第十六話『勘違い』

 それから三分の時間が過ぎた。

 僕にとっては死ぬほど長い時間だったように感じる。


「はぁはぁ…あいつ。どんだけ早いんだよ。学校とはいえ人混みがある中でよくあんだけ…走り切れるな。」


 僕は走っていた。

 人混みなんか気にしない状態でただ、一心に走り続けていた。

 今なら、太宰治の『走れメロス』のメロスの気持ちが分かるような気がする。

 そのくらい、走っていたのだ。


「どけどけー!」


 今の僕を邪魔する奴は誰であっても許しはしない。

 後に聞いた話によると人がするような形相ではなかったらしいけど、正直そんなことはどうでもよかった。


「はぁはぁはぁ…くそっ、どこに行った。」


 お前なら、出来るだろう?

 ああそうだ。僕なら理奈を見つけることができる。理奈が一番悲しいときに向かう場所、それくらい僕にだって見つけることできるさ。

 その根拠は?

 簡単な質問だな。僕が理奈を好きだからに決まっているじゃないか。

 どうしてそう思う?お前は成り行きで付き合ったからだろう?

 そんなことはどうでも良い。大事なのは今、僕が理奈を好きかどうかだ。

 なるほど、それがお前の答えか。なら、出来るだろうな。

 ああ。


 途中で理奈を見失いそうになったときもあった。

 それでも僕は人に聞くことはしなかった。

 それをすれば、もっと早く見つけることができただろうか。

 いや、それは不可能だろう。

 聞いたところで僕の糧になるような答えは出てこない。

 というよりも、見つけることは簡単だろう。

 人が悲しんでいるとき、一番最初に行くべきところが決まっているからだ。

 でも、どうやって話しかけたらよいのだろうか。

 そこが分からない。


 迷っている場合か?

 ……どうだろうな。

 また、あきらめるのか?

 いいや、それだけは絶対にしない。

 なら、お前が怖がっているだけだ。

 何だと?僕が…怖がっている?

 ああ、そうだとも。お前は怖がっている。正確に言えば、お前自身の心のなかさ。

 どういうこと?

 さあな、今のお前にはわかるはずがないことだ。


 そんな無駄話をしていると、屋上へとたどり着いた。

 はぁ…。いた!よかった。

 僕の勘は正しかったようだ。


 時間にして、十分間の事だったが、僕にとっては一時間のように感じた。


「理奈!はぁはぁ…ようやく、見つけた。何やってんだよ。はぁはぁ…。」


 屋上のその一角、人混みの少ない場所でうずくまって顔を見せたくない理奈は最初、僕が来たことすら気づいていなかった。


「理奈、大丈夫か?」


 さんざん悩んだ最初の言葉を僕はこう切り出すことにした。

 そして、僕が声をかけるまではうずくまっていた。


「は…るま。どうしてここが?」

「バカやろ!何やってんだお前は!」


 理奈からの質問の返答をする前に僕は叱った。

 僕自身あんまり叱ることはないんだが今回ばかりはどうにも腹の怒りが収まらない状態だった。


「だって…緋想さんが私に嫌なことを言ってくるんだもん。」

「一体、何を言われたんだ?」

「…晴馬が私の彼氏にふさわしくないって。」

「は?」


 ????


「だからぁ、晴馬が私のこと嫌いって言っていたってことよ。」


 ???????????


「一体、いつ、そんなことを言われたんだよ。」

「昼間よ。晴馬が出て行ってすぐのこと。」


 つまり、美奈子が嘘をついているわけではない。と。


「それで、緋想さんが『さっき、晴馬がお前のこと嫌いって言ってたぞ。どういうことなんだ?』って。」

「待て、色々誤解がある。僕はお前のこと嫌いって本気で思って言っているのか?」

「だから、分かんないんじゃない!私も心の中でぐちゃぐちゃになっているのよ。」

「…。緋想さんがどういうつもりでこういうことをやったのかは知らないけど、僕は理奈のこと好きだし、嫌いになる理由がない。」


 ここまで言って、ようやく理奈は緋想さんの言っているウソに気付いた。

 そして、自分の行動が全く意味がないことを知った。


「はぁ…。何よ。またなの?」

「また?」

「また、私の勘違いで人を傷つけるの?」

「……。理奈…。」

「しばらく、話しかけないで頂戴。今は…今だけは、一人になりたいの。」


 僕は何も言えなかった。

 理奈の言っている私の勘違いで人を傷つけるという点はおそらく、僕以外の誰かだろう。

 そこについては僕が聞くべきところではないのは暗黙の了解で分かる。

 だから、僕は聞くことはしなかった。

 もちろん、聞きたかったさ。

 でも、聞いてはいけない雰囲気を理奈から感じたからだ。


「分かった。好きなだけそこにいろ。」


 その言葉で理奈はハッとしてこちらを向いたが、その時には僕はすでに屋上から去っていた。


「晴馬……どうしたらいいの?あんたならこういうの得意じゃなかったの?天才って呼ばれたあんたはどこいったの?なんで人の気持ちに気付いて大切な人の気持ちに気付いてくれないのよ……鈍感!バカ!!分からずや!!!」


 その叫びは誰もいなくなった屋上へと響いた。

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