二人のすれ違い

第十五話『ビンタ』

 教室に戻った僕を待っていたのはなぜか女子に囲まれて今にも泣きそうな表情をしている理奈の姿だった。

 やれやれ、今度は一体何なんだ?って、そう感心している場合じゃない。


「釘瀬さん、大丈夫?」

「あ、理奈ちゃん。来たよ。」

「石倉くん、釘瀬さんの彼氏なんでしょ?何とかしてよ。」


 女子どもよ。一つ訂正を言おう。

 彼氏だからって何とか出来るわけではない。

 僕はそんな万能な人間じゃないからだ。

 そして、美奈子を含めた女子たちが僕を待ってましたと言わんばかりに僕に詰め寄る。

 とたん、同じクラスの男子生徒の視線が光った。

 瞬間、本能的な感覚で僕は机を盾にした。


「ッ!!デスクストッパー!」

「チッ」「チッ」


 机の裏を見ると、シャーペン、ハサミ、鉛筆などが机にあたって跳ね返されていた。

 怖っ…お前らは餓えた狼か!

 そこ!第二弾としてコンパスを構えない!


「えっと、えー、コホン。理奈。何があったの?」

「うえっ、うえっ…。」


 僕が問いかけても理奈は何も答えない。

 ただ、泣きじゃくっているだけだ。

 やれやれ、どうしたものかな。


「美奈子!説明よろ!」


 僕は美奈子に視線を寄せた。

 心の中もすべて読み通せる優実ほどではないが美奈子も付き合いは長い。

 視線で会話するくらい他愛もないことだ。

 だが、今回のは例外だ。


「えっ。」

「早く!!」

「えっと、昼休みの時なんだけど…」


 そう言って、美奈子は語り始めたがはっきり言って色々ごちゃごちゃしているのでまとめるとこういうことらしい。


一つ、僕が教室を出た直後、入れ違いに緋想さんが来た。

二つ、緋想さんは僕の姿がないことを確認してから理奈に詰め寄った。

三つ、緋想さんは理奈に『お前と石倉の関係はどうなんだ?』と聞いた。

四つ、理奈はそのまっ平らな胸を張って『もちろん、良好よ。』と答えた。

五つ、しかし、緋想さんは僕と賀陽先輩が相談をしていることを目撃していた。

六つ、それについてもう一度問いただしたら理奈は泣いてしまい何も答えられなかった。


 そしてそれを心配に思った美奈子が僕の方へ来た。

 緋想さんは何をしに来たのか分からないまま教室を後にした。


 色々、矛盾点というかあり得ない点が起きすぎている。


 まず一つ、なぜ、緋想さんは僕の姿がないことを確認した?別に僕はいたところで変わりはないはず。

 二つ、なぜ、今更関係を聞く?

 こういっちゃなんだが、僕と理奈の関係は学校内で噂になるほどだ。それを分かっていれば聞く必要などないはず。

 三つ、なぜ、緋想さんは僕と賀陽先輩が話しているのを目撃している?

 僕はなるべく人目のつかない。それも美奈子に出会うまでは誰も遭遇しなかったし、あの場には先輩以外いなかったはず。まぁ、どこかで見られたと考えるのが容易である。

 四つ、なぜ、問いただしただけで理奈が泣いた?別に問いただされただけだと反応に困るのは分かることだが、別に泣くほどのものではない。ただ、少し感情をあらわにするのは理解できるがな。

 五つ、結果的に緋想さんは何をしに僕たちの教室まで来た?

 同じクラスだからという理由もあるが、朝のホームルームではいなかった。遅刻してきたという割には特別、先生に呼ばれているわけでもなかった。ただ、関係を邪魔しに来たということを仮定として踏まえるなら謎がもう一つ存在する。

 六つ、なぜ、緋想さんは関係を邪魔にし来た?

 これは二つ目と被ることになるのだが、僕たちの関係は理奈にラブレターを渡した人はもちろん、学校内でひそひそ話をされるほどには注目されている。だから、緋想さんも知らないとはいえ、耳には入っているはず。なぜ、それも今になって?

 七つ、以上を踏まえるとまあ、なんと言うことでしょうか、この状況を作り出した犯人が分かってしまうではないか。いや、分かっていたけども。


 さてさて、こうやって文章にするとかなり面倒なことになっている。

 まぁ、現在進行形で?起こりうる最低の出来事が起きているわけだし?周りの女子たちは何とかしてくれ。

 と軽蔑と期待が入り混じったまなざしを見つめているし?

 ああ、メンドクサイ。


「それで、泣いている理奈は現在進行形…と。」

「まあ、そんなとこだね。それでどうすんのさ、この状況を。」


 そうだな…。

 経験者ならこんなのは簡単に解決できるのだろうが、僕は今までこんなことに遭遇する機会なんてなかったから正直なところどうしたらいいのか分からない。

 僕の方が泣いてしまいたいくらいだ。

 恥ずかしさというもので。


「しょうがない、理奈。立てるか?」

「えぅ…えぅ…。」


 だが、それでも泣きじゃくるだけでうまく、返答がない。

 僕は半ば強引に理奈の手を掴み、起き上がらせた。


「美奈子、僕たちは掃除には出られないと思う。明日代わりにやっておくから今日は見逃してくれ。」

「分かった。」


 多分、こうなってしまった理奈は原因となっている僕以外の人には救うことができない。

 相談にも乗れない。

 なら、手っ取り早く、原因の奴が相談に乗ればいい。

 だが、僕のこの行動はミスであった。

 相手が普通の友達、それも男子なら話ができるのだろう。

 今、この場で泣きじゃくっているのは誰だ?理奈だ。

 普通の対応では不可能だろう。

 ということを理解できていなかった。

 そして、僕の描いていた理想は世の中ではそう簡単にうまくはいかない。


 パチン!!


 えっ…。


 キッとした目をした理奈が僕の頬をはたいた。

 その衝撃に一瞬、何が起こったのか理解できていなかった。

 ウソ…。なぜ?


「晴馬…ッ、バカ!!晴馬なんてもう知らない!どっかに行っちゃえ!!」


 そう言った理奈は僕の手を振りほどき、教室を飛び出してしまった。


「理恵!ちっ、くそっ…」


 飛び出した理奈の容姿がかつての遥と似ていたせいだろうか…。

 僕は気が付いたら理奈の後を追いかけていた。

 そして、自分が封印したはずの心のカギは外れかかっていた。


 どこで間違えた?お前は分かっているだろう?感情にすべてを任せるのか?

 いいや、違う。

 なら、お前はなぜ走っている?

 決まっているだろう?理奈を救うためだ。

 お前がいって何になる?あいつを救うことができる。

 その方法は?根拠は?理論が叶っていないのに行く必要なんてあるのか?

 ああ、もう。うるさい!僕に質問するな。

 お前らしくない。

 いいから、黙ってろ!


 くそっ…くそっ…。

 何で、なんでこうなるんだよ!

 僕はただ…ただ…。

 ああもう!くっそぉ!!


 無我夢中で僕は理奈の後を追いかけた。

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