一月後 ~ある特攻兵だった若者の願いとは~

10-1

 何年ぶりの飛行機だろうか。

 高校二年のときの修学旅行で沖縄へ行ったとき以来かもしれない。家族で旅行に出掛けることはそこそこあったと思うのだが、いずれも自家用車で行ける範囲内であった。ほとんどが箱根や伊豆で、たまに栃木県の那須高原だったり、群馬県の草津温泉だったりしたくらいだろうか。旅行とは違うが、親戚の結婚式の関係で新幹線に乗って名古屋に滞在したのが、修学旅行に出掛ける以前の雄大ゆうだいにとって、出掛けたことのある最遠地であった。修学旅行以降も、大抵は箱根へ家族で出かけたり、友達と埼玉県の秩父ちちぶへ遊びに行ったくらいで、取り立てて遠出はしていない。

だから、なんとなく落ち着かないのだ。地に足の付いていない乗り物に乗っていることに。

 まったく、雄吉ゆうきちはこんなものも自分で操縦して空を駆け巡っていたなんてな。

いざ自分も空へやってくると、とても雄吉がしていたことが尋常には思えず、その技術や能力に凄みを感じるものだ。当の本人は何でもないことのようにさらりとしゃべっていたのだが。


 この飛行機の行先は、鹿児島空港であった。自分の他にも、父の雄亮ゆうすけ、母の美恵子みえこ、弟の雄翔ゆうとも同乗している。

 お盆休みの最中でもあり、航空機のチケットはほとんどの便で満席になっていた。だから当然、今乗っているこの飛行機の機内も満席で、狭いキャビンは人で溢れかえっていた。チケットを取ったのが搭乗一ヶ月前を切っていたため、早くても昼過ぎに鹿児島に到着する便しか残っておらず、さらに残念なことに、家族みんなが同じ場所に固まって席を取ることが出来なかった。だから両親は少し離れた真ん中の列の席に座り、雄大と雄翔は窓側の座席3席のうち、通路側二席に座っていた。

両親はそれぞれ機内サービスのシアターに夢中になっており、隣に座る弟はというと爆睡中であった。雄翔は昔から高所恐怖症であり、飛行機に乗ることは特に怖がっていた。昨年、彼が高校二年生になって修学旅行で沖縄へ行くことになったときも、直前まで仮病にして休もうかと真剣に悩んでいたほどである。(結果的には、友達と沖縄で遊べることに魅了されて出席したが。)そのためか、翌日には飛行機に乗ると思って緊張してしまい、昨晩はしっかりと眠ることが出来なかったらしく、朝も出発間際まで寝坊して、羽田空港への移動中も事あるごとに眠り、飛行機の待ち時間も混んでいる空港の中、優先的にベンチに腰掛けさせてもらって眠っていたほどだった。だから、飛行機に乗り込んで座席に着くや否や、さっさとシートベルトを着用して寝入ってしまったのだ。

 チケットを取るのが遅かったことから、この旅行は急に計画されたことを頑なに物語っていた。なぜ、海村かいむら家が鹿児島へ旅行することになったのかというと、それには訳があった。



 7月の中旬に、昭和二十年六月六日に特攻隊として作戦を遂行し、沖縄近海で壮絶な最期を迎えた祖父の兄、海村雄吉が、どういう訳か70年後の現代にやってきたのだ。彼が言うには、冥土へと往く前に9日間だけ未来の様子を見せてくれたということらしいのだが、詳細は今も何もわからないままだった。とにかく22歳の特攻戦死したときの身なりと姿のまま自分たちの前に帰ってきた雄吉と過ごすことになったのだ。

 その九日間の間に、いつしか雄大の中に雄吉への尊敬の念と親愛の念が生まれ、同じ世代の親しい友達のような関係になっていた。だが、彼はあくまで九日間だけしか存在できず、現代にやってきてから九日目の13時40分、雄大と雄翔に見守られながら天へ召されていった。

 今思うと、その九日間は本当に不思議な日々であったと思う。

ふと、窓側の座席に座る客越しに、小さな窓から外の様子を眺めてみる。

眼下には一面に広がる真っ青な青い海と、斑目状の白い雲がふんわりと浮かんでいる。雲が太陽に照らされて、その白さが大海の紺碧色をコントラストに際立って見えて、実に美しい造形をしている。

 飛行機に乗って知覧ちらん目指していた雄吉アイツも、こんな景色を見ていたのかな。もしかしたら、特攻出撃して飛んでいた時にも、こういう風景を見ていたのかもしれないな。

ぼんやりとそんなことを考えながら、雄吉への思いを馳せる。

 今はどの辺りを飛んでいるのだろうか。

モニターを見てみると、ちょうど紀伊半島南部の海上を越えた辺りだった。

 雄吉が大阪の佐野飛行場ってとこから九州の飛行場目指して飛んだときは、似たような経路を通っていったのかな?

 もう少し北よりを飛んでたのかな? 本州を見ながら飛んでたみたいなこと言ってたし、自分が生まれ育った大地に別れを告げたとか言ってたしな。


 もう雄吉が居なくなってしまってからは、一ヶ月近く時が経とうとしている。それでもまだ、雄吉が居なくなってしまった日からの雄大には、どこか心の底に大きな穴の開いたような喪失感と虚無感に苛まれることが多々あった。

 窓の外に広がる青の世界を見詰めながら、雄吉と別れてからの日々を思い返してみる。



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