どこかのどかさを纏った閑静な住宅街になっている。三方向を小高い丘で囲まれ、その谷間の中央付近に小さな河川と鉄道が南北に貫く地形をしており、丘にはまだまだ手つかずの自然が残されている、比較的木々などの緑の多い街だった。大きな宅地開発などがつい最近まで進められてこなかったことが幸いしているのか、古くからある民家が多く建ち並ぶ、所謂下町としての雰囲気を醸し出していた。

 彼の家は、そんな小高い丘の手前にあった。昔からの古い家屋で、10年前までは祖父、3年前までは祖母と共に、両親と兄弟含めて7人で暮らしていた。

ようやく、彼は東京に所在する大学からの家路を踏破して自宅へと至った。大学三年生だった彼は、講義の受講もそこそこに、帰宅ラッシュが始まる前には家に向かって帰ってきたのだった。

 いつもの癖で門の横のポストを覗く。

海村かいむら”と大きく書かれた表札の下には、世帯主である父、雄亮ゆうすけの名と、母 美恵子みえこの名、そして少し間が空いてから自分の名、雄大ゆうだいと、弟の雄翔ゆうとの名が書かれていた。

まだパートに出ている母も、高校の部活で忙しい弟も、当然ながら勤めに出ている父も、昨年の春から社会人になって一人暮らしを始めてしまった兄も、誰も家には戻っていないようで、夕刊の新聞がスーパーの大売出しを知らせる広告と共に入れられていた。

そそくさと新聞と広告を手に取り、家の玄関へと向かおうと、視線を玄関先へと向ける。

そのときだった。

雄大は驚くべく光景を見てしまった。

思わず、「えっ?」と口に出して言ってしまったほどだった。

そして、不審な目を玄関先へ向けながら、怯える心に蓋をして、やらねばならないことを全うする。

雄大「だ、誰だ?」

玄関先には、なんと人が体育座りしながら項垂れていたのだ。

見た目は少々汚く感じ、まるで焼け焦げたような黒くなった箇所が目立つ茶色の服と、まるで防弾チョッキみたいなベスト、そしてパイロットが付けそうなゴーグル付きの帽子を着用した男だった。

雄大の声に反応して、ゆっくりと男が頭を上げては、正面に立ち尽くす雄大のことをじっと見つめてきた。頬も煤汚れていて、火事にでも遭ってしまったかのようだ。額には、日の丸印の鉢巻きを巻いており、荒々しく“必沈”の二文字がペンで書かれたものが所々焦げ付いていた。そして、威嚇でもするかのような、力の籠った視線だった。そんな視線を受けた雄大は、このあと自分のことを襲いだしてくるのではないかと感じ、少しだけたじろいでしまう。

雄大と視線がぶつかると、男の視線から力が消え、表情は少し穏やかさを取り戻し始めた。

よく見ると、この男も自分と同じくらいの年の青年に見える。

もしや、ただ友達が変な服装にコスプレでもして、自分のことを脅かしに来ていただけではないか?

そんな冗談も思えるくらいにまで、心に余裕が涌いているように思う。

だが、こんな顔の友達、居ただろうか?

すぐにそんな疑問で溢れかえってしまう。

困惑している雄大に、青年は声を掛けてきた。

青年「ここは、キミの家なのかい?」

少しだけ擦れたような声をしていた。まるで大声で勢いに乗って友達とカラオケを何時間も続けてしまった時のような感じだ。

雄大「そ、そうだけど・・・。」

突然問われたことに驚き、雄大は慌ててしまった。

青年「そうだったのかぁ。」

言いながら、青年はホッと安心したような力の抜けた口調で話してきた。しかし、雄大にはここで青年が安心されて居座られてしまっては困ることだった。不審者を自宅の敷地から追い出す。そのために、わざわざ怯えるような不安と恐れを胸に押し殺して、この異様な風貌の青年と対峙しているのだ。

安堵し始める青年に追い打ちを掛けてやる。

雄大「だから早く、出て行けよな。他人ん家の前で勝手に休んでんなよ。」

上目遣いで睨みながら、重々しい声で青年を攻め立てる。

青年「他人ん家、か・・・。」

雄大の威嚇も込めた言葉をいなすかのように、青年は溜息を一つついて話し出してくる。

青年「実はさ、ここには、僕の家があったと思ったんだけど・・・。」

雄大「は?」

何を訳の分からんことを言っているのだろうか?

そう頭の中で言っていた。

雄大「変な冗談よせよな。ここはずっと俺たちの家しかなかったぞ。ずっと昔、それこそ、戦争が終わる前からここに住んでたって、俺のじいちゃんが言ってたぜ。だからアンタの言ってることは無茶苦茶なんだよ。頭おかしいんじゃないか?」

少しばかり、青年は俯いていた。多少は雄大からの言葉のボディブローが効いているということの現れなのだろうか。そんな僅かながらの期待を感じる。

青年「そうなのかぁ。戦争が、終わる前から?」

雄大「そうだよ。だからうちの家族や親戚以外に、ここに住んでた人はいないはずなんだ。わかったらさっさと出て行けよ。」

間髪入れずに攻めの言葉を繰り出してやった。しかし、雄大の言葉などまともに受け取られていないように思えるほど、この青年からは今すぐに大人しくこの家から出ていきそうな気配が感じられない。

なかなかしぶといやつだ。

青年「・・・よくわからないけど、ここって、海村かいむらって人の家だよね?」

雄大「そうだけど。でも海村なんて名前、他にもいるんじゃね?」

青年からの反撃が始まった。そう思える青年の言葉に対し、雄大は面倒くさそうに答えていた。

青年「実はさ、僕も海村なんだ。海村かいむら雄吉ゆうきち。」

雄大「海村雄吉?」

青年「はい。」

名前を聞いて気になることがあった。

雄大「まさかと思うけどさ、ゆうきちのゆうは、英雄の雄って書く?」

すると、雄吉という青年は途端に嬉しそうにし始めた。

雄吉「そう! その雄だよ!」

海村家では、祖父の代の頃から男子には“雄”の字が当てられていた。そのため、自分も父も兄も弟も、祖父まで皆“雄”が使われていたのだ。

雄大「でも、俺の知る限りじゃ、親族に雄吉なんて人知らないぞ。それに、もし俺の親戚だったとしても、ここにアンタの家は無いぞ。」

相手を調子付けさせてはならない!

そう強く感じた雄大が言葉のボディブローを再開させた。

しかし・・・。

雄吉「うん、それは、わかってますよ。場所はここでよかったはずなのに、家の形が記憶している物とだいぶ違っていたんで。」

話の内容があちこち迷走していてはっきりしない。雄大の言葉のボディブローですら、ほとんど意図を汲み取られていない感じすらしてしまう。

そう思った瞬間、雄大は溜め息を吐いていた。

雄大「アンタ、さっきから可笑しなこと言ってんの、わかってるか?」

雄吉「え?」

まともなリンク上では戦えないと感じた雄大は、雄吉が何を考えているのか知らなければ対応策がわからないと考えた。

何なんだよ、コイツは?

何考えてんだよ?

何が望みなんだ?

話していて気味の悪ささえ感じるほどの、未知なる男がそこにいるように思うのだ。だからこうなってしまえば、まずはこの雄吉という青年の素性を暴き出さなければならない。

そう渋々と考えを導き出して、雄大は話を続けた。

雄大「アンタいったい何者なんだよ? そんな変な、まるで自衛隊の服装みたいな格好して。」

可笑しなことを言い続ける青年を早いところ追っ払いたい気持ちで一杯にはなっていたのだが、こうなってしまえばせめて奴の情報を引き出して、そのまま警察にでも突き出して拘留でもしてもらっておこうかと考え出していた。

そんなことを思う雄大とは裏腹に、雄吉はピンと背筋を伸ばして気を付けの姿勢をしたかと思うと、右腕がすっと肩から横へまっすぐ伸びて額の横へあてがわれ、所謂敬礼の恰好をしてきた。

雄吉「自分は、大日本帝国陸軍、特別攻撃隊、第165振武隊しんぶたい、海村雄吉少尉であります!」

マジかよ?

どこまで手の込んだコスプレの一芸を見せられているんだろうか。

そんな気分だった。

大日本帝国陸軍? 特別攻撃隊? 少尉?

陸上自衛隊とか航空自衛隊とか言ってくるならまだしも、まさか大日本帝国とくるとは、なかなかなオタクセンスだな。感心してやれるほどだぜ。

そんな皮肉を思っていたのだが、雄吉は至って真面目な視線をしていた。冗談なんていっているようには思えない真剣な表情をして、ピシッと敬礼しながら名乗りを上げていたのだ。

雄大「なんだか、設定が随分古いな。」

呆れながら雄大は零してしまっていた。そんな雄大の呟きに敏感に反応してくる雄吉だった。

雄吉「古い?」

“古い”の意味を理解しきれなかったのか、ポカンとした間の抜けた顔を晒してくる雄吉だった。

雄大「だいたい、特別攻撃隊って、特攻隊のことだろ?」

雄吉「そうですけど・・・。」

雄大「特攻隊が好きな訳?」

いい加減、ミリタリーオタクの不法侵入者を追っ払わなければ、どんどん時間を取られてしまうぞ。

そんな危機感から、ひとまず奴の話しやすいネタを理解して、会話の主導権を握ることが重要だという結論を得たため、敢えて聞いていた。

そして、そんな作戦を以って話を受けた雄吉が、答えてくる。

雄吉「え? 好きとかっていうか、こんな光栄な任務を得られ、全うしうることなど、この上ない幸せですよ!」

本当に名誉なことを仰せつかったと言わんばかりの嬉しさが込められた言葉を、雄吉は真面目な顔をして話してきた。冗談を言っていたり、セリフがましいことを吐いているわけでは無さそうなほどだ。

雄大「・・・・・」

言葉が出てこなかった。

なんだか、疲れてきたな・・・。

ここまで付き合わされるなんて・・・。

呆れとあまりのしぶとさに、いよいよどのように話を続けるべきかわからなくなる。

しかし、なんとなく特攻隊という言葉に、雄大は気になる点があった。

そういえば、じいちゃんが死ぬ前に、よく戦争のことを話してくれたことあったけど、そのとき、じいちゃんのお兄さんって人が特攻隊に往って、敵の軍艦を沈めたって言っていたような気もするけど・・・。

しかし、それじゃあなんでこんなところに特攻隊往って戦死したはずの人物が居るんだ?

それにじいちゃんのお兄さんってことは、じいちゃんよりも年上ってことだし、そしたらなんだ? 今年で80代後半から90代くらいになってるはずだろ? どうして俺と同じくらいの年してんだよ?

雄大「あのさ。」

雄吉「はい。」

雄大「一応聞いておくけどさ、アンタの弟に、雄造ゆうぞうって人、いなかった?」

また、雄吉は驚いた表情を見せては、嬉しそうな顔を見せてきた。

雄吉「はい! いました! 雄造は僕の8歳年下の弟です!」

やっぱり、本当にじいちゃんのお兄さんなのかな?

そういえば、じいちゃん、お兄さんが徴兵されるときに自分の御守をお兄さんに渡したとか言ってたよな?

雄大「それじゃあさ、その雄造って弟から、御守か何かもらわなかった?」

雄吉「はい! 僕が出征するとき、アイツがくれた御守がありました。ここに。」

言いながら、雄吉が襟元から右手を左肩の裏地へ通すと、左肩の裏地を引き抜くようにして何かを取り出してくる。その右手に握られていたのは、また少し所々が焼け焦げた御守で、雄吉はその御守を雄大に見せてきた。

そこには、鶴岡八幡宮の刺繍と、裏に“雄造”とペンで書かれた文字があった。

これはもう、間違いないな。

本当に、じいちゃんのお兄さんが還ってきたんだ。

でも、何でだ?

だってこの人、とっくに特攻隊に往って死んでるはずだろ。どうしてこんなとこにいるんだよ?

納得も理解もできない。だが、今まさに雄大は、摩訶不思議なこの状況を問答無用で受け入れなければならないのだろうと、気持ち悪いくらいそう思うのだ。

雄大「どうやら、キミは本当に俺のじいちゃんのお兄さんのようだな。だから戦前からここにあった海村の家に戻ってきた。そういうことか?」

雄吉「そうです。」

何も疑いもなく雄大の問いに肯定してくる雄吉だった。何か可笑しいとは、思わないのか?

そのについて、言ってやらなければならないのか?

そんな思いも募りつつ、会話を続ける。

雄大「でも、何でだ? だっておかしいだろ? 戦争なんて、もう70年も前に終わっているってのに。」

雄吉「70年!!?」

今度は本当に驚愕していると言える表情を雄吉は示してきた。

それもそうだろう。コイツが本当にじいちゃんの兄貴なら、70年前にとっくに死んでるはずなんだから。

雄吉「そんなに、時間が経ってしまっているなんて・・・。」

慌てたようにキョロキョロと辺りを見回す雄吉だった。

雄大「アンタ、今何歳だよ?」

雄吉「はい、今年22です。」

困惑の顔を見せながら、それでも雄吉ははっきりした口調で答えてきた。

雄大「よ~く考えてくれ。今は2015年だ。戦争が終わったのは1945年の8月。いまから丁度70年ほど前だ。あの頃昭和20年と呼ばれていた時代も、元号が変わって今では平成27年だ。」

雄大が言い切るか否かというところで、雄吉は「え?」と呟いては、信じられないことを聞かされたと言わんばかりの慌て様を見せてきた。

雄吉「ちょ! ちょっと待ってください! 元号が変わってってことは、天皇陛下は、もう・・・。」

雄大「そうだよ、昭和天皇はとっくの昔にご崩御されてます。」

感情の無いことのように、あっさりと、そしてきっぱりと言ってやっていた。

雄吉「なんということだ・・・。」

今度はかなり大袈裟なほどに落胆していた雄吉だった。頭を両手で抱えて、しゃがみ込んでしまう。しばらくそのままうずくまるようにしてから、雄吉は再び立ち上がって、疲れ果てたような顔のまま、じっと雄大のことを見上げてきた。

雄吉「それじゃあ、今は皇太子殿下が後を継いで?」

雄大「そういうこと。今上きんじょう天皇。」

雄吉「そうでしたか・・・。70年。本当に、それくらい長い時間が経過してしまっているようですね。」

肩を落として項垂れる雄吉だった。

きっと今、雄吉の頭の中でも議論が始めれていることだろう。

しっかり考えるとわかってくる非現実的な現象。死んだはずの人間が70年後の世界にやってくるということ。

ここまで雄大が考えて異常と思ったことを、ようやくこの青年も考え始めてくれているのだろうか。

雄大「いったいどうなってんだ? 昭和20年に22歳の奴が、どうして平成27年に22歳のまま存在すんだよ? それにアンタ、特攻隊に往って、戦艦を撃沈させたんじゃないのかよ?」

すると、雄吉はまた頭を両腕で抱え始めた。

雄吉「・・・確かに、僕は特攻隊として、6月6日に、知覧基地を飛び立ちました。そして沖縄へ向けて舵を取って、敵艦隊を見つけて・・・。たしか、左翼をやられて舵取りが不能になって、目の前に敵の軍艦が迫って・・・。そこから、記憶が無くなっているんです。」

つまり、彼の一生はそこで閉じたということなのだろう。

そう思いながらも、雄大は口を挟まずに黙って雄吉の話に耳を傾け続けた。

雄吉「眠っていたのかな? 夢見ているような感じで、とても大きくてきれいなお寺の中に居て、観音様みたいな御方が、“あなたの俗世での行いは、感服するものがあります。あなたの望みを一つ、見せて差し上げましょう”と、そうおっしゃられて。気が付いたら、この街に戻ってきていて。そりゃ、ずっと故郷の横浜に帰りたいと思ったことはあったけど・・・。」

独り言でも言いながら頭の中を整理するかのような口調で、雄吉は困惑した表情のまま呟いていた。

雄大「事情はわからないけど、アンタはもうとっくに死んでいて、何か細かいことはわからないけど、観音様が望みを叶えてくれて蘇ったんじゃないか?」

雄大は半ば呆れ気味になって雄吉の話に応えていた。

雄吉「いや、それは違うと思います。だって、最後に一言、九日間だけ時間を与えますって。」

真面目な顔を見せながら雄吉は訴えてきた。

雄大「いったい、その望みって何なんだ?」

雄吉「・・・・・」

雄吉がもぞもぞと口元を動かしたまま何も言ってこないので、どうやって話を切り出そうか悩んでいるのが伝わってくる。

そんなときだった。

母の声を聞いた気がした。その声のする方を見ると、間違いなく母の美恵子がこちらを見ながら声を掛けてくれていた。

美恵子「お帰り。」

雄大「お、おぅ。」

美恵子「どうしたの? 浮かない顔して。」

言いながら、雄大の横を通って自宅の敷地内へと入りかけた美恵子だったのだが、玄関先を見てすぐに足が止められていた。一瞬固まった母の姿を見ていると、またすぐに目が合ってしまう。

美恵子「・・・お友達?」

雄大「い、いや・・・。なんていうか、その・・・。」

こういう場合、何て答えればいいのかな?

頭の中でそんなことを呟きながら、対処法について頭一杯に考えてみる。しかし、すぐに良策が出てきそうもない。

間誤付いているあいだに、美恵子は玄関先に立ち尽くす雄吉を見つめては、訝し気な視線を送るようになっていた。

これはきっと、良くない方向に向かってしまいそうだな。

ふとそんな気がした。

美恵子「早く出て行きなさい。じゃないと警察呼ぶわよ。」

やっぱりな。

黙ったまま困惑の表情を見せる雄吉だった。特に抵抗の言葉も発す気も無いのだろうか? それとも、自分自身もこの状況がどういうことなのかわからず、答える言葉が見つからなかったというべきだろうか。

とにかく、ここで助け船を出してやらなければ、この青年は警察に突き出されてしまう。

どういう理屈かは知らないが、特攻して命と引き換えに敵と戦ってきてくれた親族がそこに居るのだ。そんな彼を途方に暮れさせては、あまりにも報われないような思いが雄大の中に芽生えだしてきたのだ。

雄大「あのさ、母さん。この人、じいちゃんのお兄さんだって。」

美恵子「え?」

怖い顔のまま、雄大は母に見詰められてしまい、なんとなく怖気づく。

それでも、なるべく声が小さくならないように努めて話をしてやる。

雄大「すぐに信じられるようなことじゃないけど、この人は昔じいちゃんが話してた、特攻隊に往って戦ってくれたっていうお兄さんで、どういう訳か現代に蘇ったみたいで・・・。」

自分でも言いながらとても可笑しなことを言っている気がしてきて、話しながら自分の言葉に自信を失ってしまう。

美恵子「なにを言ってるのよ。死んだ人間が蘇るなんてこと、有り得ないわ。」

もっともだった。この世のことわりを以てすれば当たり前なことである。それ故に、思わず雄大も母の言葉に頷いてしまいそうになる。しかし、そうではないのだ。

何故かはまるでわからないが、世の理では話の着けようのないことが目の前で起こっているのだ。だから、何とかして理由を見付けなければ!

こじつけでも屁理屈でも何でもいい!

とにかく雄吉が蘇ったことについて、彼が特攻隊員として戦争に行った祖父の兄であるという理由を付けるのだ!

雄大「でもさ、じいちゃんからくれたっていう御守を持ってたし、名前だって、海村の家で恒例になってる英雄の雄の字を付けられてるし、何だか嘘言っている訳でも無さそうなんだ。」

難解な表情を美恵子は見せている。 

まぁ、当たり前と言えば当たり前な反応である。

美恵子「・・・それじゃあまぁ、とりあえずそれはそうだとして、どうしてここに居る訳?」

また次の疑問に対する理由を考えなければ!

しかし、このようなこと、すぐに理由なんて見つからなかった。

雄大「それは・・・。」

二人の視線が雄吉へと向けられる。雄吉はというと、背筋を伸ばしたまま気を付けの姿勢を崩していなかった。

雄吉自身も、何故自分がこの時代に蘇ったのかわからず困っている様子だ。

雄吉「きっと、私たちが戦った戦果を見せてくれているのでしょう。あの戦争の後の日本が、いったいどうなったのかと、成仏する前に、神様が見せてくれているのだと思います。」

それなりに考えて導き出した雄吉の答えだったのだろう。そんな雄吉からの言葉を受けた美恵子はというと、先ほどまでの怖い顔は既に無くなっていた。

美恵子「・・・それで、ここへ帰ってきたということ?」

雄吉「はい。」

美恵子の肩が下がった。納得できることではないが、納得せざるを得ないと言った感じなのだろうか。

雄大「九日間だけ、蘇らせてくれたらしいしさ、うちに泊めてやっても、良いんじゃない? 俺の友達が遊びに来たって感じでさ。それに一応は、ここはずっと海村の家がある場所な訳だろ。出征した家族が帰ってくるのは当然のことだし。」

美恵子「わかった。」

美恵子は目を瞑ったまま頷いていた。

しかし、その表情は決して納得がいった、合点がいったというような、爽快なものではなく、やむなく理解不能なことをただただ受け入れただけという感じであった。

美恵子の両目が見開き、じっと雄吉のことを見詰めだす。

美恵子「いや、全然わからないけど、でも、九日間だけなんでしょ? ここに居られるの。」

美恵子の問いかけに、雄吉は一旦足元を見てから答えだす。

雄吉「はい。そのはずです。」

自分自身でもはっきりとしたことはわからないと言いたいのかもしれないと、雄吉の様子を眺めていた雄大には感じられた。それでも、素直にわかりませんなどと言ってしまえば、せっかくここに置いてもらえそうな良好な状態から更に話をややこしくしてしまうのは、子どもでも察しがつくことだろう。

美恵子「それなら、いいわよ。他に行く宛ても無い訳でしょ。」

雄吉「はい・・・。」

不安そうな表情を美恵子に送り続ける雄吉だった。そんな様子の雄吉を見ていると、雄大までどこか雄吉が家に置いてもらえるのか不安になる。

美恵子「このまま放っておく訳にもいかないし、仮にもあなたは、うちの主人の叔父さんにあたる人な訳でしょ。」

雄吉「え? まぁ、はい。そういうことに、なります。」

自分の年齢のことがひっかかるのだろうか。まだ22歳だと話していた雄吉だったが、すでに70年の時を経て彼の弟の雄造にも子どもが出来、それが雄大の父である雄亮な訳だ。父からすれば雄吉は叔父であり、22歳の雄吉にはすでに50代を越えている甥っ子が居るという話になる訳だから、滑稽なことである。

美恵子「だとしたら、尚更放っておけないわよ。全然叔父って感じじゃないし、まるで雄大の友達みたいな感じだけど。雄大の友達が少し長く泊まりに来たと思って、あなたの面倒も見てあげるわよ。」

ホッとしたのか、雄吉は朗らかな笑みを見せてきた。そして、帽子を取って深々と頭を下げ出した。

雄吉「ありがとうございます! お世話になります!」

帽子を外して露わになった坊主頭をうんと見せてくるようにして礼をしている雄吉だった。

笑顔になると、途端に幼さが滲み出てくる愛らしい顔をしていた。そんな雄吉の姿に、美恵子はどこか子どもを見守るような癒やしを感じているようであった。

美恵子「はい。それにしても、雄大のお友達の中では一番礼儀正しい子だわね。」

雄吉「え?」

再び頭を上げた雄吉は、可笑しなものでも見ているかのような顔を見せていた。

雄大「変なこと言うなよ。まるで俺の友達はみんな礼儀知らずみたいに思われるだろ。」

フフフと微笑みながら、美恵子は玄関の鍵を開けると扉を開けた。

美恵子「さ、中へどうぞ。」

雄吉「はい、お邪魔いたします。」

突然の予期せぬ来客を招きながら、雄大もようやく玄関に上がった。

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