第十三話『白と黒は交われない』

 だが、僕は…。

 言わなくてはいけない。

 昔みたいに強くないこと。

 スパイを辞めたこと。

 遥が死んだこと。

 感情を捨てたことのすべてを。


「賀陽先輩…僕は…今の僕は昔、強かった自分じゃないです。あの後、すごく嫌なことがあってスパイも辞めたんです。だから先輩のことを覚えていなかった。」

「ああ、あなたがいなくなったことはこっちにも話はきていた。わたしはあなたがいなくなってショックだった。もう戦うことはできないのだと思うと何もできなかった。それほどあなたに負けたのが悔しかったんだ。」


 賀陽先輩…そこまで昔の僕にこだわりを持っていたんだな…。


「ごめんなさい。」


 ふと、僕の口からそんな言葉が出ていた。


「なぜあなたが謝る?」

「あのとき、あれだけ見栄を張っていったのに今はただの弱い人間になってしまった。だから先輩に謝りたくて…。」


 本心の言葉だった。

 僕は先輩の目を見ることができなくなり、下を向いた。


「顔を上げてくれ、晴馬くん。私はあなたと再会できてとてもうれしかった。悔しさよりもあなたがまだ生きてくれていたんだという気持ちの方が強かったんだ。」


 せ、先輩…なんて心の広い人なんだ。理奈とは大違いだ。

 ふとその時、賀陽先輩の後ろにちらりと本を片手に歩いている美奈子の姿があった。


 ちっ、あいつ、昼飯食い終わったのか。

 今、この状況で見つかるわけにはいかないだろう。

 だが、幸いなことに後ろは図書室だ。

 本を返すまでの時間はあるだろう。

 その間に賀陽先輩をどうにかしないといけない。

 僕に残された時間はざっと見積もって五分、その間しか時間は存在していない。しょうがない。

 こっちも意地を張るのは嫌だから先輩には隠れててもらわないと。


「先輩、こっち。」

「わ、何をする。」


 僕は衝動にかられ、無意識に賀陽先輩の腕を掴み、都合よく近くにあったロッカーに一緒に入った。


「何をする、晴馬くん!」

「しばらく黙っていてください。今、僕たちが二人でいるところを誰かに見られるわけには行かないんです。」

「しかし!」


 ああもう、うるさい先輩だな。

 さっきまでの優しい態度はどこに行ったんだよ!

 僕は賀陽先輩の口をふさぎ、しゃべれないようにした。

 そして僕はぼそぼそ声で賀陽先輩に言った。


「良いですか、落ち着いて聞いてください。今、先輩の背後にいるのは僕の幼馴染みです。それだけならいいですけど、あいつは僕と先輩が二人でいるのをすごく嫌っています。つまりは敵です。そんな奴に先輩と僕の関係はバレたくないでしょう?だから今は身を隠すんです。納得いかないでしょうけど、とりあえず、隠れてください。」

「もごもごもごも、もごもご(それなら、しょうがない、了解した。)」


 親指を突き出しながら「おk」と返事をした先輩を見て僕は思う。

 やれやれ、物わかりの良い先輩で助かったぜ。


「それじゃ、僕はロッカーの外に出て状況を確認します。その後で迎えに行きますからここで待っていてください。」


 賀陽先輩はこくりと頷いた。

 僕はなるべく音を立てず、バレないようにゆっくりとロッカーを開けた。


「は~る~ま~く~ん。そこで何をやっているのかな?」


 な…、バカな。

 どうして、どうして今日に限ってこうなるんだ…。

 ダメだ、今、背後を振り向いてはいけない。振り向いたら死ぬ。

 でも、不本意に振り向かないのも不味い。ここはどうにかしないと…。

 開けたロッカーの後ろで声がした。

 僕は恐る恐る背後を見る。


「やぁ、何をしているのかな?晴馬くん。」


 そこには本を片手に殺意の目線を僕に向けている美奈子だった。

 そして美奈子から見たロッカーの図は僕が賀陽先輩をロッカーへ入れ、バレないように外の様子を確認した。

 とでも言えるような状況だった。


「ふぅ…。」


 僕はため息をついて一つ、悟った。

 ヤバ…終わったかも。僕の人生。

 そう悟るのに一秒もかからなかった。

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